人間は年を取るにつれて、新しいことに踏み出せなくなる。「あれをやってみたい…」「これに挑戦してみたい…」と考えていても、なかなか実行に移せないのが実際のところではないだろうか。
実は今、70代の夫婦の手による、精巧な木工作品が大きな話題を集めている。
それが、こちら!
さっきね、木工している実父が「作ったから見て欲しい!」と持って来たのを、ぜひ皆さんにも見てほしくて。
とのコメントとともにアップされたのは精巧に作られた手のひらサイズのかんな。
投稿者は、あみぐるみ(毛糸を立体に編んだ造形物)を手がける編み造形師の光恵(リュミエナ:@lumienamigurumi)さんで、お父さんが作り上げたというミニチュアの大工道具の数々をこれまでにも取り上げていて、かんな・のこぎりといった定番のアイテムから、材木に線を引く「墨つぼ」など本格的なものに至るまで、細かい再現にその優れた腕前を感じ取れる。
光恵さんは「父は立体造形を、母は編み物の技術を、幼い頃から暮らしの中で自然と私に授けてくれた。両親が私の師匠です」と尊敬の思いを語っていて、その2人の作品をぜひ見てほしいという思いから紹介に及んだようだ。
ネット上では「 芸が細かいし、そして何よりかわいい!」などと称賛が寄せられたほか、大工を親族に持つ人たちからも「ミニチュアですが懐かしい道具たちを見て涙が出そうになりました」「いま、昔の朧げな記憶が蘇り、泣きそうです」と、その出来映えに感動する声が多数上がった。
光恵さんのお父さんは幼い頃大工に憧れたものの、父親のすすめでエンジニアの道へ。早期退職後、現在は岡山県で農作業に従事しながら、50代になってから念願の創作にいそしんでいるそうだ。
作品づくりは夫婦の共同作業だといい、お父さんが木製部分の制作、お母さんが塗装や紙貼りを担当しているとのこと。
驚くべきことはそれだけではない。現在、夫婦はオンラインショップ「手づくり工房 うらぼたん」の開設を目指しているというのだ。2人は70代を迎えていて、インターネットとは縁遠いように感じてしまうが、この挑戦にあたっていろいろ難しいこともあるのではないだろうか?
この夫婦を突き動かす原動力とは一体何なのか。さっそく、光恵さんを通じてお父さんに話を聞いた。
やりたいことができる充足感は代えがたい
――作品を手がけ始めた時期と、そのきっかけについて教えて?
55歳ごろ体調を崩したこともあり、思い切って早期退職。それを機に以前から興味のあった「ものづくり」をはじめることになりました。
――作品制作を始める前、同様の経験はあった?
物不足の時代を過ごしたこともあり、「壊れたものは直して使う、作れそうなものは挑戦してみる」ということを自然とするようになっていたと思います。子供の学習机やヨットを手作りしたこともありました。
――作品を見ると、手先の器用さが求められそうだが、難しさを感じることは?
目前の山が高ければ高いほど、「それを乗り越えてみよう」という気持ちがわいてくるように感じますが、時にはその高さの前にうなだれることもあります。でもそういう時、「この経験を次回に活かしたい」という思いが常にあります。
――作品を作り始めた前後で、日々の行動や思い考えに影響はあった?
やりたいことができることの充足感は何物にも代えがたいです。
――現在の創作環境を教えて?
時間が取れる時は構想を練っています。田舎の納屋を作業場に改装して使用、各種電動工具を置き、制作しています。完成までの時間は品物によりまちまちですので一概には言えませんが、1週間から数カ月かかることもあります。
――今回の作品に込めた思いは?
ひとつひとつ手づくりしながら、昔の大工さんはすべて手作業で住まいを建てており、その「技」や「業」というのは「すべてが次につながる」という大きな喜びにあふれていることではないかと思いました。
子供の頃に憧れた大工さんにはなれませんでしたが、「いろいろな物を作りながらそれを手にして下さった方々が心豊かになってくだされば」という思いを込めて制作を頑張りたいと思っています。
――これまでで一番の自信作とその理由を聞かせて?
自信作かどうかはわかりませんが、6~7年前に作った水車小屋が一番印象に残っています。頭に思い描いた屋根を形にする難しさに頭をひねりながら、ダンボールで何度となく試作品を作り、やっと完成した時の達成感を今でも覚えています。
イベントの出店が負担に…他の方法で発信できないか
人生100年時代と言われる中、50代から新しいことを始めるのはよくあることになってきたかもしれないが、70代になって、今度はオンラインショップを開設しようという行動力には恐れ入る。そのあたりについても聞いてみた。
――70代でのオンラインショップ開設は「ハードルが高い」と感じるが?
リタイヤして20年が経ちました。以前は地域のイベントなどに出店していましたが段々と負担に感じるようになり、他の方法で発信できないかと思っていました。
ちょうど娘が私の不得意分野を手助けしてくれますので、大船に乗った気持ちで力を借りたいと思っています。
――ショップで今一番難しさを感じることは?
これまではお客様と直にお話しする機会が持てていましたが、これからはどこまでのことをお伝えできるかという不安があります。でもお一人お一人の方とこれまで同様、心を込めた対応をさせていただきたいと思っています。
リタイアしてやっと夫婦で向き合う時間が生まれた
今回の反響を聞かされるや、うれしそうな声で「頑張らなきゃいけんなぁ」と答えたお父さん。ネット上の温かい声は何か影響を与えたのだろうか、その点も聞いた。
――今回、作品に対する大きな反響を受けてどのように感じた?
このたびは思いがけず大勢の方の目に留めていただき、またメッセージをいただいたりしてとてもうれしく思っています。
その中のある方が大工道具を目にして、おじいさまのことを思い出されたそうです。お優しかったおじいさまが加齢とともに性格が以前と違うようになってしまわれたそうですが、「あの道具を見て昔のお優しかった頃のおじいさまを思い出すきっかけになった」とコメント下さいました。とても心が温かくなるお話で私達もうれしく思いました。
また、手作りを始めた頃のきらきらした思いを忘れかけていたことに気づきました。気持ちを新たに頑張っていきたいと思っております。
ーー制作意欲を支えているものは何?
在職中は出張が多く、夫婦がそれぞれの方を向き、ただ子供たちを一人前にして世に送り出さねばと頑張ってきました。
リタイアしてやっとお互い向き合う時間が生まれ、そして同じ方向を見ることができるようになりました。この貴重な時間を大切にしながら作品を通して多くの方と出会える幸せを感じたいと思っています。
――作品作りで今後挑戦してみたいことは?
作品作りについては昔に使われていた用具などを作れないかなあと思っています。
――ご自身と同じ世代に伝えたいことはある?
これからも「やると言ったら必ずやる」「なんとかなる」をモットーに体力気力を維持しながら頑張りたいです。
「気持ちを新たに頑張っていきたい」と70代を迎えても、意欲はまったく衰えることを知らず、生き生きとした様子で今後の制作への展望も明かしてくれた光恵さんのお父さん。きっと、これからも見る者の心を動かす木工作品を作り続けるに違いない。