不惑の『シン・ゴジラ』、その美しい歩み

50歳にして「今ようやく不惑の心境に至りつつある」狂言師・野村萬斎を観る

カテゴリ:芸能スポーツ

  • さまざまな分野で活躍する野村萬斎さん
  • 軸足はもちろん伝統芸能「狂言」
  • 「現代に呼吸する狂言」は、誰でも楽しめる“コメディ”

『シン・ゴジラ』もう1人の主役

映画『シン・ゴジラ』を観て、エンドロールのキャスト最後に「野村萬斎」の名を見つけた時に「え、どこに出てたの?」と驚き、映画館を出てすぐに「シン・ゴジラ 野村萬斎」と検索した人は私だけではない、よね??

野村萬斎さんが狂言方和泉流の能楽師の家に生まれ狂言師として活動する一方で、ロンドンに留学しテレビドラマなどにも登場するようになったのは20代の頃。当然ながら美しい身のこなしと端正なお顔立ちで大人気となりました。

萬斎さんを観るとき、私はいつも目を見てしまいました。左右の目に全く違う輝きがあり、更に誤解を恐れずに言えば左目に狂気がある。大好きなデヴィッド・ボウイも左右の目の色が違います。だから萬斎さんのファンにもなったのかもしれません。

現代にも通じる、ポップなコメディ

『狂言ござる乃座』は萬斎さん主催の狂言会で、「現代に呼吸する狂言」を観客・演者が一体となって考える場として1987年から続いています。入場者には無料パンレットが配られ、そこには各演目のあらすじと、セリフに出てくるやや難解な言葉の意味が記されています。

この日の演目は以下です。

『萩大名』
田舎大名が萩の花を拝見した御礼に和歌を披露することになるが、田舎者ゆえ歌が詠めない。太郎冠者から事前に歌を教わり、それも覚えられないので本番ではジェスチャーでヒントを出すことに。しかし大名は全て微妙に間違え、とんちんかんな歌になってしまう。

『連歌盗人』
男2人が初めて連歌の会の当番となる。ともに資金不足なので困り果て金持ちの家に盗みに入ると、紙に書かれた発句があり盗みも忘れて連歌を始めてしまう。家主に見つかるものの、お互い連歌好きと判り、酒をふるまわれ高価なお土産までもらって帰っていく。

『首引』
荒野を男が通ると親鬼が出て「自分と娘と、どちらかに食べられたいか」と脅す。男は娘を選ぶが、娘は恥ずかしがったり、男に近づいて打たれて痛がったり、鬼としてダメダメで食べることが出来ない。そんな娘に甘い親鬼は、何とか「食い初め」をさせたいと娘の機嫌を取る。

いかがですか? 現代にも通じるコメディですよね。萬斎さんやお弟子さん、そして父上の人間国宝・野村万作さんが軽やかに楽しく演じます。

歌舞伎ではいつもイヤホンガイドを借りますが、ここにはありません。パンフレットを読んでおけば、びっくりするくらいセリフの意味がよく解ります。萬斎さんは身体能力がとても高く、動くと動かざるともに美しいし、テレビCM等で見せる通りジャンプ力も凄い。

おまけに狂言は衣装の色もデザインも大胆でポップで、観ているだけでも楽しいのです。萬斎さんはパンフレットに文章を寄せていて、そこにはこんなことが書いてあります。

「五十歳になって不惑の心境」

私にとっては五十代に突入後、最初の『狂言ござる乃座』東京公演です。「四十にして不惑」という言葉がありますが、私は五十歳になってようやく不惑の心境に至りつつあるように感じています。

27歳でロンドンに渡り、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで学ぶ中で、狂言と自らのアイデンティティーについてあらゆる角度から考えた、それが原点であり、先日久しぶりにロンドンでワークショップを行い、自分の志が変わらないことを確認した、とも書かれていました。

亡くなった中村勘三郎さんは「型があるから型破りになる、型が無ければ形無し」とよく言っていました。今が不惑の萬斎さんはこれからも、狂言と言う軸をしっかりと保ちながら、発展させながら、あらゆる分野を軽々と自由に飛び回ってくれるでしょう。

2020年東京五輪に向けては、現代美術家の杉本博司さんやリオ五輪閉会式の東京プレゼンテーションでも話題のメディアアーティスト真鍋大度さんとコラボ、今後もなんらかの発展形が期待できそうです。

『シン・ゴジラ』以上の驚きがいつ、どこから襲ってくるのが、今から楽しみでなりません。

(2016年10月23日、国立能楽堂にて)