1日1件、平均1.2人が銃の犠牲者

身柄確保時の容疑者とみられる映像
身柄確保時の容疑者とみられる映像
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米テキサス州エルパソ市で20人が殺害される銃乱射事件が起きた翌日の4日、オハイオ州デイトン市でも銃乱射事件があり10人が犠牲になったことは日本でも驚きをもって報道された。

ところが、この間米国では他にも銃乱射事件がシカゴ市で2件、テネシー州メンフィス市でも1件起きており合わせて3人が死亡、20人が負傷していたのだ。

今月に入って米国で起きた銃乱射事件はこれで16件になり犠牲者は34人、今年に入ってからだと254件犠牲者は268人に上る。つまり、米国では1日に1件以上の銃乱射事件が起こり、1.2人が犠牲になっていることになる。

この数字は、米国の銃問題を研究するNPO「銃暴力統計調査(GVA)」によるもので、GVAでは「銃乱射事件(Mass Shooting)」の定義を「一度に犯人を除く4人以上が銃撃を受けたか射殺された事件」として統計を集約しているものだが、このままだと最悪だった2016年の382件を上回るのではないかと見られている。

銃乱射の背景 もう一つの分析

では最近の米国での銃乱射事件の増加の背景には何があるのか?

誰もが考えるのが銃規制の問題だ。合衆国憲法修正第二条で銃を保有する自由が保障されていることと、銃愛好者と銃メーカーの団体「全米ライフル協会」の強力なロビー活動で、銃の規制が不十分なことが銃乱射事件を招いていると考える米国民が60%におよぶ(ギャラップ調査)。

その一方で、銃乱射事件増加の背景には別の問題があるという分析もある。

保守系の言論誌「ナショナル・レビュー」電子版は、今年4月にバージニア州で起きた事件を機に「なぜこれほど多くの銃乱射事件が起こるのか」と題した特集記事を載せていた。

記事はまず、米国の銃乱射事件がこのように増加したのは最近になってからのことで、ニューヨーク・タイムズ紙が連邦捜査局 (FBI)を引用して「銃乱射事件はこの6年間に急増した」と2014年に報じたことを指摘している。

またミネソタ州の犯罪学の権威グラント・デューイ博士もその著書「米国の大量殺人事件」で、1970年代以前は米国でも銃乱射事件は10年間に10件前後で、1950年代に至っては10年間に1件しか起きていないとしていることに注目する。

不満が募るほど鈍くなる道義心

米国では時代を遡るほど銃の保持や登録が緩やかで、50年代といえば誰もがほぼ自由にどんな銃でも購入、所持できたので「銃の規制を強化すれば銃乱射事件は防げる」という主張は当たらないと記事は論ずる。

その上で、問題は現在の「不満の文化」にあるのではないかとする。「以前我々は努力こそが苦しい生活を脱却する道だと信じて働いたが、今では自分の不幸は米国社会のせいで、性差別や人種差別それに男性上位の考え方の犠牲になっていると考えるようになっている。その不満が募れば募るほど(他人を傷つけるのは悪いという)道義心が鈍くなるのだ」

「責任転嫁の文化」とも言えるが、米国に限った現象でもないだろう。日本でも、ガソリンをまいたり、刃物を振り回す事件が相次いで起きているが、銃が厳しく規制されていても別の形で今後大量殺傷事件が増えるのではなかろうか。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】

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木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。