「何も変わらない」タイ人の拉致被害者家族の失望

ASEAN地域フォーラム終了 「タイ人の拉致被害」言及されず

カテゴリ:ワールド

  • タイ人にも拉致被害者…マカオで失踪した女性
  • バンコク開催のARF タイ外相は「タイ人の拉致被害」言及せず
  • 要望書提出も…被害家族「何も変わらない」政府への失望

タイ人の拉致被害者も

北朝鮮が出席する数少ない多国間協議の場であるARF=ASEAN地域フォーラム。アジア太平洋地域の安全保障について議論する国際会議だ。今年は、タイを議長国として、8月2日に首都バンコクで開かれた。この会議で、タイのドーン外相の発言に注目していたタイ人の男性がいた。

バンジョン・パンチョイさん(54)

タイ北部の中心都市、チェンマイ。ここで車の修理をして生計を営んでいるのが、バンジョン・パンチョイさん、54歳。バンジョンさんの叔母、アノーチャ―・パンチョイさんは23歳だった1978年、出稼ぎ先のマカオで、行方が分からなくなった。出稼ぎ先から家族への仕送りを欠かさなかった家族思いのアノーチャ―さん。

アノーチャ―・パンチョイさん

現在も、アノーチャ―さんの仕送りで建てられた住宅が残っている。住宅には、アノーチャ―さんが帰った時に、すぐに昔の記憶を思い出してもらえるよう、当時着ていた服なども残されていた。

アノーチャ―さんが建てた住宅
アノーチャ―さんが着ていた服

27年後に明らかになった失踪の理由

行方不明になった理由がわからないまま長い年月が過ぎ、地元の自治体は、アノーチャ―さんの死亡届を出すことを提案したが、家族は「いつか戻って来る」と信じて葬式も行わなかった。そうした中 、行方不明から27年後の2005年10月、思わぬところから失踪の理由が明らかとなった。アノーチャ―さんの父親が94歳で亡くなってから4ヵ月後のことだった。

1984年北朝鮮・元山にて撮影

ここにある1枚の写真。

1984年に北朝鮮の元山(ウォンサン)の海岸で撮影された写真だ。日本に帰国した拉致被害者の1人、曽我ひとみさん、そして、曽我さんの夫、チャールズ・ジェンキンスさん。さらにその奥に写っているのが、行方不明になっていたアノーチャ―さんだ。 曽我さんとジェンキンスさんは帰国後、1980年から1989年まで、アノーチャ―さんと近所に住んでいて、付き合いがあったと証言した。そして、アノーチャ―さんは、「マカオで男2人に写真を撮ろうと声を掛けられたあと、突然縛られて船に乗せられ、北朝鮮に連れてこられた」と話していたことが明らかとなった。

政府も世論も拉致問題に消極的なタイ

タイ政府は2006年、北朝鮮に対し調査のための共同の作業部会の設置などを要請したが、北朝鮮は「そのような人物は見つからなかった」と回答した。タイ人で、北朝鮮の拉致被害者とされているのは、アノーチャ―さん1人だけだ。日本では、拉致問題をめぐり、政府、被害者家族、支援者、そして国民が、早期解決に向けて一致して取り組んでいるのに対し、タイでは世論の盛り上がりに欠け、政府の動きも消極的と言わざるを得ない。

タイ人が北朝鮮に拉致された事実を多くの人に知ってもらうために、タイが議長国となる今年の ARF=ASEAN地域フォーラムは、アノーチャ―さんの甥、バンジョンさんにとって大きなチャンスだった。バンジョンさんは、タイ人の拉致問題について会議の場で言及してもらおうと、会議開催前の7月4日、政府に対して要望書を提出した。

要望書を提出するバンジョンさんと支援者

そして、注目の会議が開かれる2日を迎えた。日本の河野外務大臣から拉致問題について言及があったものの、タイのドーン外相がタイ人の拉致問題について触れることはなかった。会議の終了後に発表された議長声明には、北朝鮮による拉致問題について、「何人かの閣僚が、拉致問題の解決を含む人道的な 懸念に対処する重要性を強調した」と触れられている。当初の草案には、拉致問題について、盛り込まれておらず、日本の主張を尊重して、声明に盛り込まれたとみられているが、アノーチャ―さんについての言及はなかった。

拉致被害者家族の失望

開催前から短距離弾道ミサイルの発射を繰り返してきた北朝鮮に至っては 、代表団すら派遣せず、タイに駐在する金第峰大使が出席しただけで、一切発言もしなかった。

記者会見するタイのドーン外相

バンジョンさんは会議後、「これまでと同じように何も変わらない。思うことは何もない。政府は何もしていない。」と政府への失望を口にした。

拉致されたアノーチャ―さんの甥、バンジョンさん

救う会などによると、北朝鮮による外国人の拉致被害者は、十数ヵ国にのぼるとみられている。「拉致問題はすでに解決した」と説明する北朝鮮に対し、各国の政府、被害者家族、支援者がそれぞれのレベルで国を超えて連携し、 働きかけを続けていくことが求められている。

【執筆:FNNバンコク支局 武田絢哉】