“もうちょっとやりたかった…” 「雑草魂」上原浩治投手 涙の引退会見

  • 現役最年長 上原浩治投手が 引退を決断
  • 巨人ドラフト1位、メジャーリーグと華々しい野球人生の裏に秘められた雑草魂
  • 大学受験失敗、道路工事アルバイト…を経て勝ち取った栄光…背番号19に込めた思い

背番号19にこだわった理由

20日午後4時すぎ 都内で会見を行い引退を表明した。

上原浩治投手:
本日をもちまして21年間の現役生活を終えたいなと思います。
これまで自分に関わってくれた人々…みんなに感謝したいと思います…ありがとうございました…(涙)

会見の冒頭から涙で言葉を詰まらせた上原浩治投手。明かしたのは44歳の決断だった。

記者:
胸の内を聞かせてください…

上原浩治投手:
もうちょっとやりたかなって、そういう思いです…

記者:
心の中の変化は?

上原浩治投手:
自分が決めた以上、ユニフォームを着ることはないわけですから、気持ちを切り替えていかないといけないと今は思っています…


上原投手は球界きっての苦労人。

高校時代は無名の選手で大学受験にも失敗…。道路工事のアルバイトをしながら1年間の浪人生活を送った経験を持つ。

桑田真澄投手、松坂大輔投手など甲子園を沸かせた歴代の高卒ルーキーの投手がエースナンバーの“18”を背負う中、上原投手が“19”にこだわった。

その理由は、浪人時代19歳の苦労を忘れないためだったという。

大学卒業後は巨人に入団しすぐにエースとして活躍。20勝を挙げ新人王も獲得した。不屈の精神で活躍する姿は「雑草魂」の3文字とともに話題になった。

雑草魂の原点は“負けず嫌い”

上原投手は、大の「負けず嫌い」。それを物語るエピソードも…。
1999年に行われた対ヤクルト戦。
ベンチから敬遠の指示を受けると悔しさからマウンドを蹴り上げ、涙を流しながら全力で敬遠をしたことがある。

今日の会見でも…。

記者:
原動力になっていたものは?

上原浩治投手:
それは負けたくないという“反骨心”ですね。それだけです…

ワールドシリーズ優勝

その後、上原投手は「雑草魂」を胸にメジャーリーグの舞台へ。

2013年にはボストン・レッドソックスのクローザーとしてワールドシリーズを制覇。その瞬間、マウンドでうれし涙を流した。息子の一真君と受けたヒーローインタビュー。今は日本とアメリカ離れて暮らす家族について上原投手は…。

上原浩治投手:
本当に迷惑を掛けたなと思います…9年も単身になってしまいましたから子育ても一切していないですし…

浪人生活から世界一にまで上り詰めた上原投手。

不屈の雑草魂は多くの野球ファンの胸に深く刻まれている。

(Live News it! 5月20日放送より)

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