心も体もボロボロに…小林麻耶が明かす芸能界“引退”に至った本当の理由

  • 妹と過ごす貴重な時間が…「絶対に許せません」と語る理由
  • 「死にたくて仕方ありませんでした」心無い記事に心はボロボロに
  • 2018年7月結婚後も続いた体調不良…麻耶さんを救った夫の決断

2018年7月に整体師・國光吟さんと結婚し、同年8月に芸能界を引退したと報じられた小林麻耶さん。
 
5月30日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)では、夫の國光さんも同席し、世間を騒がせた“交際0日婚”や、芸能界引退に至った真相を共演経験のある番組MCの坂上忍に明かした。

夫との縁は麻央さんからのプレゼント

今回、麻耶さん夫妻と母親との水入らずの食事会に番組のカメラが密着。テレビ初登場となる麻耶さんの母親が 、麻耶さん夫妻について話した。
 
出会って1年となる麻耶さん夫妻。

「麻耶の相手は大変だと思う。私は大変だったから。一生独身だろうなって。あなた(麻耶)と一緒になれる方はいないだろうと思っていたから。でも、吟くんなら大丈夫でしょう」こう打ち明けた麻耶さんの母。
麻耶さんが笑顔で「それ、みんなに言われるの何でだろう」と問いかけたのに対し、麻耶さんの母は「(國光さんは)常識を常識として捉えていないから。『常識って何ですか?』という感覚の人だからいいんだと思う」と分析していた。

「麻耶さんはどんな子だったか」という番組スタッフからの質問に、母親は「本当に真面目で頑張り屋で、一生懸命で、それに尽きる。小さな時からそれが麻耶。で、どっちかというと、肩の力を抜いてそれをじっと見てきたのが麻央かもしれない」と明かした。
 
また、最愛の妹である麻央さんが亡くなったことに触れ、麻耶さんは「本当に大変だった…」と振り返りつつ、「このご縁は麻央ちゃんが天国からプレゼントを届けてくれたんだな」と、國光さんとの出会いに感謝した。

麻耶さんが怒りを露わにする記事 

麻耶さんと坂上は2014年から2016年までフジテレビの番組「バイキング」で共演。ところが麻耶さんは2016年5月、生放送中に倒れてしまい11ヵ月にわたって休養。
 
一時復帰した際、 初めてテレビ出演したのも、坂上がMCを務める「バイキング」だった。
 
そんな親交の深い坂上に麻耶さんが引退に至った真相について語った。
 
まず坂上は、2018年7月の結婚をきっかけに麻耶さんの体調が悪化してしまったことに触れる。すると、麻耶さんは「結婚して幸せの絶頂を感じられると思っていたんですが、それどころではなくなりました」と当時を振り返った。
 
「妹が闘病している時から記者に追いかけられ続けて…、闘病をずっと隠して家族だけで頑張ってきたんですが…。スポーツ紙に抜かれて会見を開いて公表することになったその日から家に来たり、家の電話が鳴ったり。こういう時でもお仕事をしなくてはいけないのかなと疑問はありつつも、連日耐えていたんです」と打ち明けた。
 
妹・麻央さんのがん公表から始まった取材攻勢は毎日のように続き、それは麻央さんの病院にまで及んだという。
 
「病院に妹が通う際もずっと追いかけてきたり、病院に来ている患者さんにインタビューしたり、病院の前にいたりするんです。『体調が良いから一緒にご飯を食べよう』って行った場所でも後ろや横に記者がいたり、カメラが向いていたり、本当に心を許してご飯をゆったりと食べることすらできなかったんです」
 
麻耶さんや麻央さんにとって貴重な時間が穏やかに過ごせなかったといい、さらに麻耶さんは、様々な記事を書かれる中で、今でも許せないものが1つあると憤りを見せた。

それは麻央さんが亡くなる4ヵ月前に出た記事だという。
 
「妹が体調の良い時を狙ってお買い物に行ったんですが、“ブランド店2時間ショッピング”という記事を出されて。でもそれは、私たちがすごく好きな洋服店に行っただけなんです。そのお店はカフェが併設されていて、2時間ずっとショッピングをしていたのではなく、カフェで妹とゆっくり話をしていたんです。でも、その取材はされてない…。2時間ウィンドーショッピングって『すごく元気じゃないか』と誘導するような記事を書かれてしまって、妹は“死ぬ死ぬ詐欺”と言われました。いろんな方から。ネットでも」
 
こうした記事を目にした麻央さんが「買い物にも行けないんだね」と話したときの悲しそうな表情を、今も忘れることができないという。
 
麻耶さんは「笑うことは病気にいい、とも言うので、笑う時間をたくさん増やしたかったんですが、その時間も無くなりました。ああいった記事がなければ、妹ともっともっと楽しい時間を増やせたと思うし、もっと治療に専念できたと思うんです」と話した。

自らの思いを口にする麻耶さんを見て、坂上は「麻耶ちゃんがそんな目をするのはよっぽどのこと。許せない?」と問うと、麻耶さんは「絶対に許せません。大人だから許すべきなのかもしれないですが…」と複雑な心境を明かした。

「死にたくて仕方ありませんでした」 

2017年6月、麻央さんは34歳という若さでこの世を去ってしまう。最愛の妹を亡くし、悲しみに暮れる中、またしても麻耶さんを傷つける出来事が起きる。 
 
麻央さんの葬儀の日にも、麻耶さんは写真を撮られてしまったという。
 
「葬儀の日のことも書かれました。“葬儀の時にピンクバッグ 笑顔で知人に手を振ってはしゃいでる”って。でも、そのピンクバッグは、姪や甥が使わなければいけないものが入っているバッグです。 “はしゃいで”とありますけど、ずっと心配してくれていた妹の友達がちょうど来て、そのときに私まで悲しんで苦しい顔をしていたら申し訳ないので、『来てくれてありがとう、こっちだよ』と言っていただけなんです」
 
しかし、事情があるにもかかわらず、葬儀場でピンクのバッグを持っていた姿を撮られてしまったことで、「妹の旦那さんをピンクバッグで狙っている」「悲しんでいない、うれしがって後釜を狙っている、再婚説…まで結びついていきました」と明かした。
 
麻央さんが闘病しているというスクープから始まった取材攻勢と心ない記事。それは麻央さんが亡くなって収まるかと思いきや、止まることはなかったという。
 
姪と甥の子守で遊んでいる公園にもカメラが。朝、幼稚園へ送る時にもカメラが。
 
ずっと追いかけられることに対して恐怖を感じ、姪と甥を守らなければならない気持ちになると、今度は「母親気取り」と捉えられてしまったという。

「例えば、姪や甥が歌舞伎に出ますよね。見に行くと、お客さんから『よく来られますね』って。『どういう気持ちで来るんですか?』『あなたのことを必要としていませんよ』と言われるんです。私も、(記事を)信じる人はいないと思いますけど、でも声を掛けられるんです。今だったらまだいいですよ、でも妹の亡くなった直後です。私は何だろうって、本当に心がどんどんボロボロになって。
こういうことを言ってはいけないと思うんですけど、死にたくて仕方ありませんでした。こんなことで死にたいと思うなんて、自分は弱いのではないかと責めたことも何度もありましたが、娘に先立たれた両親のこと、姪や甥のことを考えたら死ぬことはできませんでした。だから、毎日必死に、一生懸命生きる努力をしました。何度ブログで言っても止まることはなく、でも生きなくちゃ、と思って頑張りました」

麻耶さんを救った夫の決断 

追われる日々、事実無根の記事の数々。日に日に心はむしばまれ、体にまで不調をきたすようになった。そんな麻耶さんを救ったのが夫・國光さんだった。
 
2018年5月末に、國光さんと出会ったという麻耶さん。当時、心労から不眠に悩まされていたが、整体師である國光さんの施術を受けた時だけ、よく眠れたという。
 
そして何度も通ううちに2人は惹かれ合い、結ばれた。
 
この結婚で幸せな日々を送れるようになるかと思いきや、張り詰めていたものが切れたせいか、麻耶さんの体調は逆に崩れてしまったという。
 
日常生活を送ることすらままならないほどの麻耶さんに、國光さんは仕事を全てキャンセルし、2ヵ月半もの間付きっきりで寄り添った。それでも、体調はなかなか良くならなかった。 

その理由は、麻耶さんを悩ませ続けていた取材攻勢が終わらなかったからだという 。
 
麻耶さんは「一般男性で4歳年下の、私が結婚した相手は誰?と連日、週刊誌が来ていたんです」と話し、一般人である夫といる時でさえ、記者がやってきたという。

こうした日々の中、國光さんは「宇宙ヨガインストラクター」と報じられることになる。この記事について、國光さん自ら口を開いた。
「よく分からないネーミングを付けられて。実は、椎間板ヘルニアになってリハビリがてら、ヨガのインストラクターの資格を取ったんです。『珍しくてキャッチーだからどう?』と言われたネーミングが“宇宙ヨガ”でした。厳しいな、と思ったんですけど、駆け出しだったので…」と話した。
つまり、ヨガの講師として教室に誘われた際に主催者が作ったキャッチコピーが、ヨガをしなくなった今でも面白おかしく書き立てられ一人歩きしているのだという。

すると麻耶さんは「そういう記事が出ることを、主人は『大丈夫』と明るく言ってくれるんですが、私としては本当につらくて、ますます体調が悪くなって。引退に至った真相は、そういうことでずっと心と体がボロボロの状態で、これ以上仕事はやりたいけどやれない状況で、どうしたらいいのか考えた結果、事務所を辞めるという決断しか私にはなかったからなんです。その後、引退という報道が出たので、体調も悪かったですし、仕事もできる状態ではなかったので、引退も仕方がないかなと思いました」と明かした。
 
体調が悪化する中、心休まる日常を求めて、大好きな仕事をやめざるを得なかったという麻耶さん。さらに夫・國光さんといる時にも妹・麻央さん夫のことや姪・甥のことを取材され、麻耶さんは体調が悪くても走って逃げるようなこともあったという。

止まることのない取材攻勢に麻耶さんは「結婚後もずっと休まる日はなくて、追われるのが怖くて。そんなときに主人が、テレビに出ている人だけがSNSをやっている時代じゃないから、自分が顔を出して前に出ることで私の気持ちを軽減したいと言ってくれたんです」と話した。
 
夫の決断に麻耶さんは悩みながらも、2018年11月、2人は麻耶さんの回復を見計らって向かったハワイ旅行で、國光さんと2人の写真を公開した。

夫の顔を世に出すことが「怖かった」と振り返る麻耶さんだが、幸せそうな2人の姿に世間からは「安心しました、幸せそうで何よりです」などと、祝福する声が殺到したという。
 
「本当に主人に守ってもらいました」と坂上に笑顔を見せる麻耶さん。
 
そして、これを機に麻耶さんや國光さんを追いかけていた取材もなくなったという。

坂上から「今、幸せを満喫している?」と聞かれると、麻耶さんは「そうなんです。日常が何年かぶりに戻ってきて。どんどん元気になってきて、体調も良くなってきて、ようやく幸せを感じられるようになりました」と笑った。

そんな麻耶さんは今後について「今年の3月の終わりに、私と妹が生まれた病院が取り壊されるということで、病院の卒業式をすることになり、講演をしてほしいと言われたんです。その時に、お客さんが本当に温かく迎えてくれて…。私はずっと伝える仕事をしてきたので、伝えていきたい、表現していきたいという気持ちがあふれ出ました」と明かした。
 
それを聞いた坂上は「引退というカードを切らないと旦那を守れず、家族を守れず、自分の心を守れずという状況で、引退のカードを切ったのだとしたら、それは引退であって、引退ではないというか。だから、引退じゃないんだよ」とこれからの麻耶さんの活躍にエールを送った。

(「直撃!シンソウ坂上」毎週木曜 夜9:00~9:54)

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