いま、経済産業省の若手官僚が5月に発表した政策提言に注目が集まっている。「不安な個人、立ちすくむ国家」と題した報告書はネットで大論争となり、役所の報告書としては異例の約140万ダウンロードを記録した。

ビジネスや教育の新しいトレンドを紹介する、「ビズスクール」では、このプロジェクトに参加した、経済産業省の大臣官房総務課総括係長の菊池沙織さんとコンテンツ産業課総括係長の今村啓太さんに話を聞いた。

 
 
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ーーさて、菊池さん。この政策提言のタイトルは、「不安な個人、立ちすくむ国家」とかなり刺激的なのですが、そもそもこのプロジェクトがはじまった経緯を教えてください。

菊池さん:
去年8月に若手を省内公募して、30人が集まりました。声がけをしたのは菅原事務次官(当時)です。菅原次官の想いとしては、若手が目の前の仕事に忙殺され、自分の仕事を狭い範囲に区切ってしまうのを取り払うという若手教育の面と、自分がやり残したことを若手に引き継ぎたいという2つの想いがあったと聞いています。

ーー菊池さんはなぜこのプロジェクトに応募したのですか?

菊池さん:
入省したころに語っていた大きな国家のあり方というのを、目の前の仕事に追われるままに忘れてしまったかなと反省もあって、もう一度ざっくばらんにこうしたことを議論する場が欲しいと思って応募しました。

ーー今村さんはこのプロジェクトで最年少ですね?

今村さん:
はい、いま入省4年目です。私は日々、どうやって経済成長させていくかとひたすら突き詰めて業務を行っているのですけど、それとは別に、一国民としてこれから日本がどうなっていくのか、また一行政官として日本をどうしていくのか、一度立ち止まって考えてみたいなと応募しました。

ーーこのタイトル「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代にどう前向きに生き抜くのか~」に込められた現状認識、問題意識は何だったのですか?

菊池さん:
タイトル自体は最後の1週間で決まりました。現状認識として、これまでの制度のマイナーチェンジを繰り返していくだけでは、対応しきれない課題が目の前にあると思っていて、いまは『立ちすくむ国家』に見えるけど、副題の『モデル無き時代にどう前向きに生き抜くのか』とセットで、国民の皆さんと一緒に考えていければと思います。

ーー霞が関の政策提言で、100万を超えるダウンロードを記録するのは異例ですが、当初このようなかたちで話題になると思っていましたか?

今村さん:
国民の方々に思いを発信したいと思い、SNS活用などメディア戦略をどうするかと当初は考えていましたが、発表する時点では戦略は無くて経産省のHPに掲載しただけでした。しかし結果として、掲載した週の週末にツイッターやフェイスブックで拡散していただいて、その週末だけで100万人の方に見てもらいました。

国民一人一人にしっかり思いを届けたい

 
 


ーーさて、中身に入っていきますが、たとえばこの「漠然とした不安や不満」を表すこのページですが、ふき出しを使ったデザインや言葉遣いなど、いわゆる「役所らしくない」のですが、こうしたかたちにしたのはなぜですか?

今村さん:
私たちは企業の経営陣の方とお話する機会が多いのですが、今回のプロジェクトは個人にフォーカスして、企業や団体ではなく国民一人一人にしっかり思いを届けたいという意図がありました。そこで私たちが普段作成しているようなカチッとしたものではなく、たとえば高校生がみやすいような資料作りを心掛けました。



ーーこちらの「昭和の人生すごろく」ですが、昭和の標準的な人生がいまどう変わったかを示す面白い資料です。こちらは菊池さんが作ったのですね?
 

 
 

菊池さん:
はい。高度成長時代を生きた人を50年代生まれ、今の世代を80年代生まれとおいたときに、皆さん、家族や仕事でどういう生き方をされているかを概念的に示したものです。

たとえば結婚して出産して添い遂げるという女性が、むかしは100人中81人いたのがいまは58人。男性でいうと、一括採用で正社員になり定年まで勤め上げる人が、むかしは34人からいま27人に減っています。サラリーマンと専業主婦、定年後は年金暮らしというテレビドラマなどで描かれてきた昭和の標準モデルが、崩れ去っているのではないかと示したものです。

一方で、正社員になって定年まで勤め上げると言う『仕事のコンプリート率』がそもそも34人だったのも驚きで、サラリーマンになって終身雇用というのも幻想だったのではないかなと感想も持ちました。特に地方の方からは、サラリーマンになって終身雇用なんてない、東京の姿を見ているのではと批判も頂きました。

ーーいまが昭和の標準モデルと違うという認識に立って、この国の現状をどう考えているかを示すのが次の資料ですね?ここでは5つの状況が「もったいない」とされています。

 
 


菊池さん:
個人の価値観が多様化して、人生100年時代を迎えているにもかかわらず、高度経済成長を前提とした社会システムのまま立ち止まっているのではないかという問題意識が、私たちにはあります。昭和の標準モデルを前提に作られた制度と、それを当然と思う価値観が絡み合って、変革が生まれないと。

たとえば定年制度が、ある年齢になると仕事を辞め引退するものという価値観を生んでいたりとか、医療保険制度が本人の希望にかかわらず、治るまで病院であらゆる治療を試すという価値観を生んだりとか、高齢者にも子育て世代にも本来個人が望んでいない状況が生まれているのではないかと思います。

ーーそして「このままでは、いつか社会が立ちゆかなくなることは明らか」としたうえで、次の資料ではこうした現状を変えるために、3つの提案をしていますね?



今村さん:
今回の課題は、経産省の範疇を超えているものもたくさんあります。その中で大枠としてどう進んでいくべきなのか、経産省職員と言うより一行政官、一国民としてどう考えるかを話し合って、大きく3つの方向性をあげました。

1つめが、一律に年齢で高齢者をくくらず、同じ70歳の方でも元気な方、社会の手助けが必要な方、それぞれにあった社会保障が必要ではないかと。2つめは、これからの社会を支える子どもたちへの公的な支出を、未来への投資として政府としても最優先にするべきではないかと。3つめは、これまで日本では諸外国に比べて、公は行政が担うとの国民意識があったのですが、みんなで公を担う意識をさらに強めていくことが必要じゃないかと提言しました。

 
 

ーーこの中では具体的な政策提言も行っています。3つの大枠として、「人生100年、スキルを磨き続けて健康な限り社会参画」、「子どもや教育に最優先で成長投資」、「意欲と能力ある人が公を担う」を挙げていますね。さらに具体的な政策として、たとえば小泉進次郎さんが唱える「こども保険」ですとか、「地域通貨」などが紹介されています。

菊池さん:
具体的な政策提言に乏しいという批判も頂いているのですけど、大きな方向性には異論がなかったという気がしています。そのうえで具体策として既に出てきているものをマッピングしたのですけど、私は子どもへの投資にフォーカスしたいと思っています。子どもの教育は貧困の連鎖を断ち切って、機会の平等を担保するものだと考えていて、未来を生きる子どもを大人が支えるという発想への転換を急ぎたいと思っています。

ーーその子どもの教育への投資ですが、少子化であればこそという発想にたったのが、このページですね。上の図はよく年金の議論で使われるもので、高齢者1人を支える現役世代は「かつては騎馬戦、いまは肩車」と言われているものですね。しかし下の図は逆転していて、子ども1人を支える大人が増えていると。ポジティブシンキングですね(笑)。

 
 

菊池さん:
これ以上高齢者を支え切れないではなく、こういう発想を転換して、子どもを大人が支える考え方で制度を作ったほうがいいのではと提言しています。前向きな発想で社会を作っていかないと、閉そく感がいつまでも漂うので。

ーー今村さんが実現したい政策は何ですか?

今村さん:
実現可能性は何とも言えませんが、『投票ポイント寿命比例制』があります。子どもには最優先で取り組み行うべきだと思っているのですが、選挙で18歳未満の声は反映しづらい。子どもたちの声を、どうやって国家の政策立案や意思決定に活かせばいいのかと、個人的に問題意識を抱えています。この政策で、投票する際にこれから寿命までの残った時間に合わせた声の反映を、考えてみてもいいのではないかと。

具体的な政策の実現を急ぐ

ーー最後に今後もこうしたプロジェクトを行っていきますか?

菊池さん:
今回は国のあり方について皆さんに考えてもらうきっかけになったと思っています。民間主催のワークショップがいくつもできて、公に関心のある人がこんなにいることに、勇気づけられました。すでに、他省庁の若手との議論も始めています。

具体的な政策では、教育や人材投資はすでに省内で議論を重ねているので、チームを組成して急ぐことにしています。また、高齢者の活躍については、一生学び続けスキルを更新して社会に貢献できるような『貢献寿命』を延ばす、『ビンテージソサエティ』の社会づくりの概念や関連政策を検討します。さらに、社会課題を民の力を結集して解決するソーシャルベンチャーの促進も、検討を加速しようと考えています。

ーーありがとうございました。経済産業省の菊池さんと今村さんでした。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。