デジタルの本質とは何か? 人間の断片化と見えなくなるAI

未来の潮流を議論する「武邑塾」イベントレポート (前編)

カテゴリ:テクノロジー

  • デジタルの本質は「離散性」、人間も「断片化」
  • AIには「個別AI」と「汎用AI」の2種類がある
  • 汎用AIへの礼拝と信仰は常に内省すべき

東京・デジタルガレージ本社にて開催された、メディア美学者・武邑光裕氏を中心に未来の潮流を議論するトークイベント「武邑(たけむら)塾」。水口哲也氏や高橋幸治氏らが発起人となり「知のリレー」をコンセプトに2013年から回を重ね、15回目となる今回が最終回となった。

本記事では「我々はなぜAIを愛するのか? ゴーレムからMR(Marginal Reality)へ」と題された武邑氏による最終講義とトークセッションの一部をレポートしたい。

デジタルの本質は離散性

武邑塾(2017/01/14)

武邑:デジタルとはもともと、バラバラにする技術。一定の塊から、断片化してしまう。コンテンツから、コンテントへ。CDから、シングル・トラックへ。映画やテレビ番組もシリーズから一つの物語に分解。動画の消費環境は2、3分。ウェブログの記事も140文字のツイートに変換された。

人間も、例外ではない。

たとえば目の前に人型ロボットがいたら、どんなに良く出来たものでもロボットと認識できるでしょう。ところが「音声ボット」や「ツイッターボット」のようなものは、もはや人間と区別がつかないということです。

ここで「サマンサ・ウエスト」と称するコールセンターの女性が、実はソフトウェアだったという事例が紹介された。

その音声を聴くと、サマンサの受け答えはとてもロボットとは思えないほど自然なものである。電話口でTIMEの編集者がサマンサに向かって、もしあなたがロボットでないのであれば「I am not robot」と言ってみてくださいと何度も繰り返すのだが、サマンサは笑って「何言ってるの、私はリアルな人間ですよ」と応えるだけであった。実はこれは保険会社が開発したソフトウェアだと言われており、サマンサ・ウエストに勧誘させると、契約率は非常に高かったと言う。

武邑:ロボットやAIというものが「見えなくなってきている」というのが非常に重要なターニングポイントなのです。

「個別AI / 汎用AI」「弱いAI / 強いAI」

産業ロボットと卓球の元世界チャンピオンが対決する動画(最終的に、人間が勝つというシナリオ)

武邑:こういうもの(ロボット)を毛嫌いする人もたくさんいます、でもこれは「穏やかなAI」でありロボットであると理解してもいいと思う。

武邑:いわゆる個別のAI・ロボティクスは避けられないほど強力に進化していきます。こうした「個別AI」は私たちの産業や文化といかに共存していくかという事に焦点は絞られます。しかし「汎用AI(「強いAI」とも呼ばれる)」、全知全能なAIへの礼拝や信仰というものは、まず内省すべきだというのが私の見解です。

武邑塾(2017/01/14)

(後編)「シリコンバレーとEUの全面戦争」へ続く