大統領府、法務省にも通告せず一斉捜索…政界に衝撃

韓国ソウル中央地検の特捜部が8月27日、文在寅大統領の側近中の側近で次期法相候補のチョ・グク(曺国)氏をめぐる一連の不正疑惑の捜査に電撃的に乗り出した。
チョ氏には指名直後から、娘の大学への不正入学や奨学金の不正受給疑惑に加え、父親が運営していた私学の相続や私設ファンドへの家族の投資などをめぐっても疑惑が噴出していた。

一連の不正疑惑で取材に応じる次期法相候補のチョ氏(ソウル・8月27日午後)
一連の不正疑惑で取材に応じる次期法相候補のチョ氏(ソウル・8月27日午後)
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超学歴社会の韓国で特権層の不正入学は政権を揺るがす破壊力を持つ。朴槿恵前大統領が弾劾に追い込まれたのも、知人の娘が不正入学したことに世論の怒りが燃え上がったのが一因だった。当時から特権層の不正入学を強く批判してきたチョ氏が、自分の娘を「例外扱い」していたとの疑惑には反発が一気に広がった。

弾劾に追い込まれた朴槿恵前大統領
弾劾に追い込まれた朴槿恵前大統領

ソウル大法学部教授のチョ氏はSNSなどを駆使した発信力に定評があり、朴前大統領を弾劾に導いたろうそくデモなどで世論を主導してきた。
文政権では検察など司法機関の統括や世論の動向把握などにあたる民情首席秘書官を2年半務めた。
対日批判や保守系メディア批判の急先鋒としても知られる。
文大統領が法曹関係者ではないチョ氏を法相に抜擢したのは、文政権が掲げる検察改革の実現にチョ氏の手腕を期待したからだった。

文政権では首席秘書官を2年半務めた(2017年5月)
文政権では首席秘書官を2年半務めた(2017年5月)

チョ氏は当初、「疑惑のほとんどがフェイクニュースだ」と一蹴してきた。
だが、世論の批判が強まると娘の不正入学疑惑については「父親として至らなかった」と謝罪し、投資や相続で得た利益を社会に還元すると表明。
その上で自身の疑惑については、国会の人事聴聞会等の場で「全て説明する」として“正面突破”する意向を示していた。

チョ氏が教授を務めるソウル大学での学生の抗議集会(8月23日)
チョ氏が教授を務めるソウル大学での学生の抗議集会(8月23日)

注目の人事聴聞会開催が9月2~3日に決まった直後、検察が娘の大学など20カ所あまりの関連先を捜索した。
検察を監督する立場になる法相候補を検察が捜査するというのは、韓国でも例がない。
韓国メディアによれば、捜査着手は現職の法相や大統領府にも事前に報告されないまま、検察が電撃的に断行したものだったという。
事前にチョ氏サイドに情報が漏れるのを防ぐため、水面下で準備が進められた形だ。

検察によるソウル大学の家宅捜索(8月27日)
検察によるソウル大学の家宅捜索(8月27日)

渦中のチョ氏は「検察の捜査を通じ全ての疑惑が明らかになることを希望する。ただし真実でない疑惑で、法務・検察改革に支障があってはならない」と述べた。
あくまで法相就任を目指し聴聞会に臨む姿勢を崩していない。
だが、一連の疑惑に捜査のメスが入ったことで、逆風は一層強まっている。
 

報道陣の取材に応じるチョ・グク氏(8月27日)
報道陣の取材に応じるチョ・グク氏(8月27日)

“生きている権力”への挑戦?…異色の検察トップが決断

検察がどこまで疑惑に迫れるのか、捜査の行方にも注目が集まる。
現在の検察トップ、ユン・ソクヨル(尹錫悦)検事総長(韓国語では検察総長)は異色の経歴を持つ。
「私は人に忠誠を尽くさない」
ユン総長はかつて国会の国政監査の場でこう言い放った。
韓国の情報機関・国家情報院が大統領選挙に介入した事件の捜査に関して、「上からの圧力があった」と告発したのだ。
「(上の)指示が違法なのにどうしてそれに従うことができるのか」とも述べ、当時の朴政権が捜査に圧力をかけたことを批判した。
この発言のあと、ユン氏は要職から外されたが、朴前大統領の疑惑捜査では特別検察チーム長として第一線に復帰した。
さらに文政権が発足すると、ソウル中央地検長に抜擢され、7月には検事総長に任命された。

文大統領はその際、ユン総長にこんな言葉をかけた。
「大統領府であれ政府与党であれ、万一権力型の不正があれば厳正な姿勢で対処して欲しい」
チョ氏の一連の疑惑捜査はソウル中央地検特殊2部、いわゆる“特捜部”が担当することになった。
関係先の捜索に続いて、28日にはチョ氏の親族らの一部に出国を禁止した。

かつて時の権力を批判したユン氏だけに、検察が本気で疑惑解明に取り組むとの見方がある。
一方で、捜査は見せかけではとの指摘もある。
聴聞会が開かれても、チョ氏が捜査を口実に疑惑解明を避ける可能性があるからだ。
ただ、鳴り物入りで始まった捜査だけに、検察もあとには引けない。
捜査が不十分と見なされれば批判の矛先は検察に向かうからだ。
大統領府と検察の攻防が続く。

韓国大統領府と検察の攻防が続く…
韓国大統領府と検察の攻防が続く…

任命強行か、撤回か…文大統領の苦悩

想定外の捜査に大統領府にも激震が走った。
大統領府関係者は「検察の捜査にはコメントしない」としているが、突然の捜査には当惑が広がっている。
それでも現時点では、チョ氏に「指名を撤回するほどの決定的な疑惑」はないとしてチョ氏を“死守”する構えだ。

こうした中、チョ氏の圧力がじわじわと大統領府を包囲し始めている。
チョ氏の疑惑が報じられて以降、文政権の支持率は2週連続で下落し、就任後初めて不支持が50%を超えた。

文大統領支持率 支持46.2% 不支持50.4%(世論調査会社リアルメーター調べ)
文大統領支持率 支持46.2% 不支持50.4%(世論調査会社リアルメーター調べ)

第一野党の自由韓国党は「被疑者を聴聞会に出させる訳にはいかない」などとして聴聞会のボイコットを主張。
第二野党の正しい未来党もチョ氏の指名辞退を要求している。
閣僚任命に影響力があるとされる左派政党の正義党でも、チョ氏は法相として不適格との意見が党の大勢を占めつつある。

第一野党の自由韓国党(8月22日)
第一野党の自由韓国党(8月22日)

聴聞会で国会の賛成が得られない場合でも、文大統領はチョ氏を法相に任命できる。
しかし、任命を強行すれば20~30代の若年層が猛反発し、文政権離れが加速する恐れがある。
また、捜査の過程でチョ氏の疑惑が決定的になった場合の政治的リスクも大きい。
一方、文政権の検察改革の象徴であるチョ氏が自ら指名を辞退したり、大統領が指名撤回に追い込まれた場合も、文政権は深刻な打撃を受ける。
来年4月の総選挙にも影響が出かねず、文政権は対応に苦慮している。

(フジテレビ 国際取材部長・鴨下ひろみ)

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鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。