「親が期待する人生」を歩まなかったあなたへ

日本初上陸のブローウェイ大ヒットミュージカル『キンキーブーツ』で考える。

カテゴリ:芸能スポーツ

  • 舞台はイギリスの田舎の倒産寸前の靴工場
  • ドラァグクイーン用の『キンキーブーツ』を作ることで起死回生をはかる
  • しかしこれは、工場だけでなく人の心の再生の物語でもあった

音楽はシンディ・ローパーが全曲書き下ろし!

トニー賞6部門受賞ミュージカル『キンキーブーツ』は2013年にNYブロードウエイで幕を開けました。実話を基にしたストーリーは映画化もされていますが、そこに新たな解釈と演出を加え、さらに音楽を全曲シンディ・ローパーが書き下ろすということで開幕前から話題でした。いよいよ上演が始まると観た人たちの興奮があっという間に広まり大ヒットに。私は開幕から1か月くらいでやっとチケットが取れて観ましたが、オープン間もない作品の客席だけにある期待に溢れた前のめりな熱気、フィナーレでは観客も全員が立ち上がって歌い踊り歓声を上げる、というブロードウェイで沢山観た中でもとりわけ熱い経験でした。

もちろんそのシーズンのトニー賞(映画のアカデミー賞、音楽のグラミー賞、テレビのエミー賞と並ぶ舞台の世界最高の栄誉)をミューカル作品賞を含む6部門で受賞、そのうちの1つはもちろん楽曲賞です。

倒産寸前の靴工場を継ぐ主人公チャーリー

チャーリーはイギリスの田舎の靴工場の跡取り息子です。しかし彼は後を継ぐ気などさらさら無く、ロンドンで就職しガールフレンドと生活すると告げ父親をがっかりさせます。

その新生活を始めた直後に父親が急死し、チャーリーはいきなり靴工場4代目社長に就任。そこで初めて分かったのは工場は倒産寸前だということ。そんな危機にチャーリーはドラァグクイーンのローラと出会います。ローラから、男性の体重を支えられる、でもとびきりオシャレで格好いいブーツが要ると言われ、チャーリーはそのニッチな市場に工場の再生を賭けようと決意、ローラをデザイナーとして迎え入れます。

田舎町にやってきたドラァグクイーン

日本でもそうですが小さな田舎町は保守的な人がほとんどです。ローラのような存在はどうしても受け入れられない。マッチョな男たちは差別的な言葉を浴びせ傷つけてしまいます。ローラも無理に男性の服装をしてみんなに溶け込もうと努力します。美意識が高く男性の心も女性の心も解るローラはやがて女性従業員たちの人気者となり、工場ではついにローラの望みだった真っ赤なキンキーブーツ(キンキー=性的に倒錯した、という意味)が完成します。

この1幕最後のシーンは、ベルトコンベアを使ったご機嫌なダンスと音楽で大いに盛り上がるシーンです。

しかし、2幕でチャーリーとローラは決別します。ミラノの見本市にキンキーブーツ出品を決めたチャーリーがトラブルにいらいらして、ローラに屈辱的な言葉を吐いてしまうのです。表面的にはドラァグクイーンやゲイを理解しているように見えた現代人青年も、実は心の底に偏見や差別意識を持っていた。ローラは工場を去ってゆきます。

「親が期待する人生」と「自分で選んだ人生」

チャーリーとローラは似た者同士でした。

ローラの父親はプロのボクサーでした。小さい時から女装趣味があった息子に、なんとかそれを直して強い男になってほしいと願いましたが、最後には女装を続けるローラを勘当しました。チャーリーも父親の生前に、父の望む「跡継ぎ」になれなかった。つまり2人は、ともに「父親の望む人生を歩めなかった息子」なんです。

こういう人、実は沢山いますよね。親が期待した人生を歩めなかった、跡を継がなかった、実家に帰らず就職してしまった、可愛いお嫁さんにならずに仕事を続けている、などなど。

自分で選んだ人生だけど、そういう苦さをずっと抱えて生きている人が、現代にはいっぱいいる。工場を出たローラは自分の故郷の老人ホームに慰問に出かけます。そこには癌で余命いくばくも無いローラの父がいるのです。父への思いを胸にローラが「このままの私を愛して」と歌うシーンはこの作品のハイライト、ローラ役のJ・ハリソン・ジーの圧倒的なパフォーマンスに心が震えます。

そして最後は…書かずにおきましょう。でもみんなが笑顔になれる最高のフィナーレが待っています。

「自分のありのままを認めて、自分と違う相手のありのままも認める」

『キンキーブーツ』は倒産寸前の靴工場の再生の物語であると同時に、人の心の再生の物語でもあります。父親の望む人生を歩めなかった2人の息子は、その痛みを乗り越え、自分の人生を歩んでいこうと改めて決意します。工場の人たちは何もかもが自分と違う人もそのままに認め尊重すること、それにより人生が豊かになることをを学びます。性的マイノリティもストレートも、みんながありのままにいられることが幸せなのだと。

私自身ずっと、誰かの期待に応えられなかったり、他人と違うことで落ち込んだり傷ついたりして生きてきたので、これを観て「自分の人生をそのまま生きてゆけばいいんだ」と思えた。元気に生きるための味方みたいな作品です。これから何度でも観たいし、人生の苦さや切なさを知っている大人にこそ観てほしい。「ミュージカルが苦手」という人にこそ観てほしい。もちろん、シンディ・ローパーの素晴らしい音楽を楽しみ、キラキラした舞台や衣装を楽しむだけでも充分に元気をもらえること請け合いですよ!靴好きにはたまらんしね。

『キンキーブーツ』来日版は10月30日(日)まで東京渋谷のシアターオーブ上演中で、その後11月2日(水)から6日(日)までは大阪オリックス劇場で公演が行われます。http://www.kinkyboots.jp/home/