「戦争の記憶をアートに」 カンボジアの薬莢をアクセサリーに再生

カンボジア内戦で使われた薬莢(やっきょう)をアクセサリーに生まれ変わらせる…この「リバース(再生)」という活動に取り組む沓名(くつな)美和さんという女性をご存知ですか?

カテゴリ:話題

  • 日中戦争時の祖父の足跡をたどる……戦争の記憶をアートで伝えたい
  • カンボジア内戦で使われた薬莢をアクセサリーに再生
  • 戦争知るきっかけに……アクセサリーに込めたメッセージ

戦争の記憶をアートで伝えたい

中国の大学院に留学中で現代美術のアーティストとしても活動している沓名さん。
日中戦争で中国に滞在した祖父の足跡をたどるため、遼寧省瀋陽を旅しました。
旧満州国時代、奉天と呼ばれた都市です。

そこで目にしたのは日本統治時代の建築が次々に姿を消していく現状でした。
「良くない歴史も、全部消えていいのか?」
「見えなくなれば、再び惨事が起きるのではないか」
そんな思いから、戦争の記憶をアートとして残したいと考えるようになりました。

早速、当時の建築の廃材を使って作品を制作しました。
しかし、中国側の反応は「やめた方がいい」。
中国にとって、日中戦争は今も「敏感な問題」です。
美術作品だからといって、自由に取り上げることは困難だったのです。

薬莢をアクセサリーに再生……カンボジアの子どもたちに夢を

中国での挫折。
沓名さんは気分転換のため、カンボジアを旅行しました。
そこで偶然見つけたのが、カンボジアの内戦で使われた薬莢(やっきょう/鉄砲の弾丸をうつのに必要な火薬を詰める、真鍮(しんちゅう)製の小形の筒型の容器)でした。
「何かに再生できないだろうか」
早速、協力者を探し出し、アクセサリー工房を一気に立ち上げたのでした。

まず、薬莢の安全性を十分に確認します。
次に火で溶かします。
棒状に延ばして金属上の板にした後、アクセサリーに加工します。
工程は全て手作業。加工できる状態にするだけで1週間かかります。

スタッフは若いカンボジア人2人。
20年近い内戦が終わり、経済発展を目指すカンボジア。
平均年収は10万円ほど。
貧富の差が激しく、満足に学校に行けない子どももまだ多くいます。
工房は、学費を立て替える代わりに、授業がない時は工房で働いて、手に職をつけてもらうシステムです。

沓名さんはフリースクールでカンボジアの子どもたちに絵を教える活動もしています。
子どもたちの絵をデザインに取り入れる試みも始めました。
彼らはミュージシャン、アーティスト、写真家などが職業となることを知りません。
だからこそ彼らは「自分の描いたモノが商品になった」と知ると、目を輝かせます。
アートは職業になる――これを子どもたちに知ってもらい、夢を持ってほしい。
沓名さんはこう考えています。

「戦争」知るきっかけに……アクセサリーに込めたメッセージ

リバースの活動を始めて、大きく変わったこと。
「中国人と、大きな意味で、戦争について語り合えるようになった」
これが沓名さんの実感です。
「戦争は嫌」「二度と起こしてはいけない」
国家間の関係にとらわれなければ、この気持ちは共通である、と自然に確認できました。

自らも戦争を知らない世代である。
知らないままでは何が起きるかわからない。
その危機感があるから戦争について考える。
「そのきっかけになればいい」
「押し付けるつもりはない」
その先にある目標は――戦争の記憶を「平和なもの」に変え、残していきたい。
共感の輪は、少しずつ広がっています。