イーロン・マスクが先導して2017年に創業したスタートアップNeuralinkが、脳内に直接チップを埋め込んで情報を人体に送り込む技術の実装を始めた、というニュースが、世界中で話題になっている。

NeuralinkのHPより
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Neuralink社長マックス・ホダックはNew York Timesの取材に対して、身体に障害を抱える人の失われた機能を、この技術によって復活させうる可能性も示唆している。

しかし、イーロン・マスクが本当に目指していることは、それだけだろうか。彼は最先端の哲学者や科学者が提唱している、シミュレーション仮説の支持者だと言われている。その理論を知ることで、彼の本当の狙いが見えてくる。

AIの次に来るもの

AI(Artificial Intelligence: 人工知能)が人間の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)の到来について、真剣に検討されている昨今。

コンピューター(AI)が人間の頭脳を超えられるのかが話題の的だが、気鋭の哲学者ニック・ボストロムやレイ・カーツワイルは更にその先の世界を見据えている。

シンギュラリティとはなにか

もともと「シンギュラリティ」という言葉は数学から来ていて、他とは異なる特別な点(特異点)のことを指している。人類の歴史上いまだかつてない瞬間が、もうそこまで来ているというのだ。

シンギュラリティの到来はいつなのか?未来学者であり、「シンギュラリティ」という言葉の発明者でもあるレイ・カーツワイルは、2045年という説を唱え、別名「2045年問題」とも呼ばれている。

シンギュラリティの時代に突入すれば、進歩の主役は人類からAIへ移っていく。人間より優れたAIが産業の色々な場面で活躍し、人類がだんだん端に追いやられていくようになっていくのだ。

このときにAIの進歩を支えるのは、オックスフォード大学の哲学教授ニック・ボストロムが言うところの「再帰的自己改良プログラム」だ。

つまりは、トライ&エラーを通じて学習し、自分で自分のソースコードを改善していくAIの登場により、シンギュラリティがもたらされると考えられている。

カギは「収穫加速の法則」

では、「シンギュラリティ」という言葉の発明者でもあるカーツワイルは、何を根拠にシンギュラリティを唱えているのか?

彼が拠り所としているのは、「収穫加速の法則」。彼は人類の歴史を検証し、文明の進歩が収穫加速の法則に従っていることを見出した。

この法則によれば、文明の進歩は指数関数に従う。指数関数とは、最初はゆっくり変化するものの、途中から勢いが増して急激に増加していく数学的な式のことを指す。

文明の進歩も同様に、原始時代から中世頃までは比較的ゆっくりと発展してきたが、産業革命以降は進歩が急激に加速。一方で、人間の脳は生物学的進化の法則に従って非常にゆっくりとしか変わっていない。その結果として、人間は人工知能に追い抜かれてしまうのだ。

文明は急速に進歩する

進歩が指数関数に従うという考え方自体はカーツワイルの専売特許ではなく、古くからあるもの。もともとコンピューターの世界では、コンピューターの進歩が「ムーアの法則」に従うと考えられてきた。

ムーアの法則とは、コンピューターの能力(ある小さな範囲に集積できるトランジスタの個数)がおよそ2年で2倍になっていくというもの。

2年で2倍という進歩はすさまじいもので、そのまま素直に当てはめると、40年間で約100万倍の差が付く。カーツワイルは、コンピューターの世界で広く知られている「ムーアの法則」からヒントを得て、より一般的に文明全体の進歩も指数関数に従うと考えた。

シンギュラリティの次はバーチャル宇宙人?

それでは、シンギュラリティの「次」には何が来るのか?

欧米では一部で気の早い人たちが議論を進めている。コンピューターの性能が極限まで高まった結果、人類は世界そのものをコンピューターで再現する。そして仮想世界に自我を持つ人間を誕生させるというのだ。

その目的は、過去の時代をコンピューター上で再現することにより、自分たち自身をより深く知ることであったり、単なる娯楽であったりと様々に考えられている。

まるでSFのようだと感じるかもしれない。けれどもこれは、歴史の必然なのだ。人間の自我すらコンピューター上でシミュレーションできるようになった時、人々は、それをどうやって社会に役立てようとするか。

気鋭の哲学者であるボストロムは、主な用途は歴史研究だろうと述べている。けれどもシミュレーション技術の主な用途は歴史研究だけでなのか。むしろ、ビジネスにおいて活用の場があるだろう。

人間の創造性には限界があり、人間が造ったAIにも、同じく限界がある。いくら革新的な技術、アイデア、芸術などを生み出そうとしても、過去を参考にする限り、真に革新的なものを生むのは至難の業だ。

圧倒的に独自性の高いコンテンツを生み出すにはどうすれば良いか?

究極的には、私たちの文化とは全く無縁の存在、例えば宇宙人から物事を学ぶことができれば一番効率的。現代ではそんなことは不可能だが、仮想現実が自在に生み出せる未来社会では、宇宙人ですらシミュレーションで造ってしまうことが可能になるかもしれない。

1000年間の歴史をたったの1秒で計算できる

地球から遠く離れた星に住む宇宙人なら、地球人が知らない色々なことを教えてくれるだろう。彼らの文明が高度に発達していれば、地球人の知らない数学の体系や医療技術、未知の芸術や万能の化学素材を提供してくれるはずだ。

ただし、本物の宇宙人は(いるとしても)遠く離れたところにいるため、直接教えてもらうのは不可能。そこで、バーチャル宇宙人の出番。バーチャル宇宙人の創り方は簡単で、コンピューターの中のシミュレーション世界に広大な宇宙空間を再現し、生命の住める星をいくつか配置するだけ。

時計の針を進めれば、それぞれの星では生命が独自に進化し、やがて知的生命が誕生する。彼らは独自の文明を築き、科学技術を発展させていくだろう。

彼らの文明は、シミュレーションの実行者にとっては宝の山。バーチャル宇宙人の頭の中をスキャンすれば、人類が思いつきもしなかった色々なアイデアを得られることになる。

シミュレーション世界における時間の流れは、現実の時間の流れとは異なる。シミュレーションを実行しているコンピューターの性能が高ければ、シミュレーション世界での1000年間を、たった1秒で計算することも出来るだろう。

まるでパラドックスのようだが、バーチャル宇宙人の文明は、創造主である地球人の文明を追い越して進歩していけるのだ。数十億年の生命の進化の歴史も、コンピューターの性能さえ十分ならば、一晩もあればシミュレーションできてしまうだろう。

要するに、シミュレーション技術をうまく利用すれば、ビジネスに有用な知識やアイデアを量産することができるのだ。イーロン・マスクがこのシミュレーション仮説を支持しているのは、このような産業利用への期待もちらついているからだろう。

また、シミュレーションを実施する高度な技術を持つ側の人間に、いち早くなりたいという考えもあるのではないか?彼が今後、どういった形でその覇者となろうとしているのか、世界から注目が集まる。

『この世界は誰が創造したのか【シミュレーション仮説入門】』(河出書房新社)

筆者:
冨島 佑允 (トミシマ ユウスケ)

京都大学理学部・東京大学大学院理学系研究科卒(素粒子物理学専攻)。大学院時代は世界最大の素粒子実験プロジェクトの研究員として活躍。現在は外資系生命保険会社勤務。科学や哲学の最先端研究にも精通している。

執筆:
遠山怜(アップルシード・エージェンシー)

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。