日米の「韓国疲れ」はピーク 日米韓協力の構造的限界を突きつけたGSOMIA破棄問題  

カテゴリ:ワールド

  • GSOMIAは軍事情報共有の枠組みではなく「情報保護」の取り極め
  • 日韓防衛協力の土台であり、日米韓防衛協力の象徴としての役割
  • これから日本はどうするべきか・・・?

8月22日、韓国政府が日本との「秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)」を破棄するとの決断に至っ たことは、外交・安全保障にかかわる当局者や専門家に衝撃を与えた。GSOMIA破棄は今後の日本の安全保障にどのような影響を及ぼすのか。それを考えるには、これまでGSOMIAが果たしてきた役割を理解する必要がある。

軍事情報保護協定の役割

GSOMIAは情報共有枠組みそのものではなく、機微な軍事情報をやりとりする際の「情報保護」に関する取極である。具体的に言えば、「情報を受ける国(受領国)は、情報を提供する国(提供国) の了承なしに当該情報を第三者(国)に提供してはならない」とか、「提供された情報について受領国は提供国と同等の保護措置をとる」といった原則が規定されている。またGSOMIAがあるからと いって、互いの秘密情報が自動的に相手に流れたり、一方が相手の情報に無条件でアクセスできるわけではない。交換する情報の内容については双方の了解が必要で、一次情報にアクセスできるのも秘密軍事情報取扱資格(セキュリティ・クリアランス)を持ち、なおかつ職務上の必要性を有するごく少数に限られる。これらの取極があることにより、両国間では情報漏洩の懸念を相対的に減らし、相互信頼に基づくスムーズな情報協力が可能となる。

例えるなら、GSOMIAは日韓の防衛協力という歯車を円滑に回すための潤滑油のようなものだった。潤滑油がなくても歯車を回せないことはない。しかし、制度に裏打ちされた相互信頼がなく、 情報漏洩のような”故障”のリスクを払拭できない場合、結果として歯車を回すこと自体を躊躇する ようになってしまう。2016年11月に日韓のGSOMIAが締結されるまで、この潤滑油の役割を果たしてきたのは米国であった。日韓両国と同盟を結び、日米韓の三カ国協力を北東アジア安定の柱とする 米国は、早くから日韓GSOMIAの必要性を双方に訴えていたが、政治的障害によりなかなか締結には 至らなかった。日韓両政府は、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展や、韓国周辺での軍事的挑発 (哨戒艦「天安」撃沈事案:2010年3月、延坪島砲撃事案:同年11月)が深刻化した2011年頃から、軍事情報共有体制の向上を喫緊の課題としてGSOMIA締結に向けた協議を続けていたが、2012年 6月29日の署名式1時間前という土壇場のタイミングで、韓国側が国内政治への配慮を背景に協定へ の署名を延期したこともあった。

その間の補完措置として2014年12月に交わされたのが、米国を仲介者とする「日米韓三カ国情報 共有取極(TISA)」である。日米韓TISAは、北朝鮮の核・ミサイル関連活動に限定した情報共有枠 組みで、日韓が直接情報をやりとりする代わりに、米国が日韓双方と締結している情報保護協定(= 日米GSOMIA・米韓GSOMIA)に則った保護規則を間接的担保とする形で、日韓の秘密情報の受け渡 しを仲介するという仕組みである。しかし、米国を介してのやりとりは、秘密開示区分の調整や双 方の了承を得る手続きが煩雑となるなど、行政上のコストと迅速性の面で必ずしも使いやすいもの ではない。それゆえ米国は2012年の署名延期以降も、日韓両国にGSOMIAの正式な締結を強く後押し してきた(*当時両国の仲介に関わった米政府関係者は、今回の韓国政府の決定に失望と怒りを禁じ 得ないようであった)。

GSOMIA自体が軍事情報保護のための取極であることからもわかるように、これまで日韓が同協定を通じてやりとりしてきた内容は公開されていないため、それがどの程度の重要性を持つものなのかわかりにくいかもしれない(情報漏洩には両国の国内法に基づいた罰則規定がある)。一般論として言えば、北朝鮮が日本海に向けて弾道ミサイルを発射する場合、発射地点に近い韓国側では、 発射前の人や車両の動きのほか、発射直後のブースト段階での軌道やエンジン燃焼状況などにつき、より正確なデータを得ることができる。他方、着弾地点に近い日本側では、終末段階の軌道や最終的な飛翔距離につき、より正確な観測が可能だ。これらに米国の早期警戒衛星や電波・通信傍受な どから得られる情報を総合的に組み合わせることで、北朝鮮の軍事活動に関する多角的な分析が可 能となってきたのである。

日韓防衛協力の土台としての役割

2012年の署名延期に象徴されるように、日韓の防衛協力はこれまでにも(とりわけ韓国の)国内 政治の波に揺さぶられてきた。そうした苦難の末に締結されたGSOMIAは、両国の防衛協力の努力が 国内政治に翻弄されるリスクを緩和し、波があったとしても、防衛情報当局の実務協力が落ち込むことを避け、安定的な議論を続ける素地を作る意味合いも大きかった。今回の破棄に際し、一部からは「日米韓TISAを通じた協力に回帰すれば問題ない」という声も聞こえてくる。しかし、TISAに 比べ強い保秘上の拘束力を持つGSOMIAの下では、より高度な秘密区分の情報を交換することができる。このことは、日本が保有している高度な軍事情報という「特効薬」を韓国に提供することで、 朝鮮半島の安全に対する日本の重要性を否が応でも理解させるのにも役立っていた。

「特効薬」の 効き目は、日韓関係が政治や貿易など多方面で悪化していく中においても、国防部と国家情報院が GSOMIAの意義を評価し続け、破棄には慎重であるべきとの姿勢に終始していたことからも明らかで あろう。GSOMIAには提供された情報の取り扱いに関して細かな規定があり、単に政府内の職位が高 いからといって日本側が提供した一次情報に触れられるわけではない。一般に政府高官が目にする のは、提供情報などを参照して作られた分析の成果物であるから、その作成に責任のある国防情報 当局が被提供情報の重要性を主張したならば、政治的不満はあろうとも、そうした実益に適う意見 は受け入れるのが普通である。それにもかかわらず、文政権が最終的に協定破棄を選んだことは、 日本のみならず、自国の国防情報当局を軽視したということでもある。これは韓国政治指導部の北 朝鮮に対する脅威認識が危機的なまでに欠如していることの裏返しに他ならない。

日米韓防衛協力の象徴としての役割

前述のように、日韓GSOMIA締結の背景には、日米韓の緊密な連携体制を通じて北朝鮮に対する抑 止力を高めようとする米国の強い働きかけがあった。ここ数ヶ月の間にも、米政府はポンペオ国務長官やエスパー新国防長官らを通じて、GSOMIA更新の重要性を韓国政府に再三伝達してきた。そう した米国の要請を振り切って協定破棄を決断した韓国政府に対し、米政府が「文政権」と名指しの上で、「強い懸念と失望(strong concern and disappointment)」という強い表現を用いて批判しているのは当然である。

日韓両国は互いに米国という同盟国を持ちながらも、日米韓同盟という集団安全保障体制を形成 しているわけではない。北東アジアの地域安全保障構造は、1950年の朝鮮戦争以来、有事の際には米韓同盟を日米同盟が支援するという二国間同盟の連携体制によって成り立ってきた。この連携体制は、在韓米軍・国連軍・米韓連合軍を束ねる米国人大将が半島全体の情報と指揮統制を掌握し、なおかつ米軍の出撃拠点である日本が安全な後方支援拠点であってこそ維持しうる。しかしながら、 日本を脅かしうる北朝鮮の核・ミサイル能力の飛躍的増強や、文政権の日米双方に対する信頼性を欠く対応は、朝鮮戦争以来続いてきた北東アジアの同盟連携体制に構造的限界を突きつけていると言わざるを得ない。

これからどうなるか、日本はどうするべきか

文政権が決断を改めない限り、日韓GSOMIAは2019月11月23日をもって失効する。その後当面は、2014年の日米韓TISAを再活用していく以外にないだろう。しかしTISAでのやりとりは、(1)北朝鮮の核・ミサイルに関する情報に限定、(2)扱う秘密区分の制限、(3)日米韓当局の行政コストの増加と迅速性の低下といった制約は避けられない。

もっとも、北朝鮮から発射される弾道ミサイルの早期警戒・探知など秒単位の運用情報は、日米の衛星、前方配備レーダー、イージス艦、統合指揮所などを結ぶデータリンクのような、現場でのリアルタイムのやりとりに依存するため、GSOMIA破棄による純軍事的影響は必ずしも大きいわけではないだろう。むしろ影響を受けるのは、日韓・日米韓の平時の情報協力が円滑に行えなくなることや、文政権が日米との安定的な協力関係を築いていく意思がないことを対外発信してしまうこと だ。日米韓協力が不安定化することによって恩恵を受けるのは、北朝鮮や中国、ロシアに他ならな い。韓国政治指導部は、日韓GSOMIAがなくとも、自前の監視能力に加えて米国から必要な情報が得られれば、日本との情報協力は必要ないと考えているかもしれない。文政権にそうした「甘え」があるとすれば、韓国に再考を促すべく、米国が何らかの見せしめをする可能性も排除できない(*8 月23日早朝に行われた北朝鮮のミサイル発射に際し、韓国の第一報には遅れが生じたようだ。憶測の域を出ないものの、米軍が韓国軍に提供していた早期警戒情報の運用につき、何らかの変更を加 えたとしても不思議ではない)。

長らく、北東アジアの安全保障に関わる日米韓の外交・安全保障関係者の間では、様々な困難がありながらも、日米韓協力は不可欠であるという認識がコンセンサスとなってきた。しかし、文政 権のあまりに宥和的な対北政策や、昨年末の海自哨戒機への火器管制レーダー照射問題の処理などを受け、これまで韓国を繋ぎ止める努力をしてきた日米の当局者・専門家の間でも「韓国疲れ」が ピークに達している。そこにきて今回のGSOMIA破棄である。これを受け、当面韓国との安全保障上の連携は難しいとの諦めが広がることは避けられない。文政権の任期は2022年5月まで残されているが、その間日米は韓国を「待てる」だろうか。特に米国のトランプ大統領は、金正恩委員長との 個人的関係を重視する一方、韓国とのポジティブな関係維持に関心がないどころか、米韓同盟を米 国にとっての一方的な負担と考えている節がある。加えて、米韓は5年毎から1年毎の改定となった 防衛分担金特別協定(SMA)交渉も控えている。

より大局的な視点として、米国は国家安全保障戦略(NSS)および国家防衛戦略(NDS)で宣言した通り、中長期的な国防投資の方向性を中国・ロシアとの「戦略的競争」にシフトしようとしてい る。これは2000年代の「テロとの戦い」以来となる大きな戦略転換である。忘れてはならないの は、今日に至る在韓米軍・在日米軍再編プロセスは、ブッシュ政権時に行われた「世界規模での米軍態勢見直し」の一環として計画されたものであるということだ。となれば、今後の米軍の前方配備態勢は、朝鮮半島・中国・台湾を含む地域情勢や、同盟国への「公平な負担」を訴えるトランプ 大統領の志向とも連動する形で再度見直される可能性が高い。これらの構造的変化を前に、日本としては、米国の地域コミットメントを低下させることなく、寧ろ日米の役割・任務・能力を再定義し、戦略的競争に備える同盟の連携体制を強化する機会としなければならない。北朝鮮の核・ミサ イル脅威が残り続ける中で、文政権がGSOMIAの破棄や、米国からの拙速な戦時作戦統制権の返還を進めるようであれば、現在の米韓同盟を中心とする朝鮮半島の指揮統制体制は、日本が負う責任の重さを適切に反映した形で再設計する必要があるだろう。

【執筆:ハドソン研究所研究員 村野将】

「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む

隣国は何をする人ぞの他の記事