被告の将来についての訓戒

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オオシバくん:
最近、裁判官の説諭が話題になっているね。

平松デスク:
話題のきっかけとなったのが千葉県柏市で、妻を殺害し遺体を実家に埋めた男の裁判。
この男の母親・弥谷恵美(やたに・えみ)被告も、犯行を手伝うなどした罪に問われているだけど、裁判官は、弥谷被告に対して、こう説諭したんだ。
「犯行を止める機会と能力のあった唯一の人物だったのに、その能力を、息子の背中を押すことに使ったのは残念。今なお、自分を正当化している。大変残念。自分にウソをついている。親として、どういうふるまうか、自分に問いかけてほしい。母親として、命の大切さを伝えられる人間になって欲しい」と。

映画のセリフみたいな説諭だね。

実は、この説諭って刑事手続きに関する規則で決まっているんだ。
刑事訴訟規則221条に『裁判長は判決を宣告した後、被告人に対しその将来について適当な訓戒をすることができる』と書いてある。
我々は『説諭』と呼んでいるけど、法理用語では『訓戒』のことなんだ。
適当な訓戒をしなければならない、とは書いてないので、裁判長にはよっては説諭をしない人もいるよ。

一方で、過去の名物裁判官の中には伝説の『説諭』を残してきた人たちもいるよ。
最も有名なのは、山室恵裁判長。
傷害致死事件を起こした少年たちに対して、歌手のさだまさしさんの『償い』という歌を引用して「君たちは、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」などと語り掛けたんだ。
山室裁判長は、他にも名説諭がいくつか語り継がれている。

まるで時代劇のセリフのような説諭も

オオシバくん:
平松デスクがこれまで取材した中で一番印象に残っている説諭は?

平松デスク:
僕が傍聴した中で一番衝撃を受けたのは、川口政明裁判長。
政治資金規正法違反の罪に問われた、村岡兼造・元官房長官に対して無罪判決を言い渡した上で、次のように語り掛けたんだ。
「今、桜が咲いています。今後はどうなるか分かりませんが、せめて今夜ぐらいは、平穏な気持ちで桜を楽しんでみてはいかがでしょうか」とね。
まるで、時代劇の大岡越前みたいでしょ?

オオシバくん:
すっごく長い説諭もあるの?

平松デスク:
最近は数分間に及ぶ説諭というのも話題になっているんだ。
千葉県・野田市の栗原心愛(みあ)ちゃん虐待死事件では、母親のなぎさ被告に対して執行猶予付きの有罪判決が言い渡されたんだけど、裁判官は、こう説諭しているよ。
「心愛さんが理由もなく、いたぶり続けられていたのを、あなたは目の前で見ていた。それが終わることがないことも分かっていた。心愛さんが頼るべきはあなたしかいなかった。あなたが、『心』と『愛』という字で『みあ』と名付け、沖縄で育っていたころの心愛ちゃんのことを考えると不憫でならない。密室の家に中で起こったことを話せるのは、あなたしかいない。話して、明らかにすることも求められていると思います」と。

これも、かなり劇場型の説諭と言える。

「一番伝えたいことは説諭の中に込められている」

オオシバくん:
説諭なんていらない、という意見はある?

平松デスク:

賛否があるのも事実。
裁判官は判決文の中身で勝負すべき」とか「余計なことを喋りすぎる」とかね。

ただある裁判官は、こうも言っていた。
「裁判官が一番伝えたいことは、意外と、説諭の中に込められているんだよね」と。
僕、個人的には、賛否は別として、
判決の日に、説諭が聞けないと何となく寂しい感じがするよ。

【解説:フジテレビ 社会部デスク 平松秀敏】

平松秀敏
平松秀敏

『拙速は巧遅に勝る』。テレビ報道は、こう在るべき。
『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』。これが記者としての信条。
1970年熊本県出身。県立済々黌高校、明治大学卒。
95年フジテレビ入社。報道カメラマン、司法・警視庁キャップ、社会部デスクを経て、現在、解説委員。
サザンオールスターズと福岡ソフトバンクホークスをこよなく愛する。娘2人の父