北朝鮮外交のキーワードは“人質”と“英雄”。強硬外交の本質

金正男氏殺害事件をめぐり、北朝鮮は駐在マレーシア外交官らの出国を禁じ、事実上の人質としました。

カテゴリ:ワールド

  • 人質で外交取引…富士山丸からマレーシア大使館員まで
  • 「事件は捏造だ!」絶叫…容疑者は北朝鮮で“英雄”へ
  • 外交にも忠誠競争…北朝鮮には手痛い打撃

人質で外交取引…富士山丸船員、米記者ら

外交取引のために“人質”を取るのは北朝鮮の常套手段です。一方、犯行を認めず国外退去となったリ・ジョンチョル氏は、北朝鮮に戻れば「英雄」扱いされる見通しです。何らかの嫌疑をかけて拘束し、外交取引の材料にする。北朝鮮は過去にも“人質外交”を繰り返してきました。

例えば、1983年の第十八富士山丸事件。船長と機関長が身に覚えのないスパイ容疑をかけられ、7年間も拘束されました。拷問のような仕打ちや家族の安全を脅かすような脅しもあったと言います。90年に当時の金丸信・元副総理(自民党)と田辺誠・社会党副委員長が訪朝。金日成主席と直談判して、解放が決まりました。

この時、北朝鮮は
・日朝国交正常化交渉の開始
・朝鮮半島分断後45年間への償い(戦後補償)約束
などの見返りを日本から引き出すことに成功しました。

記憶に新しいところでは、09年の米テレビ局の女性記者2人の拘束です。2人が中朝国境取材中に北朝鮮に入ったとして北朝鮮側が逮捕しました。北朝鮮は不法国境出入などの罪で労働教化刑12年を言い渡しました。この時はクリントン元大統領が訪朝し、金正日総書記と直接交渉。特別恩赦で釈放されました。緊張した面持ちのクリントン氏と笑顔の金総書記。2人が並んだ写真が公開され、北朝鮮には格好の宣伝となりました。

人質を使って相手を交渉のテーブルに引き込み、譲歩を勝ち取る。北朝鮮外交の常套手段が、マレーシアにも使われています。

「事件は捏造だ!」絶叫…容疑者から“英雄”へ

金正男氏殺害事件に関与したとされる北朝鮮籍の9人。4人は発生直後、北朝鮮に戻りました。唯一逮捕されたリ・ジョンチョル氏も証拠不十分で国外退去となりました。 

マレーシア出国の際、口を閉ざしていたリ氏。しかし経由地・北京に到着すると一転、自己主張を展開しました。

「事件は捏造だ!(北)朝鮮を陥れようとする謀略だ」
「マレーシア政府の言うことは全てうそだ」

取りつかれたような表情のリ氏。拘束中、心で唱えていた歌まで披露しました。

♪私の血はどこへ行く~
何よりも恋しい将軍のもとへ

北朝鮮の正当性を主張するのが役割です。主張を貫き通せば、北朝鮮で“英雄”と称えられるのです。例えば、日本人拉致に関与した辛光洙(シン・グァンス)容疑者。原敕晁(ただあき)さんを拉致して韓国で逮捕されました。しかし、政治思想の転向を拒否し続け、恩赦で北朝鮮に戻った後、英雄の称号を与えられました。

外交でも忠誠競争…北朝鮮には手痛い打撃

マレーシアは北朝鮮にとって特別な国でした。ビザ不要で、工作員も自由に行き来できる利点がありました。1000人超の北朝鮮労働者が派遣され、外貨稼ぎの拠点でもあります。東南アジアの「前線基地」として、計り知れない価値があったのです。一方のマレーシアからみれば、北朝鮮との経済関係は深くありません。北朝鮮との貿易額は全体の0.002%程度です。

「断交する考えはない」
ナジブ首相はこう表明しています。だが、かつてのような友好関係に戻るのは容易ではありません。

北朝鮮は今回の一件で外交的損失を被りました。現場の外交官たちは国際感覚を持ち、自分たちの置かれた状況を理解しているはずです。なぜ、明らかに損と分かる行為を強行するのでしょうか…。
 
背景には、金正恩朝鮮労働党委員長の独裁体制が強化されたことがあります。「金委員長の機嫌を損なわない」。これが外交の判断基準になっているようです。大局的な判断が必要なはずの外交政策が、指導者への忠誠競争に左右される。政策は強硬な方向に進められ、他国との対立がより熾烈になる。北朝鮮外交は今後いっそう、手詰まり状態に陥ることになりそうです。