高島忠夫さん(88)死去 うつ病、パーキンソン病などとの戦いを支え続けた妻・寿美花代さんの献身看護

カテゴリ:国内

  • 高島忠夫さんが6月26日、老衰のため88歳で死去
  • うつ病、パーキンソン病、心臓疾患…多くの病との長きに渡った闘病の日々
  • 「住んでいる家が一番」と在宅看護で支え続けた妻・寿美花代さんの献身

高島忠夫さん死去…数々の病と妻の献身看護

映画や舞台を始め、テレビ番組の司会など幅広く活躍した俳優の高島忠夫さんが、26日、老衰のため自宅で亡くなっていたことがわかった。88歳だった。

妻で女優の寿美花代さんとは芸能界きってのおしどり夫婦として知られ、2人の息子も俳優として活躍。最も有名な芸能一家として関心を集めてきた。

高島忠夫さんは1960年代、30代のころに糖尿病を患い、1998年には重度のうつ病を発症。途中、芸能界に復帰するも、妻・寿美花代さんの介護を受けながら、病と戦い続けてきた。

<高島忠夫さんの病歴>
・1960年代…糖尿病を患う
・1998年…うつ病を発症。25年務めた「ゴールデン洋画劇場」の解説を降板し治療に専念
・2000年…パーキンソン病を発症。2007年に復帰するも、芸能活動を続けることはできず表舞台から姿を消す
・2010年…不整脈を発症。心臓にペースメーカーを取り付ける手術を受ける


寿美花代さんの看護は献身的で、2013年には「高島ファミリー」としてドキュメンタリー番組に取り上げられ、話題となった。

・寿美花代さんは元宝塚の男役で、トップスター。結婚を機にその地位を捨て、家庭に入った。
・糖尿病後は毎日インスリン注射、毎日カロリー計算。昼は忠夫さんの好きなものを食べ、朝晩は総カロリーを計算し調整していたそう。
・持病が多くなると、1日25錠の薬を飲ませることも。リハビリにも毎日付き添っていた。
・寿美花代さんは「住んでいる家が一番。出来る限り病院には、私は入れたくない」と話し、自宅で看護していた。


さらに毎晩、忠夫さんの足をマッサージしていたという寿美花代さん。
「最期は家族で見送りたい」という寿美花代さんの希望により、今月27日に家族のみで密葬したという。

家族が見守った長年の闘い

息子で俳優の髙嶋政宏さんと政伸さんからは、ファックスでコメントが届いた。

<コメント 一部抜粋>

髙嶋政宏さん
「病院からの、あと5分後にご家族集まってください!のエマージェンシーコールが頻繁にあるようになったのが2年前。その度に全身が総毛立つような感じにはなりましたが、ここ数ヶ月、寝たきりの状態が多くなり、呼吸も弱まり、母曰く最後は眠るように旅立っていった、のがせめてもの救いです。」

高嶋政伸さん
「父は、最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、大好きだったフリオの歌声に包まれて、本当に穏やかに旅立ちました。」

安藤優子:
ここ2年間くらいは、エマージェンシーコールが鳴るくらい、重篤な様子でいらっしゃったんですね。

加治佐健一氏(フジテレビ芸能デスク):
4年くらい前に奥様の寿美花代さんとお会いした時はまだ元気で、一緒に連れ添って歩いたりされてました。2年くらい前から具合が悪くなって急変という形だったのだと思います。

倉田大誠アナウンサー:
最終的にも施設などには入らず、ずっとご自宅にいらっしゃったということでしょうか。

加治佐健一氏:
そうだと思います。奥様がずっと付き添って、昼も夜もずっとそばにいて、面倒見ていたんだと思います。

安藤優子:
最後の最後まで、おしどり夫婦のまま貫き通されたということなんですね。毎晩の足のマッサージなど、なかなか出来ることではないですよね。ドキュメンタリー番組の中では、ちょっとしたことで寿美花代さんの方がうわーっと泣いてしまったという話がありましたが、寿美花代さんにも相当ストレスがかかっていて、ギリギリのところで看護されていたことが分かります。

加治佐健一氏:
1年、2年だったらいいですけど、これだけ長い間にたくさんの病気を患って、それにずっと付き合っている奥様は精神的につらかったと思います。2年くらい前からは、息子さんお2人も仕事が空いたら出来るだけご自宅に交代で行ったり、家族ぐるみでサポートされていたそうですよ。

安藤優子:
ずーっと長い間病と闘ってきて、中途半端な気持ちではあそこまで献身的な看護はできないですよね。本当に精神的につらい中、寿美花代さんは涙をぬぐって笑顔を作って看病されていましたから、高島忠夫さんはある意味とても幸せな人生でいらっしゃったなという風にも思います。


高島忠夫さんの安らかなご永眠をお祈りいたします。

(「直撃LIVE グッディ!」6月28日放送分より)

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