【日ロ首脳会談の舞台裏】“領土問題進展なし”の決着は安倍総理には好都合だった?

「共同経済活動を開始することが平和条約締結の重要な一歩」。日ロ首脳がこう確認し合った一方で、領土交渉そのものの進展は全くなかった。日ロ首脳会談までに繰り広げられた、政府内のさまざまな思惑とは?

カテゴリ:国内

  • 日ロ首脳共同記者会見~繰り返された「新しいアプローチ」
  • 前のめりの「経済協力」と経済産業省の思惑
  • 領土交渉の方向性決着の裏に国内政治要因

未来志向の「新しいアプローチ」?

日ロ首脳会談後、安倍晋三総理大臣とプーチン大統領の両首脳が共同記者会見に臨んだ。
普段は、首相官邸で行われる共同記者会見が、今回は首相公邸で行われた。
首相公邸には、記者ですら入る機会がほとんどなく、映像からは普段見ることのない「重厚感」が醸し出されていた。

しかし、その重厚感とは裏腹に、記者会見の内容は両首脳の温度差が目立った。
プーチン大統領が語った内容の8割は、「経済協力」に関するものだった。
「日本とロシアの間に平和条約がないのは時代錯誤だ」という、一歩踏み込んだ言葉が飛び出したものの、領土問題について言及されたのは発言開始からだいぶ時間が経ってからだ。

一方、安倍総理は、「領土交渉が失敗した」という評価を避けるのに必死の様子。
会見中に飛び出した、「新しいアプローチ」という言葉から、過去のある会見が頭をよぎった。

およそ半年前、消費税10%への引き上げ判断を延期した時の会見である。
安倍総理は、当初、「東日本大震災やリーマンショック並みの事態が起きない限り、予定通り増税する」と発言していた。これと全く反対の、「増税延期」という判断を下した時に、会見で用いられたのが「新しい判断」だった。

そして、今回は未来志向の「新しいアプローチ」という言葉が使われた。
物事をうやむやにする常套句として、「新しい」とか、「新たな」という言葉を使う傾向があると感じた。
人の往来や共同経済活動を拡大することによって領土問題解決につなげる、というのが安倍総理の言う「新しいアプローチ」だが、領土交渉とは、「線引き」以外の何ものでもない。
領土の定義は、「国家が領有する陸地を指し、国家はその領土に対して主権を有する」である。

領土交渉は「線引き」であり、人の往来や共同経済活動を拡大していけば領土交渉が解決する、という考えは特にしたたなロシアを前にしては甘い夢のようなアプローチにすぎないのではないか。

発表された声明は、今回、「共同声明」という形にはならなかった。
両首脳が合意した内容を書き込むのが「共同声明」と呼ばれる。今回発表された声明にも、両首脳が合意した内容が書き込まれてはいるのだが、日本は北方領土4島の名前を挙げているのに対し、ロシアはロシア側の呼び方である「南クリル」という言葉を声明に書き込んだ。
この呼び方は、日本として到底容認できるものではない。従って、内容に関しては合意したものの、この点で相容れないことから、今回は「共同声明」ではなく、両首脳がそれぞれ声明を出す形になった。

声明には、「共同経済活動に関する協議を始めることが、平和条約締結の重要な第一歩」と書き込まれた。
そのために、「国際約束の締結を含むその実施のためのしかるべき法的基盤の諸問題が検討される」として、今後条約によってルール作りがされることが書き込まれているが、実態はロシアの法律の影響を大きく受ける可能性がある。
日本企業が事業をする上でも、ロシア法の影響を大きく受けるのが実態であり、そういう意味ではそのリスクをとった上でもなお「共同経済活動」を進めるという、一歩踏み込んだ決断をしたとも言える。
また、「平和条約の問題を解決する自らの真摯な決意を表明した」という部分は、両首脳の任期中に問題を解決するという意思の表れである。

領土交渉に進展がなかったことが、よりクローズアップされてしまった理由は、安倍総理本人の発言にあった。9月の日ロ首脳会談後に、総理自らが「手ごたえを強く感じた」と述べ、期待値を上げてしまったからだ。

この裏には、単純な勘違いがあったようだ。
ロシアが「2島返還」などと話す場合、当然の大前提として「主権は渡さない」形での話をする。こうした、ロシア外交では基本的な観点が抜け落ちていたために、いわば糠喜びのような状態に陥っていたという。

共同記者会見でも、プーチン大統領は「56年宣言には主権を渡すとは書いていない」とはっきり言及している。
9月の日ロ首脳会談の時点で、こうした日本側の受け取り方の勘違いにより、楽観的な雰囲気が出来上がってしまったが、問題はそう簡単でないことに気づくのに時間はかからなかった。
10月当初には、領土交渉自体は暗礁に乗り上げ、「2島」などという、はっきりとした形で決着しない見通しが立っていた。

会談直前まで検討された経済協力の大玉と、様々な思惑の交錯

政府は否定しているが、日ロ首脳会談までの政府の動きを見ると、経済協力での先走り感は否定できない。
実は、経済産業省を中心に、政府が準備していた経済協力の大玉があった。
もちろん、領土交渉を有利に進めるためのものだ。
それは、ロシアの石油最大手「ロスネフチ」の株19.5%、およそ1.2兆円分を購入するというもので、エネルギー分野での協力強化につなげたい考えがあった。
発行済み株式の購入自体は、クリミア編入を理由にロシアが欧米から受けている経済制裁に抵触するものではない。
とはいえ、欧米からの印象は決していいものとは言えない。

結局、領土交渉でのリターンがないにも関わらずこれを実行するのは難しいのではないかという雰囲気が出てきたことや、株購入のための資金調達に失敗したため、この話は直前に立ち消えたものの、この話がギリギリまで検討されていたのは事実である。
両首脳間の話し合いで進展が見られれば、発表に踏み切ろうと考えられていた時期もあった。

しかし、領土問題で進展がないことは、政府は早くから把握していたはずだ。にもかかわらず、こうした経済の大玉を会談直前まで準備検討していた事実から、「経済協力への前のめり」と指摘されても仕方ないのではないか。

今回、8項目の経済協力に従って、日ロでさまざまな覚書が交わされた。
その数は80にも上るが、その中でも経済産業省が特に進めたかったのが、エネルギーブリッジだ。
エネルギーブリッジとは、極東サハリンと北海道を電線でつないでロシアの電力を輸入するもので、実現すれば日本国内に出回る電気が安くなる。

経済産業省が、このエネルギーブリッジをとりわけ進めたい考えには、2つの理由があった。
ひとつは、電力自由化をより推し進めること。その結果、いまだ東京電力に影響力を及ぼしている「守旧派」を除去することだ。
もうひとつは、ソフトバンクという大企業の影だ。
ソフトバンクの孫正義社長は、エネルギーブリッジ事業に参入しようとしているというのだ。
孫社長と言えば、韓国の影もちらつく。
この情報をキャッチした経済産業省が、国益を守るためにこれを阻止しようとしたのである。多すぎて全体像がよくつかめない「経済協力」だが、実はこうした重要案件を中心に、様々な思惑が交錯していた。

重要な「国内政治要因」

日本は、ロシアから早いうちから2島返還もダメだという趣旨のことを伝えられていた。従って、領土交渉で進展がなかったのは、ロシア側の要因に依るところも大きいのだが、実は国内にも重要な政治要因があった。

それは、自民党の総裁任期延長である。無事に進めば、安倍総理には自民党総裁の3期目が控えている。
党内には、もちろん4島一括返還派もいる。3期目を視野に入れると、今、この時点で「2島」などと決着してしまえば、党内の反対派から引きずり降ろされる可能性もある。このため、安倍総理自身の政治的リスクを考えれば、この時期に「2島」で決着することはないだろうと、政府内でも指摘されていた。

共同経済協力だけの玉虫色の決着は、安倍総理にとってはむしろ政治的な観点からはよかったのかもしれない。
万が一、両国間で進展があった場合でも、極秘扱いにして公表は避けよう、との考えもあったくらいだ。
政治的リスクという意味では、今後も任期が続くプーチン大統領にとっても同じだったかもしれない。
進展があっても、下手に公表してしまえば、双方の政治生命に影響してくる可能性がある。
首脳会談前に、安倍総理は「私の世代で終止符を打つ」と言ったのは、総裁任期3期目のことを指していると考えて間違いないだろう。

今回、ロジの面でも色々な思惑が見てとられた。
プーチン大統領は2日目に東京を訪れたが、外務省はこれに反対していた。対米関係を考えると、日ロがあまり仲がいい印象を発信したくなかったからである。
結局、官邸側が東京訪問の話を進めたために実現したが、東京での会談場所も、当初の迎賓館から首相官邸に変更された。こうした、ロジひとつにしても、色々なプレーヤーの思惑が交錯していたのである。

安倍総理の外交手法は、「上書き外交」などと揶揄される。自ら期待値を上げて、領土交渉に進展がないという結果になったわけだが、次には真珠湾訪問が待ち構える。日ロ領土交渉での「失敗」は、真珠湾訪問での歴史的感動的なニュースで「上書き」されることになるだろう。


(執筆:Ishii Rinae)