紙で読む?タブレットで読む? 新時代の知識人に必要な読書術

ひと口に読書といっても、もはやそれは紙の上で文字を読むことには留まらないのが今の時代。読書環境が変化しつつある過渡期において、ビジネスパーソンと読書の関係はいかにあるべきか。電子出版やコンテンツ産業に精通する橋本大也氏に、現状と今後の展望を聞いた。

カテゴリ:ビジネス

  • 読書とは自分の判断を保留し、著者の話に耳を傾けること
  • 紙の本とデジタルの本、その質は違う
  • 新時代の検索知識人のあり方とは

プロフィール

橋本大也(はしもと だいや)
デジタルハリウッド大学教授・メディアライブラリー館長。ビッグデータと人工知能の技術ベンチャー企業、データセクション株式会社の創業者。同社を上場させた後顧問に就任し、教育者、事業家に転進。著書に『情報力』(翔泳社)など。

判断を保留して著者の話に耳を傾けるのが読書

あなたは今、どんなデバイスで「読書」をしているだろうか。紙で読むにしろ、スマホやタブレットで読むにしろ、読書は本という媒体を使って行われる心理的な活動だ。読書が人の心に与える影響について、識者によるさまざまな考察がなされているが、そもそも読書は、どんな行為と言えるのだろう。

「私は読書を、“自分の判断を保留して、著者の話を聞く”行為だと捉えています。アイディアや思考を取り込んだり、考えを新しく変えたいと思って読むのであれば、読書中はしばし、自分の判断を保留にしなければいけない。そんなメディアが“本”ではないかと。

もちろん、文学とノンフィクションでは多少の違いがあります。学術書を含めたノンフィクションの書籍は、知識を系統立てて取り入れたいとき手に取るもの。一方で文学の古典を含めた小説は、紙の本を指でめくるという固有の体験とセットで、自分のペースで楽しむようにつくられているイメージがあります。

近年、その「読書」から遠ざかる人の増加が懸念されていますが、実際どうなのかはしかるべき検証が必要でしょう。しかし個人的な印象論としてはなんだかそんなような気もして、その背景にはやはり、インターネットの台頭による影響があるのではないかと見ています。

今ビジネスは“即断即決”が求められる時代になっています。もし、判断が間違っていたとしても立ち止まって考え込まずに、PDCAサイクルを回しながら新しい判断を選択するような迅速さは不可欠。そうした際に、知識や情報をスピーディに得るためのツールとしては、本よりネットのほうが向いているんですよね」

ではネット時代において、判断を保留しながら時間をかけて行う読書は、いったいどのような意味をもつのだろうか。

「とはいえ、日頃から読書習慣をもたない人は、実は検索ワードが乏しいんです。どんなワードで検索すればいいのかが、わからない。目の前の直接的なキーワードしか検索しなかったら、見つかる情報も浅いものになるわけで、ビジネスの課題に対して、極めて対処療法的な検索に留まってしまうでしょう。

一方で、読書習慣によって自分の中に体系的な知識をもっている人はそれを基盤に、よりうまく検索することが可能です。得る情報の質が変わってきます。何かを知りたいと思ったら、少し時間はかかっても、まずは本で根源的な考えや体系的な知識にあたって、一度頭に落とすプロセスを経ることが必要なのだと思います。ネット時代でも、本を読むのは大切だということです」

“哲学者の私”と“実務家の私”を育てる

橋本氏に、アラフォー男性の読書の実態座談会取材やネットアンケートの結果をふまえて“若い頃と比べ読書が苦手になった”と感じる人が少なからず存在することを伝えてみた。すると、“具体的にどう読めばよいのか”を示唆する話しをしてくれた。その骨子は下記の3点。

・人の中には“哲学者の私”と“実務家の私”の2人が存在する
・哲学者の私を育てるには、紙の本で体系的な知識を取り込む
・実務家の私を育てるなら、電子書籍やネットをツールに、関連情報も幅広くとらえる読書法をとるべき


「実務家として、今必要な情報を幅広く入手するためにネットが役立つのは明白です。でも、もうちょっと深いところで、たとえば自分の思考に関わるような、大きく複雑な問題を解決しようとするときには、哲学的な情報が必要になってくるんです。哲学者の部分というのは、いわば自分の考えを支えるコアな部分。コアな部分が検索でヒットした情報に左右されて、コロコロ変わってはいけませんよね。

詩人の茨木のり子さんの詩に“人間には行方不明の時間が必要です”という一節があります。私は、読書の魅力は、この言葉に集約されているような気がするのです。すべての雑音を遮断してむさぼるように紙の本と向き合い、その世界へ奥深く入り込んでゆく。その“没頭する時間”で何かを握って、こちらの世界へ戻って来るのではないかと。

たとえばデジタルデバイスで読書をする場合。紙の本による読書と同じように深く読むことができるかというと、それは難しいですよね(笑)。スマホやタブレットにはアプリやメール機能など、注意を拡散させる要素が盛り込まれています。読書はデジタルデバイス派という人は、長い文章を読む体験が減っている可能性は高いです。

これは余談になりますが、子供時代からずっとデジタルデバイスでの読書一辺倒で育ってしまうと、情報検索速度には長けても、知的な粘り強さというものは培われないかもしれません。そこがネット時代の読書のひとつの課題と言えるでしょうね」

紙の本とデジタルの本は、質が違う

「では、紙の本が盤石かといえば、当然弱点はあります。本は狭く深いメディアなので、たとえばカリスマ的な著者の本を読んだとき、読者によっては、その本が主張する意見が絶対的になってしまいかねない懸念があります。ネットの場合は、逆にその人を批判するような面白い意見も見つけられたりするわけで、書かれている内容を相対化するためにも、ネットは大切な役目を担っています。

さらに言うなら、ネットは本来グローバルなもの。英語で検索すると情報量が何倍にも広がります。そうなると日本語ではなく英語で検索すべきというハードルの高い話になるのですが、しかし視野のサイズが広がりますので、ニュースひとつとって見たときにも、これまでとは違った観点から捉えることができるでしょう。

そこから、紙の本を作る側が考え直さなければならない課題がいくつか見えてきます。

従来の本という物理的なパッケージは、流通サイズが決まっていました。冗長にならないよう著者の言いたいことに最適なサイズで世に出すべきですよね。

また、日本の書籍も欧米化が必要です。お約束のように“まえがき”から入らず、ズバリ結論から入ってみる。グローバルな文化圏では、プレゼンのように結論から入る構成が主流と言えます。

さらに言うなら、ネットとの連動が前提でもいいんじゃないかと。マルチメディアやインタラクティブなコンテンツとの連動による“五感型”の読書とでも言いましょうか。

まとめると、紙の本とデジタルの本は、当面はまだ質が別なものだと言えます。ひるがえってもとを正せば、そもそも「読書」が本来の目的ではないはずですよね。人は本で得た情報を使って自分の人生や仕事なりを豊かにしていくことを目的として本を読む。それをより効率的にネットが補完し始めた。紙の本には判断を保留して没頭できるメディアとしての意味がありますので、そこは用い方ひとつですよね」

新時代の“検索知識人”

インタビューの最後に橋本氏は、“古いタイプの知識人は本に偏重し、若者はネットに偏重する。両者をバランス良く使えるのが、新しいタイプの知識人だ”と、今後につながる新たな視座を開いてくれた。

「アメリカの社会メディア研究者の、アレクサンダー・ハラヴェが書いた『ネット検索革命』(青土社)という本があるんです。その中で「検索知識人」という言葉が紹介されているのですが、ざっくりまとめると、“探すことに習熟することも知である”と。これまでのたくさん読んで構造的な知識を蓄積する読み方も大切だけれど、世の中動きが早いので、ネットに習熟して必要な情報をパッと引っ張れるのもすごく重要なスキルなんだと主張しているんですね。

ネットを用いた読書も紙の本による読書も、それぞれ良い部分があります。ビジネスパーソンにこの両輪が必要というのは明らかです。ただそのバランスがうまく取れた人というのは、残念ながらまだあまりいないというのが現状です」

読書スタイルや本の流通形態が過渡期にある今、ネットと紙の読書のバランスのさじ加減を、いかに個々で工夫していくのか。自分のビジネスパーソンとしての賞味期限をいかに伸ばせるか否かのヒントが、そこにあるような気がした。


構成・文=谷畑まゆみ