自動運転には「禅の精神」が必要。永平寺がテキサスで訴えた未来

SXSW2018公式セッション「モビリティから見る高齢化時代の世界の新たなカタチ」

カテゴリ:ビジネス

  • ZEN(禅)が世界でブームになっている。
  • 過疎地域は自動運転の時代が早く来てほしい。
  • ZEN(禅)の精神がないと、人間が操られてしまうかもしれない。

「ZEN」がブーム

「ZEN」が世界中でブームとも言えるほど注目されている。

アルファベットだと日本人にはなじみが薄いが、日本語の「禅」だ。

SXSWオープニングセッションのヒュー・フォレストの中でも「思いがけない偶然と出会うために『ZEN(禅)』を実践することが重要だ」と触れられていた。

昨年、SXSW2017の公式セッションで「人生がときめく片付けの魔法」で知られる近藤麻理恵さんがスピーチした際も、出席者から「これこそZEN(禅)の考え方だ」と感嘆の声が上がっていた。

「ZEN」は、それほどまでに世界の共通語になっている。

SXSWの初日となる9日、日本の経済産業省が主催する公式セッションが行なわれた。

スピーカーは、パナソニックの石合泰司主幹、慶應義塾大学の井原慶子特別招喚准教授、福井県永平寺町の河合永充町長。そしてもうひとり、永平寺の僧侶が参加した。

曹洞宗・北アメリカ国際布教総監部書記の横山行敬さん。アメリカで禅の考え方を広めているひとりだ。

ただ、セッションの直接のテーマは「禅」ではない。

タイトルは『モビリティから見る高齢化時代の世界の新たなカタチ(Miraculous Driverless Town a Model for the World)』というもの。

過疎と高齢化によって地域の交通が失われている日本の現状と今後どうしていくべきかが主題だった。

「心身の脱落」

永平寺町の河合町長からは、高齢者の運転による事故が増えていることなどが説明された。

高齢者が運転しなくても済む未来はないものか。そうした現状を改善するため、永平寺町ではパナソニックとともに自動運転の実証実験が行なわれている。

セッションでは、その取り組みの段階や意義などが紹介され、「自動運転が広がれば、人々はつながり、笑顔になる」と将来の生活インフラのあるべき姿が強調された。

しかし、自動運転と禅に何の関係があるのだろうか?

曹洞宗の横山行敬書記はまず、禅の考え方について道元禅師の言葉を引いて、次のように紹介した。

「仏の道を学ぶことは、己を学ぶこと。己を学ぶことは、己を忘れること。己を忘れることは、万法によって実現されること。万法によって実現されるとは、己の身心も他己の身心も脱落することだ」

日本語でも説明するのはかなり難しいが、自分にしっかり向き合うと、自分自身という存在を忘れ、自分が含まれている世界を感じ、さらに自他の区別を超えることができるという。「心身の脱落」とは、つまり『悟り』だ。

この教えがどう自動運転に結びついていくのかは、スマホの事例を見るとわかりやすいという。

現代社会はスマホの登場で便利になった。その反面、人間がスマホに操られているのではないかという課題も指摘されている。自動運転でも同じようなことが起こりうるというのだ。

テクノロジーと人間という分断した世界。しかし、禅の教えのように世界をひとつにしていけば、あるべき未来のカタチを作ることができる。

永平寺は800年以上にわたり過去と同じ生活を続けている。それは、どんなに社会や経済が変わろうとも、一貫して変わらない禅の精神があるからだと言える。

スマホや自動運転に限らず、AIなどについても「人間の仕事を奪うのでは」といった脅威論がしばしば聞かれる。しかし、「心身の脱落」さえできれば、テクノロジーとの最高の付き合い方ができるのかもしれない。