今回の衆院選で、安倍首相は、消費税増税にともなう増収分の使途変更を訴えています。
この変更は、消費税率10%への引き上げ分の使いみちを組み換え、国債発行の抑制に充てるはずだった4兆円の一部を、「幼児教育・保育の無償化」などに振り向けるものです。
また安倍首相は、政策に充てる経費を、その年の税収などでどのくらいまかなわれているかを示す「基礎的財政収支」を「2020年度に黒字化」するという目標について、達成は困難になったとの認識を示しています。
目標の旗自体は降ろさないとしているものの、いつ達成するかの時期は明らかにしていません。

日本の「債務残高対GDP比」は先進国最悪の水準

実は、この夏、政府が決定した「経済財政運営の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」では、「基礎的収支の黒字化」と並んで、「債務残高対GDP(国内総生産)比の引き下げ」が、財政健全化に向けた目標に追加されました。
これまで、この数値の引き下げは、「収支黒字化」の「あと」に達成するという段取りでしたが、「並列」の目標とされたわけです。
この「債務残高対GDP比」は、国の経済力をあらわすGDPに対し、借金の残高がどのくらいあるかを示す指標で、現在の日本はOECD(経済協力開発機構)統計の一般政府ベースで230%を超え、先進国最悪の水準です。
しかし、「基礎的収支の黒字化」の方は、増税や歳出削減抜きに達成するのが難しいのに対し、「債務残高対GDP比」は、分子にあたる借金が膨らんでも、それを上回るペースで分母のGDPが伸びれば、数値は改善します。
決定因子は、借金の大きさを左右する「金利」と、経済「成長率」との関係であり、金利が成長率より低い状況なら、一時的に基礎的収支が赤字になっても、「債務残高対GDP比」は下がる道筋を描くことができます。

日銀は力ずくで金利を「低位安定」

日銀が、長期金利を0%程度に誘導する新しい金融政策を導入してから1年が経過しましたが、物価上昇目標2%の達成は遠く、大規模緩和の「出口」はまだまだ見えません。
日銀が金利を力ずくで「低位安定」させている状況は、政府が政策遂行を安易に借金に頼ることにつながり、積極財政の誘因となります。

 
 
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増税に慎重な姿勢

衆院選をめぐるこれまでの論戦では、消費税増税の使途変更を訴える安倍政権に対し、野党再編の軸になっている「希望の党」の小池代表が、増税そのものについて、現在の景気情勢では慎重な姿勢を示しているのをはじめとして、税率引き上げに異を唱える主張は聞かれても、膨張する社会保障費の財源不足についての議論は深まっていません。

日銀・黒田総裁
日銀・黒田総裁

日銀の国債の保有割合は、すでに4割に


日銀による国債の買い入れは、ペースが緩められているとはいえ、発行残高のうちの日銀の保有割合は、すでに4割に達しています。
黒田総裁は、「国の債務負担を軽くするためにやっているのではない」と述べていますが、日銀による大規模緩和は、事実上の政府への財政資金供与、「財政ファイナンス」の様相を一層強めていて、結果的に財政出動が広がりやすい環境を作っているといえます。
また国債市場では、日銀による大量購入により取引が減少し、機能の低下が指摘されていて、この先、日銀が買い入れから売りに転じる場合、十分な吸収ができず、意図せざる金利上昇、国債費の増大を招く可能性があり、政府の財政運営にとって大きなマイナスとなります。


今回の選挙で財政再建をどう進めるかについての議論が置き去りとなり、日銀の大規模緩和に頼って、財政規律が緩んでいく可能性が見え隠れする中、この先、日銀が国債を買い続けるのをやめ、緩和を手じまう出口戦略はさらに難しさを増す懸念が出てきました。

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員