「頭撮り」が行われなかった日韓外相会談

8月21日、河野外相と韓国の康京和外相による日韓外相会談が、北京郊外の観光施設「古北水鎮」で行われた。

通常、この種の会談では、両大臣が握手をしたあと着席し、続いて冒頭にそれぞれ挨拶と会談の狙いなどを短く述べるところまで報道陣に公開する、いわゆる「頭撮り」取材が設定されることが多いものの、今回は河野外相が康京和外相を出迎え、握手を交わすところまでの撮影のみ許可され、会談の雰囲気をうかがい知ることはできなかった。

日韓関係の冷え込みを象徴する張り詰めた雰囲気だから、という見方もできるかもしれないが、実務的な話し合いの時間を確保するためだったとも考えられる。

予定されていた会談時間は30分間で、実際に会談したのは約40分間。両外相とも英語が堪能だが、今回は逐次通訳を介して会談している。40分の内訳を単純計算するなら外相の発言自体はそれぞれ正味10分程度と推測されるが、仮に冒頭発言の取材を設けると、双方2分間の発言でも通訳を含め8分かかることになる。30分間の予定のうちの8分間は大きい。報道陣を排して時間を目一杯確保した分、日韓関係改善に向けた何かしら前向きな兆候が日韓外交当局間に芽生えていることを期待したい。

韓国の康京和外相
韓国の康京和外相
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一部韓国メディアの「河野外相が不買運動揶揄」記事への違和感

ところで一部韓国メディアが、会談前に公開された両外相の握手の直前、河野外相が韓国と日本の記者に「そのカメラはニコン?キヤノン?」と尋ね、日本製品不買運動を揶揄したといった趣旨の報道を行った。

22日朝、本社の国際取材部のデスクから韓国での報道ぶりについて連絡を受け、私はその報道内容に大きな違和感を覚えた。実際に私はその場で取材をしていて、河野外相と「ニコン?キヤノン?」に繋がる一連のやりとりを交わした1人であり、一部始終を見聞きしていたからである。

河野外相も残念に思ったようで、早速自身のツイッターに次のように投稿している。

「カンギョンハ長官を待っている間、前の晩長城に一緒に上がった日本人記者と雑談してたら、その中に韓国の記者も混じってただけ。記者さんたち大きなカメラ持って上がって大変だったし。そもそも韓国語できないから。誰が言い始めたか知らないが、こういうバカなこと言うのはやめようよ。」

そこで私は、「前の晩長城に一緒に上がった日本人記者」の1人として、以下、事実関係を詳しく報告する。

カメラをめぐるやり取りとりには伏線があった

今回の日韓外相会談は、日本側の宿舎となっていたホテルの会議室で行われた。そのため、別のホテルに宿泊していた康京和外相を河野外相が出迎える形となり、河野外相は会談開始時刻の10分ほど前に会場入りしていた。ただ、これは少々早すぎるスタンバイだったようで、河野外相自身、我々報道陣に向かって「ちょっと早く着き過ぎちゃったね」と照れ笑いを浮かべていた。その、些か持て余し気味となってしまった時間に、河野外相と我々報道陣との雑談が発生したのである。

自身でツイッターに投稿した通り、河野外相は前夜、日中韓外相夕食会を終えた後、宿舎の後ろに聳える万里の長城(司馬台長城)を視察し、外務省の随行職員に加え私を含む日本メディアの記者も同行した。ロープウェイを降りた後、登っては下るという結構な山道を10分前後は歩いただろうか、万里の長城に到着し、幅や高さが不揃い、かつ傾斜の厳しい長城の石段を、さらに10分ほどかけて上り、中国側から司馬台長城の歴史や特徴などについてレクチャーを受けた。

この長城視察が印象に残っていたのだろう。日韓外相会談の前、会場入りした河野外相が我々に投げかけたのは「足、大丈夫?」という話題だった。前夜に河野外相に同行していた私を含めた記者団と随行職員は、口々に「膝が笑っている」「筋肉痛になっていない」などと談笑した。

そして、談笑の輪の中には、前夜に万里の長城で大臣の写真撮影を担当した外務省職員もいた。しっかり記憶しているものの詳細は割愛するが、前夜の長城視察では写真撮影を巡って河野外相がこの撮影担当の職員をからかい、一行から笑いの起きる一幕があった。おそらく、この一幕から、日韓外相会談前の雑談で河野外相はこの職員、そしてその隣にいる私を含めた日本メディアの方に向かって歩み寄り、職員と我々が構えているカメラに話を振ったものと私は考えている。

つまり、韓国国内における日本製品不買運動を揶揄しようと河野外相が考えていたというのは、誤解というか、少々乱暴な憶測に基づく報道が過ぎるのではないかと私は思う。

河野外相には韓国メディアに尋ねる意図はなかったはず

ちなみに、河野外相がカメラのメーカーを尋ねて回ったのは、会場入口側に陣取っていた私の隣にいた外務省職員、日本の通信社のカメラマン、日本の新聞記者である。また、河野外相は、会場奥側でも日本の通信社が構えていた一眼レフカメラについてメーカーを尋ねた。

テレビカメラについては代表制で、日本側が1台、韓国側が1台。ほか、韓国側の記者やカメラマンもその場にいたと思われるので、一部の韓国メディアが「韓国と日本の記者にニコンかキヤノンか尋ねた」と誤解するのも理解できなくはない。ただ、河野外相は日本語で話しかけ、我々も日本語で答えている。もし、韓国メディアにも尋ねるつもりがあったなら、河野外相は、その堪能な英語でも質問を振ったであろう。

つまり河野外相に、韓国メディアにも尋ねる意図があったとは断言できないし、むしろ顔見知りの外務省職員や日本メディアの記者を相手に雑談したと考える方が自然だと私は思う。

ついでに、この雑談の流れの中で、河野外相は康京和外相との握手の際の立ち位置についても日本語で報道陣や外務省職員に尋ね、微妙な調整を行っていて、康京和外相が到着する前の一連の雑談に一貫していたテーマは「写真」だったと言える。

また、河野外相は、しばしば報道陣にカメラについて尋ねることがあり、今回が特異な例だったわけではない。今月、西バルカン諸国に外遊した河野外相は、皇太子当時の上皇さまと上皇后さまが旧ユーゴスラビアで当時のチトー大統領に贈られたニコンのカメラを写真に撮って自身のSNSで紹介しており、(https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2351912661529235&id=168727046514485)、我が国の外務大臣はそもそもカメラに興味を持っている人物なのだということを、この記事で韓国の方々にもお伝えしたい。

(フジテレビ政治部 外務省担当 古山倫範)

古山 倫範
古山 倫範

「新聞よりも易しく、情報番組よりも楽しく、報道番組よりも詳しく、誰よりもわかりやすく」を心がけてお伝えします。常に注目を集める分野より、たまにしか注目されず詳しい記者も多くはない地味でニッチな分野の取材に楽しさを感じて東奔西走中。政局より政策が好き。政策より乗り物が好き。乗り物なら鉄道が大好き。
フジテレビ社会部。モスクワ大学留学を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学専修卒後、フジテレビジョン入社。遊軍、警視庁捜査一課担当、「とくダネ!」ディレクター、首相官邸サブキャップ、モスクワ支局長を経て防衛省、政治部デスク、外務省などを担当。「知露派であっても親露派にはならない」が口癖。