日本政府によるフッ化水素など3品目の韓国への輸出優遇措置撤廃を受け、韓国は激震に見舞われている。「不当だ!」との怒りや、「国内生産すべき!」という勇ましい対策案、「対応が遅い!」との韓国政府批判、「日本製品不買」のPR、「次の制裁はこれかも」との悲観論など、メディアは上を下への大騒ぎだ。

本質はあくまで「輸出管理の優遇措置撤廃 」

今回の日本政府の措置の本質は、あくまでフッ化水素などの韓国向け輸出管理優遇措置撤廃である。そして撤廃の理由について経産省は「日韓間の信頼関係が著しく損なわれた」事と、「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」事の2点を挙げている。経産省はいわゆる徴用工を巡る問題での韓国政府の対応なども引き合いに出しているので、信頼関係の改善に向けて韓国政府がすぐに対応するのは難しいだろう。だが、「輸出管理の不適切な事案」について国際社会が納得するような反論が出来れば、日本の措置が不当だという韓国の反論が力を持つことになる。

実は「ザル」な韓国の輸出管理

緊急会見する韓国の成允模(ソン・ユンモ)産業通商資源相
緊急会見する韓国の成允模(ソン・ユンモ)産業通商資源相
この記事の画像(5枚)

「不適切な事案が発生した」との日本の主張に反論するには、「日本から輸入した3品目は全て適切に管理され、韓国国外に密輸出などされていない。韓国の輸出管理は信頼できる」という事を証明すれば良いだけの話だ。

韓国の成允模(ソン・ユンモ)産業通商資源相は7月9日緊急会見し「日本から輸入されたフッ化水素が北朝鮮を含む国連決議制裁対象国に流出したという、いかなる証拠も発見されなかった」「(韓国の)関連企業らが国内法令により輸出許可を受けて、最終使用者報告など各種義務も適法に履行していることを再度確認しました」と述べた。日本から輸入したフッ化水素は北朝鮮に渡っておらず、韓国から輸出される物資は管理がしっかりしているとアピールしたのだ。

しかし、そんな韓国にとって「不都合」なデータを記したリストを我々は入手した。

そのリストとは、韓国の国会議員が産業通商資源省から入手したもので、我々はこの議員から提供を受けた。リストには「戦略物資無許可輸出摘発現況」というタイトルが付けられている。内容は驚くべきものだ。2015年から2019年3月まで、韓国から戦略物資が無許可で流出した不正輸出案件は、何と156件もあったと記されているのだ。不正輸出されたのは、いずれも、NSG(核兵器製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制) 、AG(生物化学兵器製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制)などを通じ国際社会が厳しく統制・監視している物資だ。

FNNが入手した韓国政府が作った不正輸出摘発リスト。戦略物資がズラリと並ぶ
FNNが入手した韓国政府が作った不正輸出摘発リスト。戦略物資がズラリと並ぶ

専門家も驚くリストの中身

リストの不正輸出品目を見てみる。サーモカメラや炭素繊維、熱交換器など、兵器への転用が可能な物品が並んでいる。生物兵器の製造にも使われる遠心分離機も、ロシアとインドネシアに不正輸出されていた。2017年10月には、核燃料棒の被膜として使われるジルコニウムが中国に不正輸出され摘発されていた。代金は1346万ドル(約14億6600万円)と高額な取引だ。

リストには化学物質も含まれている。ジイソプロピルアミンという化学物質は北朝鮮の金正恩委員長の実の兄、金正男氏がマレーシアで暗殺された時に使われた神経剤VXの原料だ。2017年の8月にベトナムとスリランカに、10月にはパキスタン、中国、マレーシアに向けて、韓国から不正輸出されたとして、輸出業者が摘発されていた。生物・化学兵器拡散を防止する枠組みである前出のAGのハンドブックによると、韓国はジイソプロピルアミンの製造国に入っていない。つまり別の国から輸入したものを、第三国に不正輸出した可能性が考えられる。

さらに注目されるのは、「フッ化水素酸」という品目だ。フッ化水素酸は、今回日本が輸出管理優遇措置を撤廃した3品目の1つ、フッ化水素を水に溶かしたものだ。フッ化水素酸の不正輸出が摘発されたのは2017年12月にベトナム向け、2019年1月にはUAE向けの2件だ。フッ化水素は韓国でも少量製造されているので、日本産かどうかは分からない。

摘発日時に目を向けてみる。2015年は14件、2016年は22件、2017年は48件、2018年 は41件、2019年はわずか3か月の間に31件の不正輸出が発生している。明らかに増加傾向だ。また2017年5月の文在寅大統領就任前後で発生件数を比較すると、就任前は年平均約18件だった不正輸出が、就任後には年平均約60件ペースに急増している。これが何を意味するのかは分からない。

このリストを、国連安保理北朝鮮制裁委員会のパネル委員だった古川勝久氏に分析してもらった。
古川氏は「大量破壊兵器関連の規制品を巡る輸出規制違反事件がこれほど摘発されていたのに、韓国政府がこれまで公表していなかった事実に驚いている」と話し、驚きを露わにした。

Q危険な物質はリストに入っていますか?
古川氏「もちろんです。インドネシアに不正輸出されていたシアン化ナトリウムは金属メッキ工程でも使用されますが、化学兵器タブンの製造にも使用されます。危険だからこそ大量破壊兵器不拡散のための国際レジームで、有志国がリスト規制に基づいて規制しています。もちろん産業用途はありますが、兵器転用されるので、しっかりと輸出先を確認することが義務付けられていなければなりません。」

Qフッ化水素も不正輸出されていた
古川氏「フッ化水素の輸出先であるUAEは密輸の主要経由地として各国が見張っています

Q韓国では不正輸出を企図する人が多いのか、それとも輸出管理が徹底されていないのか
古川氏「両方が原因だと思います。韓国企業は中国に似て、輸出管理面での管理体制の緩さがかねてより問題視されてきました。また、韓国政府による制度運用も徹底されていません。その証拠が今回のリストにある事案の数の多さと、その事実を公表していなかった点に見られます。

Q不正輸出先には北朝鮮に関係の深い国はあるか。第三国経由で北朝鮮に物資が入った可能性は?
古川氏「これまでに北朝鮮が拠点を有していた、あるいは北朝鮮の制裁違反に関与していた国々の中で、リストに記載されていたのは中国、台湾、香港、東南アジア諸国のほぼ全て(ブルネイを除く)、ロシア、インド、パキスタン、スリランカ、UAE、イラン、シリア、赤道ギニア、トルコ、イタリア、ドイツ、日本です。北朝鮮以外にも懸念すべきは、中国やロシア、中東やアフリカの紛争地域もいろいろと密輸に関係しています。韓国企業は全方向的に緩いのではないかと思います。」
「これらの韓国企業名が公表されていない以上、知らずにこれらと取引してきた日本企業は必ずあるのではないかと思います

Q氷山の一角なのか、韓国の税関や役所が優秀だから摘発出来ているのか
古川氏「氷山の一角と思われます。現に、日本政府が説明しているようなフッ化水素の大量発注事案が含まれていません。リスト品規制だけでもこれだけの問題があるのですから、キャッチオール規制(※注1)に関しては、さらにずさんなことになっている可能性が懸念されます。」「この情報を見る限り韓国をホワイト国として扱うのは難しいのではないでしょうか

「政治目的だ!」と叫ぶ前に、やる事があるのでは?

韓国のトップ企業30社の経営陣と懇談した文在寅大統領
韓国のトップ企業30社の経営陣と懇談した文在寅大統領

7月10日文在寅大統領は韓国のトップ企業30社の経営陣を呼び、日本側の措置を「政治目的」と批判した。そして政府が輸入先や国内の生産の拡大に支援する方針を示し、事態の長期化に備えて、企業側の協力を呼びかけた。韓国経済の根幹である半導体部門を守るために必死なのは分かる。このリストの事案は日本政府が主張する「不適切な事案」と一致するとは限らないが、韓国政府は大量の戦略物資が不正輸出されている現状と向き合うべきだ。

※注1)兵器転用される物資リストに並べて規制対象にするだけでは対応しきれないため、リストには記載されていないが兵器転用可能なあらゆる物資を包括的に規制する仕組み

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】
【関連記事:「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む】

「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む
「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む
渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。