紀伊半島の南端に近い和歌山県太地町(たいじちょう)。

人口約3千人の小さな町が、世界から注目を浴びている。

太地町のイルカ漁を批判的に取材した、2009年のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」。

アカデミー賞など数々の映画賞を受賞したこの映画は、日本では反捕鯨映画として上映禁止を求める運動が起こるなど、一時社会現象となった。

 

NYに在住しドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」などで世界的に高い評価を得ている佐々木芽生(めぐみ)監督は、この映画を巡る騒動を複雑な心境で見つめていた。

佐々木監督は2010年、太地町に足を運び、現場で何が起こっているのか取材を始めた。

そして今年、その集大成である映画「おクジラさま」が公開される。

 

捕鯨か反捕鯨か?動物愛護か日本の文化と伝統か?

シーシェパードや外国人ジャーナリスト、右翼活動家や太地町の漁師たちなど、様々な人々を巻き込んだこの論争に終わりがあるのか?

一時帰国中の佐々木監督に、この映画に寄せた想いをインタビューした。

佐々木芽生監督
佐々木芽生監督
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少数の極論に引っ張られる捕鯨問題

Q映画「おクジラさま」、完成おめでとうございます。映画は試写会で拝見しましたが、とても興味深く、そして様々なことを考えさせられる映画でした。
監督はNY在住ですが、太地町に関心を持ったきっかけは何だったのですか?

 

「2009年に『ザ・コーヴ』をNYで観たんですけど、その時にすごい衝撃を受けて。なんか、こんなになっちゃったのかと。捕鯨問題について、私もアメリカに長い間住んでいて、日本人が鯨肉を食べることを批判されて、すごく嫌な思いをしていました。映画は独善的で偏見に満ちているけど、非常によくできた映画でした。
でももっとショッキングだったのは、映画に対して何の反論も日本から聞こえてこなかったことですね。もちろん日本国内では公開時に議論があったみたいですけど、海外では何も聞こえてこない。あんな映画作られてどうしてみんな黙っているのだろう。そこがまずいんじゃないかなと思いましたね。」



Q私もNY特派員時代に「ザ・コーヴ」を何度も観ましたし、監督のシホヨス氏にインタビューもしました。彼の映画は反捕鯨で徹底しています。では、佐々木監督は捕鯨を守るべきだと考えますか?それとも反捕鯨の立場ですか?



「どの捕鯨によるかですね。捕鯨といってもたくさんあるし、南氷洋の調査捕鯨と太地町の人たちがやっているような小型の沿岸捕鯨は、まったく別物なんですよね。私はどっちを守るのか、やっぱりもう少しちゃんと議論して考えたほうがいいんじゃないかと思うんですよ。
捕鯨は日本の伝統ですとか食文化ですとかといっても、食べている人は本当に限られているし、食べる量も少ないし、伝統だといってそれでおしまいになってしまっている。でも若い人や都会に住んでいる人はクジラやイルカを食べないし、若い人は、イルカは可愛い、捕らないでほしいと言う人がいっぱいいるんですね。なので、問題はクジラを捕るか捕らないかではなく、賛成・反対の情報を踏まえたうえで、まず議論するというところから始めたほうがいいんじゃないでしょうか?



Q議論する場合にも、日本ではどうしても食文化や国の伝統という視点からの議論が増えてしまい、科学的な議論まで行かないです。この映画の中でも、登場人物はやはり文化的な議論に終始してしまいますよね。



「たとえばクジラとイルカって、同じ種別、鯨類ですよ。だいたい4m以下のものをイルカと呼んでいて、それ以上のものをクジラと呼んでいて、それが80種以上います。そういう基本的な情報も知らない。南氷洋で何を取っていて、どんな調査をしているのかとか、その調査はクジラを殺さないとできないのとか、そういうことが全然不透明じゃないですか。
さらに、無関心、つまり捕鯨問題はどうでもいいですという人があまりにも多いから、極論を言う人たち、凄く少数なのですが、その人たちの声に引っ張られているのではないかなと。

 
 

Q給食に鯨肉が出ていた私のような世代から見ると、鯨肉を食べられないことへの寂しさがあって、今でも食べたいなあと思います。でも若い人って食べる機会も少ないし、食べたことのない人がたくさんいます。

 

「食文化を守ると言っても、鯨肉は食文化じゃないのでは?と言う人がけっこうたくさんいます。クジラは象徴的な生き物です。太地町では、クジラがアイデンティティや誇りでもあるわけですよ。あそこで育った子どもたちは、皆クジラ捕りになりたいと育ってきたわけですが、映画にある小学校の給食のシーンで、そうした子どもたちでさえも鯨肉を食べなくなっているんですよ。だけど『うちのおじいちゃん、クジラ捕りだった』、『おばあちゃんがクジラのネックレスもってはる』とか子どもたちが言っていて、ああいうふうにクジラと何らかのかかわりを持っているという、アイデンティティみたいなものが受け継がれていくわけですよね。私は、食べることそのものよりも、そこがすごく大事だと思っています。」



Q映画のオープニングとエンディングが、鯨祭りでしたよね。ああいうのを見ると、クジラはまさに太地町の生活に根差したものだと感じます。映画の中で太地町の人が、「俺たちはカンガルーを食わない」と言っていましたね。たとえば世界中の人がこうだと思っていても、ある地域の人はそう思わないと。でもその地域にお前違う、こちらの言うこと聞きなさいと言うのはちょっと乱暴です。



「カンガルーはオーストラリアの国境の中で生息していて、オーストラリア人が殺したり食べたりしているのですよね。一方、クジラは地球の海を回遊しているので、みんなでそれを守りたいというのが国際的なコンセンサスになっているんです。だからIWC(国際捕鯨委員会)に行っても、クジラを捕る国は3か国しかない。ノルウェーと日本とアイスランドと。グリーンランドのイヌイットがいますけれど、数百頭という単位で調査捕鯨するのは3か国だけです。89か国がメンバーですが、クジラは3か国以外誰もとらないのですよ。

それだけの関心を持って国際社会がクジラの保護について議論している。つまり、クジラは人類共有の財産、グローバル・コモンズという認識ですよね。たまたま日本の近海を通ったからといって、それを捕ってはいけない。捕らないでほしいと言うのが反捕鯨の人たちの言い分と言うか見方なわけです。

南極海はいまサンクチュアリ、保護区になっているわけですが、保護区に日本だけいって捕っていると。日本は他のことではそんなことしないのに、なぜか捕鯨だけはお行儀の悪いことをしているんですよ。お行儀悪く見えちゃう、外国から見ると。南極海で捕るのを止めるなら、沿岸の商業捕鯨を再開しましょうという提案が、過去IWCから出ているのですが、日本がことごとく蹴っている。それはなぜなのか私にはわからないです。」

 

Q日本は「資源に関する科学的情報が不確実だ」という主張をもとに、南極海で調査捕鯨を行っていますね。

 

「南極海はクジラを捕りやすいのです。いろいろな種類がいるし、太平洋の広いところをあっちこっち探すよりは南極海の狭い範囲に行ったほうが効率もいいし、汚染されてないので美味しいクジラが捕れるんですよ。南極海は海の資源が豊かなので、クジラという食物連鎖の頂点にいる生き物を研究することで、南極海の生態系がすごくわかるんですよね。海洋国日本としては、それをキープしたいと。」

 
 

グローバリズムの象徴としての捕鯨問題

Q映画の話に戻りますが、捕鯨・反捕鯨の対立がこの映画のテーマだと考えると、映画の本質を見誤るような気がします。

 

「全然違うんですよ。私はIWCも取材したのですけど、扱っている南極海の捕鯨や調査捕鯨は、太地町の沿岸捕鯨と違う問題だと思っています。なので、この映画では太地町だけにフォーカスして、IWCは2回取材しましたけど、その素材は使いませんでした。」

 

Q舞台を太地町だけにしぼったのは、議論が拡散するからですか?

 

「この小さな町を定点観測することで、逆に世界が見えます。太地町で起こっている国際紛争にカメラを向けることで、世界で起きていることが見えてくる。それは捕鯨と言う話ではないですよ。入り口はクジラとかイルカ漁だけど、あそこで起きている問題と言うのは世界で起きている問題です。

それはやはりグローバリズム対ローカリズムというか、グローバルな価値観、この場合でいうとクジラやイルカは偉大な動物で人類共有の財産です、だから捕らないでくださいと。その背景にあるのは動物の権利の問題があるんですけど、この動きは世界中でものすごく強烈になってきています。

水族館でイルカを飼ってはいけない、イルカのショーをしてはいけない、それは動物愛護と言うか動物の福祉からさらに一歩出て、動物の権利という考え方になっているのですね。」



Q日本ではアニマル・ウエルフェア、動物福祉という概念が、やっと注目され始めた段階です。



「イルカを狭い水槽に入れて調教して芸をさせるのは、すごく残酷じゃないかと、だからイルカを捕っちゃいやだと。福祉と権利の問題が入っているわけです。そういうグローバルな動きがあって、かたや太地町の人たちは、お父さんやおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちがずっとやってきたことをやっているわけで、それが21世紀のグローバル・スタンダードとはまったく異なる、相容れないことにたまたまなってしまったと。その歴史の皮肉と言うか、そこにたまたま居合わせたのが太地町だったと思います。太地町はグローバリズムとローカリズムの衝突の接点になっているのです。」

 
 

Qつまり太地町は、いま世界中で起こっていることの象徴の1つであると。

 

「そういうことって、世界を見渡すといろいろなところで起きていて、たとえばわかりやすい例でいうとイスラム対西洋とか。たとえばフランスで、イスラム教徒の女性がブルキニ(全身を覆うような水着)を着ていたら、ダメだと警察の人に注意されたこととか。わかりやすいのはブレグジットとかトランプとか、ローカルの人たちはもうグローバリズムは嫌だと。グローバリズムによって生活が脅かされている人たちは世界中にいて、太地町はその一つの象徴なんじゃないかなと。

 

Q太地町の漁師にしてみれば、彼らが捕鯨やイルカ漁で生計を立てていた時間のほうが、シーシエパードの反捕鯨の動きより全然前であって、なぜいまさらそんなことを言ってくるんだと。止めたら自分たちの生活をどうしてくれるんだと、そういう気持ちがあるわけですよね。

 

「漁師の人たちも、そういう動きを理解したうえで、残酷はよくない、ぐさぐさ刺すのはよくないということで、即殺するにはどうしたらいいのかと考えて、脊髄のところを一瞬のうちに切断するとか、取り入れてやっているんですよ。『ザ・コーヴ』の映像が撮られたときには、そういう即殺方法を取り入れる直前だったんですよ。皮肉なことに。」

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。