あだ名は「問題児」、特殊部隊所属、ストレス解消は一人酒…韓国新大統領、文在寅氏の人物像

文在寅氏はどんな人物なのか

カテゴリ:ワールド

  • 貧困家庭出身、高校では問題児……学生運動で投獄
  • 特殊部隊に入隊…妻と7年の純愛
  • 「金正恩が最も恐れる大統領に」……問われる手腕

韓国の新大統領に文在寅氏が就任しました。得票1342万票あまり、率にして41.08%を獲得しての圧勝。北朝鮮に対しては融和的でアメリカより先に訪朝して金正恩朝鮮労働党委員長と会談すると表明していました(のちに転換)。一方で、従軍慰安婦問題をめぐる日韓合意の見直しを主張するなど、対日姿勢は強硬。

いったい、どんな人物なのか。エピソードから文氏の人柄を読み解きます。

貧困家庭出身、高校では問題児…学生運動で投獄

文在寅氏は1953年、韓国南部の慶尚南道・巨済島で2男3女の長男として生まれました。両親は北朝鮮の咸鏡南道出身。朝鮮戦争で避難を余儀なくされた一家は巨済へ逃れ、その後、釜山へ転居します。避難民の集まる貧民街で練炭配達などをして生計を立てました。生活は貧しく苦しい日々でしたが、それによって自立心が育てられたと振り返っています。

成績は良く、中学・高校と名門校に進学しましたが、裕福な学友との違いに直面し、友達ができませんでした。図書館に籠って、本ばかり読んでいたといいます。

高校に入ると社会への反抗心が芽生え、酒やタバコにも手を出し、4回停学処分を受けました。このため「文在寅(ムン・ジェイン)」という名前をもじって「問題児(ムンジェア)」のあだ名がつけられました。

慶熙大学時代には学生運動に積極的に参加。3年生だった1975年、朴正煕政権反対デモを主導して逮捕・収監され、大学を除籍されました。

特殊部隊に入隊…妻と7年の純愛

釈放された文氏は強制徴兵され、特殊部隊に配属されます。パラシュート降下訓練、夜間行軍、水中浸透、暴動鎮圧など、多様な訓練を経験しました。過酷な訓練によって同僚が命を落とす場面にも遭遇したといいます。文氏自身、「パラシュート降下訓練で空中を飛ぶのが気分爽快だった」と話しています。

北朝鮮に融和的と指摘される文氏ですが、北朝鮮有事の際には「前線で戦う」と明言。特殊部隊での経験を誇りにしています。

妻との出会いは大学でした。学園祭のパートナーとして過ごし、「好感をもった」。しかし、その後はデートをしたことがなかったといいます。

そんな彼女が突然、拘置所まで文氏の面会に来たのです。文氏は驚きました。彼女が持参したのは、文氏の出身校が高校野球で優勝したというスポーツ新聞の記事。文氏の野球好きを覚えていたのです。

「刑務所で母校の高校野球優勝の記事を読むなんて」
文氏はおかしくなりましたが、そんな彼女をかわいい、と思ったといいます。

軍隊、司法修習所、刑務所と、文氏の行く先々に彼女が面会に訪れる。2人は長い「面会の歴史」を経て、出会いから7年後、結婚したのです。

「金正恩が最も恐れる大統領に」…問われる手腕

除隊後は猛勉強の末に司法試験に合格。2次試験の合格通知は再び収監された刑務所の中で受け取りました。判事を志望しましたが、学生運動の経歴があるため叶わず、釜山で弁護士生活を始めます。

この時、のちに大統領になる盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏と運命的な出会いを果たします。共に労働運動の弁護に取り組み、盧氏が大統領に当選した後は、政権発足から終了までを共にしました。激務のため歯が10本抜けたとのエピソードがあるほどです。

盧武鉉氏の死後は政界とは一線を画していましたが、政権交代の声に押されて復帰。国会議員当選を経て、前回(2012年)の大統領選に出馬し、朴槿恵氏に僅差で敗れました。

「大統領に就任したらアメリカより先に北朝鮮に行く」
「核の完全廃棄と朝鮮半島の非核化を議論できるなら、金正恩と首脳会談する」
選挙戦の初期にはこう述べていた文氏。

その後は「早いうちにアメリカを訪問して米韓同盟を再確認する」「金正恩が最も恐れる大統領になる」と方針転換しました。

ストレス解消は一人酒という文氏。危機に直面する韓国の救世主となることができるのか。手腕が問われます。