日本食普及の“起爆剤”となるか?…メイドインジャパンの「醤油」がトルコへ本格進出

カテゴリ:ワールド

  • “親日国”トルコに日本食が少ない理由
  • 老舗の醤油醸造所が目指したもの
  • トルコに本格的日本食ブームは来るのか?

「和食」が世界的に人気だ。2013年にはユネスコの無形世界文化遺産に登録され、世界中でブームとなっている。筆者は今春、イスタンブールに赴任した。トルコは親日のイメージも強いことから、当然日本食レストランで溢れているのだろうと思いきや、実際そうではなかった。美味しい日本食レストランは存在するものの、ほかの新興国や近隣国と比べその数は極めて少ない。

ジェトロ提供資料

出遅れる日本食の輸出

JETRO=日本貿易振興機構(以下、ジェトロ)の調べによると、人口約9000万人、在留邦人約1万7000人の新興国ベトナムには、日本食レストランが約900店もある。日本食の輸出先順位も世界で6位だ。トルコと同じ中東のUAE=アラブ首長国連邦(人口約940万人、在留邦人約4000人)にも、200店近くあるという。一方、トルコ(人口約8000万人、在留邦人約1700人)には、わずか20店しかない。日本から輸出される農林水産物・食品の総額は約2億円だが、そのほとんどはメントールや配合飼料で、「食品」はほとんど含まれない。日本食の輸出先順位としても、世界71位と大きく出遅れているのだ。

日トルコ間の貿易上のトラブルが要因

なぜか? ジェトロによると、トルコ政府の条件を満たす書類(食品の安全性を示すもの)を公式に作成する機関が日本側に存在しなかったことが主な要因だという。これ以外にも、トルコ側の遺伝子組み換え食品をめぐる厳しい輸入規制の問題や、署名にサインを用いるか、印鑑を用いるかといった両国の慣習を含め、貿易上のトラブルが多発した。そのため、両国政府は協議の結果、2014年1月、日本の厚生労働省が「自由販売証明書」を発行、トルコ政府がこれを認めた。

トラブルはいったん解決したかに見えたが、トルコの企業はこの証明書の有効性を信じなかった。日本の企業は、証明書の存在自体さえ知らなかったという。それまでの度重なるトラブルのせいで、それぞれの企業の熱意が冷めきっていたのだろうか? ジェトロの中村誠氏は、こう振り返る。

ジェトロ・イスタンブール事務所 中村誠ビジネス開発部長

ジェトロ 中村氏
「自由販売証明書によってスムーズに貿易ができるようになった事実を、これまで何度もトルコ企業に説明してきた。でも、皆さん話半分でしか聞いてくれなかった。理屈上は可能でも、トルコ企業は日本からの輸入はできないと思い込んでいたようだ」

老舗の挑戦

トルコではその後テロが頻発したこともあり、こうした輸出入関連の手続きはしばらく冷え込んでいたが、「日本におけるトルコ文化年」でもある今年、ようやく動きが出てきた。トルコ最大手のアジア料理レストランSushiCo(スシコ)が、日本産食材の取り扱いを開始したのだ。その食材とは日本食文化の代名詞ともいえる調味料、「醤油」。これまでトルコでは基本的に香港産の醤油が主流で、日本産はほとんど流通していなかった。ここに目をつけたのが、茨城県土浦市にある醤油醸造の老舗、柴沼醤油醸造だ。

柴沼醤油醸造(茨城県土浦市)

社員60人ほどの中小企業ではあるが、元禄元年(1688年)創業の300年以上の歴史を持ち、今も変わらず杉の「木桶」を使った伝統的な製法を守っている。桶に棲み着いた天然の酵母菌や乳酸菌が作用し、醤油に独特の風味を生み出すという。

「木桶」を使った江戸時代からの醸造方法を守り続ける

日本国内で醤油の需要が減る中、柴沼醤油は海外にも目を向け、これまで50カ国以上に進出してきた。今回、人口8000万人の中東地域の大国、トルコに乗り込んだ理由を、柴沼社長に聞いた。

柴沼醤油インターナショナル 柴沼秀篤社長

柴沼社長
Qなぜトルコか?
「人口8000万人の大国にも関わらず、トルコへの輸出をトライする日本企業はほとんど無いと聞いていた。ただ、トルコはアジアとヨーロッパの食文化が融合する国。“Sushi”をとても身近に感じていることもあり、諦めたくはなかった。醤油の輸出が実現するのに4年もかかり、挫折しそうなこともあったが、日トルコ政府をはじめ、SushiCoやジェトロと協力のうえ、熱い思いを持って頑張ってきた」

醤油のサンプルを抱え、海外で開かれる数々の展示会に自ら乗り込み続ける柴沼社長。1年の半分は海外出張のため、家族には頭が上がらないというが、トルコをどうしても諦めることはできなかったのは、そんな情熱からだった。

トルコ側の反応も上々

一方、“受け入れ側”の熱意も欠かせない。今回、香港産から日本産への醤油に切り替えることを決断したトルコ最大手アジア料理レストラン、SushiCoのGM、オズカン・ケスキン氏が重視したのは「品質」だ。“高くても良いもの”にこだわったという。

SushiCoのオズカン・ケスキンGM

ケスキン氏
「わが社は食品購入の際、まずは品質を重要視する。料金は二の次だ。とても気に入れば、料金度外視で購入することだってある」
「これまで20年以上にわたって、トルコで和食ブームを起こすために努力してきた。我々こそ、和食業界のリーダーだと自負している。今後も業界を引っ張っていき、新しいことにもどんどん挑戦していきたい」

SushiCoは9月5日、ジェトロが海外で日本産食材・酒類を使用するレストランや小売店を対象に認定する「日本産食材サポーター店」に選ばれた。全世界で、これまで約4200店(7月末現在)が認定されているが、トルコでは初めてだ。

トルコ初の「日本産食材サポーター店」にSushiCoが認定

この日は柴沼社長もイスタンブールを訪れ、トルコのレストラン関係者に日本産醤油の歴史や魅力についてレクチャーを行った。会場で日本産の醤油を始めて味わったトルコ人参加者の反応は、総じて上々だった。

日本産醤油を試食したトルコ人男性

トルコ人男性
「(これまでの香港産とは)本当に味と香りが違う。塩分が少なくて、とてもおいしい」

トルコ人女性の反応も良かった

トルコ人女性
「木桶で熟成しているため、木のアロマを感じる。トルコでは生魚を食べる人が増えてきたこともあり、日本食は今後、更に人気が出ると思う」

トルコで醤油を使った一般的な料理は「醤油味チキン」や「醤油ドレッシングサラダ」が代表的だ。いずれもトルコ人消費者の好みに合わせて調理されているが、日本人の口にも結構合う。

ようやく風穴が空いた感のある、日本産食材の受け入れ。とはいえ、醤油はまだ最初の一歩だ。ジェトロの中村氏は、この醤油を突破口にして、日本企業がトルコに熱いまなざしを向けてほしいと切望する。

ジェトロ中村氏
「多くのトルコ企業が日本からの輸入をためらう中、SushiCoだけは信じてくれた。こだわりのある日本食がトルコに伝わり、トルコの人々に喜んでもらえれば嬉しい。経済レベルやマインドを考えると、トルコ市場はこれから必ず大きくなると信じている」

来春には、ターキッシュエアラインズが関西空港とイスタンブールを結ぶ直行便を再開し、成田線も増便。さらに羽田空港の国際線発着枠でANAへのトルコ便の配分が決まった。観光客の往来が増えれば、食への関心もまた増えるだろう。今後、日トルコEPAが締結され、こうした日本食の輸出がますます拡大すれば、トルコにおける本格的な「日本食ブーム」もありうるのだろうか? 両国企業の心意気に期待したい。

【執筆:FNNイスタンブール支局 清水康彦】