「原則で譲歩せず」……中国が態度硬化

貿易協議の妥結に自信をのぞかせるトランプ大統領
貿易協議の妥結に自信をのぞかせるトランプ大統領
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米中の貿易戦争が制裁と報復をエスカレートさせ、泥沼化している。
ワシントンでの米中通商協議が「物別れ」のまま終了すると、アメリカ側は10日に発動した制裁「第3弾」の関税引き上げに続き、13日には3000億ドル(約33兆円)、3805品目に25%の関税を上乗せする「第4弾」の詳細を発表した。スマートフォンやパソコン、おもちゃ、衣類など生活用品も含まれ、中国からの輸入品ほぼ全てが対象となる。アメリカ政府は今後、産業界などからの意見も聞いた上で、発動するかどうかを判断する。

一方、中国側も13日、アメリカの制裁第3弾への報復措置を発表した。600億ドル(約6.6兆円)相当の米国製品にかけている追加関税を、現在の5~10%から最大25%に引き上げるもので、来月1日に発動される。

米中双方は交渉の「継続」を表明しているが、米中貿易戦争は打開の糸口が見えないまま過熱し、長期化の様相を呈している。合意間近とみられていた米中の貿易交渉が暗転したのは、トランプ大統領が2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に対する関税を25%に引き上げを突然表明したのがきっかけだった。背景には「中国が一旦合意した内容を覆し、協議を後退させている」という不満があった。

中国の交渉トップ劉鶴副首相
中国の交渉トップ劉鶴副首相

中国側も反発を露わにしている。
中国の交渉トップ劉鶴副首相は協議終了後、「重大な原則の問題において中国側は決して譲歩しない」と明言した。
また、交渉の「核心」として
1:追加関税の撤廃
2:米国からの輸入拡大の合理性
3:合意文書の均衡性の3点をあげた。
ここは絶対譲れないという中国のデッドラインを示したといえる。
劉氏がここまで強気の発言をするのは異例で、習近平国家主席の意向を受けたパフォーマンスとの見方もあるほどだ。
これを受け新華社など中国の国営メディアは、アメリカが極限の圧力を加えて譲歩を引き出そうとしているなどと一斉に対米批判を展開。

アメリカに譲歩することで妥協を求めることはせず、貿易戦争は望まないが恐れないとして、中国は「打打談談」(戦いながら交渉)すると伝えている。また、すでにアメリカへの全面的な対応準備を整えたと強調し、「持久戦」も辞さない構えだ。

共産党体制を直撃……対立の裏に体制の違い

中国が態度を硬化させた背景には、国内の保守派の反発がある。
特に、国有企業への補助金の見直しなど、中国の国家制度の根幹に触れる部分で、「習近平政権はアメリカに譲歩しすぎだ」という不満が噴出した。ここで譲れば、中国共産党の一党支配体制そのものが揺さぶられかねない。その危機感が習主席にまでおよび、中国側が態度を硬化したと考えられる。

アメリカ的「資本主義経済」と中国の「特色ある社会主義経済」が、交渉最終盤で真っ向からぶつかり合い激しい摩擦が生じている状態と言えよう。

中国情勢に詳しい評論家・稲垣清氏によると、 特に対立が激しいのが、「1:国営企業の補助金など制度的な問題、2:外国企業に対する技術移転の強要、3:合意事項の法的裏付け措置」の3つだという。中国側からすれば、内政干渉になりかねない問題も含まれる。
国営企業改革は中国にとっても避けて通れない問題だが、政治的なリスクが伴う。

かつて、習主席は政府が管理・監督する国有企業について、「経済の根幹であり、改革が進む中でも政府は市場のように盲目になることを避けなければならない」と慎重に進める考えを示していた。下手に手をつけると、既得権益層の抵抗や、社会的な混乱が拡大し、収拾がつかなくなる恐れがあるからだ。

また、アメリカが求める法改正についても、中国とアメリカでは手順が異なる。
中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代) は年に一度しか開催されず、休会中は全人代常務委員会が、通知、決定、意見などの形で法律を補充する。アメリカの法制度とはかけ離れている点も交渉を複雑化させる要因となっている。

米側のシナリオに妥協なし……覇権争いが長期化

そもそも、米中貿易戦争を仕掛けたのはアメリカだ。
貿易にとどまらず、世界の大国としてのアメリカの地位を脅かす中国に対する覇権争いが根底にある。対中強硬路線は党派を超えた幅広い支持が得られるため、トランプ大統領の再選戦略にも欠かせない。そう考えると、アメリカ側が中国に大幅に譲歩する可能性は低いと見られる。

一方、中国側にも、アメリカの要求を全て呑まなければこの交渉は合意できないのではないか、という疑心暗鬼が広がっている。
中国側は、アメリカの関税の引き上げの圧力にも、中国経済は十分耐えられると主張。損害をうけるのは中国ではなく「アメリカ自身だ」と警告している。

ただ、米中交渉の難航に伴い、習主席の国内での立場は悪化している。
日中産業研究院の松野豊院長は「GDPが1~2%落ちるような事態になれば、中国社会に大変な事態が起きることになるかもしれない」と指摘する。

地方政府の債務超過や倒産の連鎖により、社会不安が増大すれば、習氏の指導力低下につながり、政治基盤を揺るがしかねない。
物別れに終わった今回の協議の後、劉鶴副首相は「自分ができるのはここまで。後はトップ会談でやってほしい」と漏らしたと一部で伝えられた。

土壇場で「譲れない一線」を明らかにしたのも、トップ会談への布石と見ることもできる。
米中両首脳は共に6月に大阪で開催されるG20に参加する。そこで米中首脳会談が開催され、何らかの合意に持ち込めるのか。或いは決裂による世界経済の混乱という最悪のシナリオが待ち受けているのか。
大国のメンツをかけた全面戦争の行方に、世界の目が注がれている。

【執筆:フジテレビ 報道センター室長兼解説委員 鴨下ひろみ】

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フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。