同性カップルの遺伝子で子どもを作ったら…女性アーティストの作品が投げかける難問

アートプロジェクトから「生命のあり方」を考える。

  • 遺伝情報から同性カップルの子どもをシミュレーション
  • 「同性間で子どもができる技術」は“不可能な子ども”を“可能な子ども”に
  • 子どものシェアも現実になるかもしれない

テクノロジーの未来像をお届けするトーク番組「H.SCHOOL」。今回のテーマは『人工生命』。バイオアート、スペキュラティブ・デザインの領域で活動する長谷川愛さんが「生命のあり方」を問う自身のアートプロジェクトについて解説する。

同性カップルの遺伝情報から子どもを作り出すプロジェクト

長谷川愛
『(Im)possible baby』というプロジェクトをやっていまして、日本語のタイトルは「(不)可能な子ども」。
実在するカップルの遺伝情報から子どもの姿をシミュレーションして作るというプロジェクトです。実在するレズビアンカップルのDNA情報をいただいて、そこからそのデータをシャッフルして、子どものデータを2回だけ作ったんですね。

この人、Asakoさんが1人目の母親で…

長谷川
もう1人の母親がMorigaさん。

長谷川
そして、シミュレーションによって出てきた子どもが2人いて、1人目の子ども、Mamekoちゃんの遺伝情報がこちら。

長谷川
そばかすがあって、肌が白めで、髪の毛がストレートで目はブラウンだろうといった遺伝情報から見た目のヒントを探っています。

一般的に使われている「23アンド・ミー(23andMe)」という遺伝子検査のサービスを使ったんですけど、今のところ遺伝情報を読むのはあまり精度が高くなくて、占い程度と言っています。

そしてもう1人の子ども、Powakoちゃんの遺伝情報がこちら。

長谷川
Powakoちゃんは髪の毛がカールをしていて、Mamekoちゃんとはちょっと違っています。

長谷川
Powakoちゃんは髪の毛がカールをしていて、Mamekoちゃんとはちょっと違っています。

なにげない朝食の風景に盛り込まれた遺伝情報

長谷川
これは、この家族の朝ごはんの風景です。

市原えつこ
リアルですね。

長谷川
この風景にはストーリーが隠されていて、Mamekoちゃんに注目してみてください。

長谷川
Mamekoちゃんがコリアンダーのにおいを嗅いでいて、臭そうな顔をしているんですけれど、これはMamekoちゃんの中に「コリアンダーを食べると、石鹸のように感じる」という遺伝情報が出てきていたので、こういうシーンが入ってきています。
もう一人の子ども、Powakoちゃんはアスパラガスを食べているんですけれど…

長谷川
Powakoちゃんは「アスパラガスを食べた後の尿のにおいが変化するのを感知できる」という遺伝情報がありまして、これがよく分からないんです(笑)。

市原
結構、細かい遺伝情報ですね。

長谷川
遺伝情報はテキストで出ていたんですけれども、それを一緒にAsakoさんと読みながら、この子はこういう子なんじゃないかということを話し合いつつ架空の家族団らんの写真を作って、本人たちにプレゼントするっていうのをNHKと一緒にドキュメンタリーにして放送しました。

「不可能な子ども」が「可能な子ども」に

長谷川
「同性間で子どもができる技術ができたときにあなたはどう思いますか?」って訊かれたときに、「それはやってはいけない領域でしょう」って反射的に答える人がいるかもしれませんが、もしかしたらこの朝ごはんのような家族団らんがあり得るかもしれなくて、この風景を見ても「あなたは同じことが言えますか?」っていうことが訊きたかったんです。

市原
目に見えるもので提案されると感情移入してしまうというか、この存在している家族を抹消していいものかという気持ちになりました。

長谷川
この議論が進んでいって、この技術を使ってもいいんじゃないかという風になると、この子たちは「(不)可能な子ども」じゃなくて「可能な子ども」になるかもしれないですよね。

市原
それで作品のタイトルが…

長谷川
「(Im)possible baby」というのは「I'm possible baby」とかけているんです。

子どものシェアを可能にするかもしれないプロジェクト

長谷川
もう1つ、生命倫理に関する作品をやっていまして、『Shared Baby(シェアードベイビー)』っていうんですけれど。

長谷川
私たちの世代って、親の世代よりも貧乏だったりして、なかなか難しい世代なんだろうなぁっていうのがあって。
友達と夕飯を食べていたときに、「私たちってお金ないし、仲良いし、男の子たちはみんな同じ髪の毛の色じゃない?」、「だったら、みんなの精子を混ぜれば、誰の子か分からない子どもが生まれてシェアできるんじゃないか」っていう話になって。

そうなんだけれども、今は遺伝情報を読む技術というのが99ドルでできてしまうので「現実的じゃないよね」って言っているところに、『3人で1人の赤ちゃんを作る』というニュース…この間、3人分の遺伝情報が入っている子どもが生まれましたよね。ただ、それは同じ量の遺伝情報ではなくて、治療のための方法として使われたのですが。

そういう技術や、これからもし3~5人ぐらいの遺伝情報を入れて子どもをつくるというのができたときに、私たちは子どもをシェアできるんじゃないか、とか。あとはちょうど、シェアリングエコノミーとかがやってきて、車って所有するものだったのに今はもはやそうじゃない、借りるものでしょみたいな。そんな感じになってきて。

市原
あらゆるものがシェアされてますよね、家も車も服も。

長谷川
そういう風に子どもに対しても、シェアっていう感覚が生まれるのではないか、とか。
うまくそれをやっていったら、所有欲や所有感というのをどうみんなでやりくりできるのかっていうところに重きを置いているんですけど、この写真とかはそれがあんまりうまくいっていなくて、父の日に「NO.1」のケーキの座をめぐって父親3人が戦いだして、みんなここからいなくなってしまったっていう写真なんです。

また、今は子どもがお父さん、お母さんの手を片方づつ繋ぐのが一般的ですけど、もし親が5人いたらどうだろうか?

5本の手がある訳ではないけれど、5人の親と手をつないだ気分になれるレインコート、こういうプロダクトがあったりするんじゃないかなと。

ドミニク、市原のまとめ

市原
すっごく倫理観のせめぎ合いのところにズバッと切り込んでいくような作品が多いなぁと思いました。

ドミニク・チェン
「Shared Baby」を僕は、車とか家のように、つまりモノのようにシェアしようという解釈をしていなくて、「他人なんだけれど親子」みたいなことができたら、負荷分散になると思うんですね。コストとかリスクの分散にもなるから、子育てがしやすくなると思います。


(関連リンク)
(Im)possible Baby
Shared Baby