AI技術を駆使した偽物ビデオ

 米大統領選挙もいよいよ本格化して、トランプ大統領と民主党候補予定者たちとの舌戦も賑やかになってきているが、そうした中で不安視され始めているのが「フェイク・ニュース(偽ニュース)」をさらに悪質にした「ディープ・フェイク・ニュース」だ。

 昨年8月ベルギーの政党「社会党・別(sp.a)」のツイッターにトランプ米大統領のビデオ・メッセージが登場した。

社会党・別(sp.a)の公式ツイッターより
社会党・別(sp.a)の公式ツイッターより
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 「ベルギーの皆さん。これから申し上げることはとても大事だ。私は(米国を気候変動を抑制する)パリ協定から離脱させたが、あなた方もそうすべきだ。というのも、あなた方がベルギーでやっていることはひどいものだ。パリ協定に賛成しながらも何も具体的なことをせずにただペチャペチャと議論しているだけだ。その間に協定締結前よりももっと汚染をひどくしている。恥ずべきことだ!まったく恥ずべきだ。少なくとも私は公正な人間だ。人々は私が公正だから愛してくれている。地球上で最も公正な人間なのだ。だからベルギーの方々よ、偽善者ぶらないでパリ協定から離脱しなさい。」

 トランプ大統領がベルギー国民にパリ協定からの離脱を勧めているメッセージのように見えたが、実はこれが最新の「ディープ・フェイク」というAI技術を使ってあたかもトランプ大統領が喋っているように映像と音声を合成した偽物のビデオだったのだ。

sp.aはベルギー国内の気候変動問題に対する議論を高めるための試みだったと釈明しており、メッセージの最後には「気候変動なんて、このメッセージと同様にフェイク(偽物)だということは皆んな知っていることだから。」という一文があったことはあったが、この部分に限ってはフラマン語の翻訳スーパーがなく英語を理解しない人は偽物とは分からなかったはずだ。

「ディープ・フェイク」は「ディープ・ラーニング(深層学習)」から作成する

 「ディープ・フェイク」では、例えばある人物の顔の形や目鼻、口の動きそれに表情など全ての情報を収集した上で、それを別人の顔に当てはめて修正する。加えて音声も分析して別人の唇の動きに合わせて再生させることができる。つまり、トランプ大統領のビデオから情報を集めて、別人がパリ協定からの離脱を進める発言をした映像の上に加工するとsp.aのメッセージのようなものになるのだ。

「ディープ・フェイク」というのは、その加工手段に「ディープ・ラーニング(深層学習)」の手法を取り入れて偽物を作るからだが、トランプ政権批判をめぐって米国で猛威をふるっている「フェイク・ニュース」と合体して「ディープ・フェイク・ニュース」つまりは「深刻な偽ニュース」がこれから問題になりそうだと懸念され始めている。

オバマ前大統領の偽ビデオも

オバマ前大統領の顔の形、目鼻、口の動き、表情など全ての情報を収集した上で偽ビデオを制作
オバマ前大統領の顔の形、目鼻、口の動き、表情など全ての情報を収集した上で偽ビデオを制作

sp.aのビデオを検証すると、トランプ大統領の口の動きなどに不自然なところが見えるが、同じ頃米国のニュースサイト「バズフィード」が制作、公開したオバマ前大統領の偽ビデオは「トランプは全く完全にアホだ」と言うのが本人としか思えないほどの出来栄えになっていた。

 例えばの話だが、米大統領選の投票日直前などにトランプ大統領が「アメリカファースト(米国第一)は無理だった。セコンド(第二)でもいい」と言う偽ビデオがSNSなどで拡散されたらどうだろうか。否定する余地もなく投票に影響を及ぼすようなことになるのではないだろうか?

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
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*トランプ大統領が話しているように見える偽ビデオ:ベルギーの政党「社会党・別(sp.a)」の公式ツイッターより

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木村太郎著
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木村太郎
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理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。