日本中を熱狂の渦に巻き込んだ2011年ドイツ大会から8年、女子サッカー4年に一度のビッグイベント、FIFA 女子ワールドカップ フランス大会が6月7日(日本時間8日)に開幕した。

2011年大会の優勝、そして前回大会2015年の準優勝と2大会連続で決勝進出を果たしたなでしこジャパンは、17人が初のW杯出場という実にフレッシュな面々がそろった。

そんななでしこジャパン全23人の選手を特集する。
第15回は日テレ・ベレーザ所属のMF・阪口夢穂選手だ。

FIFA 女子ワールドカップ フランス 2019特集

帰ってきた背番号「10」

フランスで開催中の女子W杯に出場しているなでしこジャパンは、今日、初戦のアルゼンチン戦を迎える。

25歳以下の選手が23名中15名を占めるこのチームは、W杯経験者が6名と少ない。そのなかで最も経験豊富な選手が、MF阪口夢穂だ。代表試合出場数は「124」。31歳で迎える今大会は4度目のW杯となる。

5月22日にスタートした国内合宿から、フランスに入っても別メニューで調整を続けてきた阪口が、初戦でピッチに立つ可能性は低い。だが、彼女の存在がベンチで若い選手たちに与える安心感はとても大きいだろう。

4度目のW杯に臨む
4度目のW杯に臨む
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なでしこリーグ4連覇中の日テレ・ベレーザの中心選手でもある阪口は、昨年4月のW杯アジア予選で優勝した直後のリーグ戦で、右膝前十字靭帯と内側半月板を損傷する大ケガを負い、長期離脱を余儀なくされた。リハビリを続けて年末の皇后杯で途中出場で実戦に復帰し、今年1月の国内合宿で代表にも復帰したが、その後は再び選外に。チームでも練習は別メニューで、3月に開幕したリーグ戦は1試合も出場しないまま、W杯のメンバーに選ばれた。

高倉麻子監督はエースナンバーの背番号「10」を欠番にして、阪口が復帰する可能性を探ってきた。クラブ側としても、膝の状態を見ながら慎重に復帰の時期を探っていたが、メディカルスタッフからは「W杯本番には間に合う」とGOサインが出ていたという。それを受けて阪口をメンバーに選出した高倉監督は、メンバー発表後に、次のように語っている。

「これまで彼女が見せてきたパフォーマンスの質の高さと経験に、非常に大きな期待と信頼を寄せています。チームに与えるプラスの影響や安心感を考えても、彼女は必要な選手だと判断しました」(高倉監督)

選出後、阪口は次のようにコメントしている。

「選ばれた以上、自分が持っているものを全力で出したいと思います。チームでの復帰よりもW杯に出るために調整させていただいていることに感謝していますし、それに報いるためにも結果を残したいと思います」(阪口)

その言葉には、様々な葛藤の末に覚悟を決めた響きがあった。

圧倒的なセンスを育んだ原点

阪口は、圧倒的なセンスでゲームをコントロールする。独特の「間」の作り方と緩急のつけ方に特徴があり、攻撃が単調になれば意図的にスピードダウンし、相手が見せるわずかな隙を逃さない。ピッチを真上から俯瞰するような視野と卓越した技術で日本に流れを引き寄せ、ここぞという場面では前線に上がってゴールを決める。 昨年4月のW杯アジア予選で、フランスへのチケットを得るためのゴールを決めたのも阪口だった。

そのプレーに自然と惹きつけられるのは、彼女が大切にしてきたことと無関係ではないだろう。

「遊び心を忘れないようにしています。必死でプレーするのも大事ですけれど、周りを楽しませなければ、自分も楽しくないですから」(阪口)

ベレーザの後輩で、今回のW杯にも選ばれているMF三浦成美は、阪口がピッチで生み出す“違い”をこんな風に表現した。

「夢穂さんの周りは、時が止まっている感じがするんです。時間の作り方が上手で、一緒にプレーしていてすごくやりやすいです」

独特の間合いとボールタッチで観客を魅了する
独特の間合いとボールタッチで観客を魅了する

大阪府堺市で生まれた阪口は、7歳から下野池少年サッカースクールでサッカーを始め、サウスフリーウィンドFC、ラガッツァFC高槻スペランツァでプレー。15歳の時にスペランツァFC大阪高槻でリーグにデビューし、その後はFC VITORIA、TASAKIペルーレFCを経て、09年にはアメリカのFCインディアナに移籍。しかし、左膝前十字靭帯断裂のケガを負い、10年にはアルビレックス新潟レディースに移籍する形で国内リーグに復帰を果たしている。

その間、18歳で日本代表に選ばれ、11年の女子W杯では、MVPに輝いた澤穂希さんの相方として世界一に貢献。そして、12年ロンドン五輪準優勝、15年女子W杯準優勝と、なでしこジャパンの主力として一時代を築いた。

ベレーザに移籍したのは12年。チームの中心選手として15年からリーグ3連覇を達成し、これまで誰も成し得なかった3年連続リーグMVPに輝いている。

圧倒的な実績を残してきたが、阪口は今でも自分のプレースタイルを「黒子」と表現することがある。「周りの選手がプレーしやすいようにしたい」と話し、周囲の選手の動きを見ながら自分のプレーを自在に変化させる。それも、阪口のセンスがなせる技だろう。

ポジショニングやボールタッチは感覚的でありながら、計算され尽くしたような凄さがある。

代表で若い選手たちとのコミュニケーションで心がけていることを聞かれると、「絶対に上から言わない。押し付けない。まずは話を聞くことを意識しています」と、即答した。

プレーでもコミュニケーションでも周囲の良さを引き出せる柔軟性は、どんなチームをも輝かせることができる。

異なる立場で臨む4度目のW杯

大会中に復帰し、チームを導くプレーに期待
大会中に復帰し、チームを導くプレーに期待

阪口にとって今大会は、若手や中堅の立場だった過去3大会とは違い、チームを牽引する立場だ。

「これまでの大会では歳上の選手が多かったので、迷惑かけたらあかん、と必死でした。だから、チームのことを考えるというよりも、自分自身ののベストを尽くすことを考えて、チームのことは歳上の選手に任せていました。若い選手は自分のプレーを100パーセント出すことが、『チームのため』になると思いますから、全力でプレーしてもらいたいですね」

かつての自分になぞらえて、そう話した。

初戦で幸先良く勝利して勢いに乗ることができれば、勝ち上がる可能性が高まり、復帰の可能性も広がる。

W杯期間中、阪口がどのタイミングでピッチに立つのかは予想できない。だが、ピッチに立てなくても、若い選手が多いチームを支えてくれることを期待している。

阪口は、毎日明るい表情でグラウンドに現れ、別メニューではあるがとても楽しそうにプレーしている。彼女が操るボールはやはり、意思を持った生き物のように見える。

そのプレーをピッチで再び見られる日を心待ちにしつつ、いよいよ幕を開ける日本の戦いを見守っていきたいと思う。


(文・写真:松原渓)

『FIFA 女子ワールドカップ フランス 2019』
日本戦をフジテレビ系にて全試合生中継
<放送日時>
グループステージ
6月10日(月)深夜0時25分 日本×アルゼンチン
6月14日(金)21時49分 日本×スコットランド
6月19日(水)深夜3時50分 日本×イングランド
(※すべて延長の場合あり)

FIFA 女子ワールドカップ フランス 2019特集
松原 渓
松原 渓

東京都出身。女子サッカーの最前線で取材を続ける、スポーツジャーナリスト。
なでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンをはじめ、女子のU-20、U-17 が出場するワールドカップ、海外遠征などにも精力的に足を運び、様々な媒体に寄稿している。

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