大黒柱を妻に託す、「主夫になる」という選択

特集「もし、僕が明日から働けなくなったら」第3回

カテゴリ:暮らし

  • 会社員というのは選択肢のひとつに過ぎないし、そうじゃない生き方もある
  • 40代以下は、専業主夫という生き方に対して理解できる感覚を持っている
  • 専業主夫は長いキャリアの一部に過ぎない。その先に復職という道だってある

平成26年度の男女共同参画社会の形成の状況(内閣府調べ)によると、共働き世帯は徐々に増え、26年度では約1077万世帯(全体の59.9%)、専業主婦世帯が約720万世帯(全体の30.1%)と、今や共働き世帯が多くを占めているらしい。このままの状況が続けば共働き世帯の家計は成り立つかもしれないが、たとえば病気や怪我、雇用状況の急転などによって夫が働けなくなり、就職もままならなくなれば、妻が働く形態の世帯、いわゆる“専業主夫”という生活も視野に入れなければならなくなるだろう。

それは果たして、どのような暮らし向きなのか。専業主夫として生活し、そんな日々をコミック形式などで描くブログメディア・カタルエを運営するムーチョさんに話を伺った。

仕事を休職。最初は否応なしに専業主夫生活が始まった

「テーマパーク系の会社に新卒から4年ほど在籍していたんですが、自律神経のトラブルで休職することになったんです。それが2005年のことです」

1年ほどの休職ののち復職したが、その原因となった人間関係の問題がやはり解決せず、職を辞すという結論にいたったという。しかしその後は、すぐに転職活動に身を投じる。理由は、「男は働くべきだと信じていたから」。だが翌年の07年、再び休職することになる。

「折りしも結婚して第一子が生まれる少し前のことでした。出産を控え、これから子育てに手が掛かる時期だったこともあり、子育てを手伝っていましたね。でも当時は主夫という選択肢は自分のなかになかったんです。プライベートとのメリハリを付けて仕事をしようと、大手電機メーカーの人事のポストに就きましたが、やっぱり“体育会系”のノリについていけずに、半年後に再び休職の道を選びました」

というのも、ムーチョさんは帰国子女。小学校4年からご両親の仕事でシンガポールやニューヨークで生活し、大学こそ国内の有名私大だったが、日本の文化への馴染みは薄かったのだ。奥さんも働く共働き世帯で、産休時にも収入があったが、それでもやはり「男子たるもの、働くべき」という考えから、その後も派遣業などでの復職を試みる。

「いい会社ばかりだったんですが、やはり僕の問題で、復職は難しかったんです。そこで妻にこう言いました。『働こうとするのやめようかな』って。そうしたら、『やっとそう思ってくれたんだね』と言ってくれました」

理解のある奥さんとの二人三脚で、ムーチョさんの“専業主夫”の生活が始まる。

知らず知らずのうちに、男性は「働かなければ」という枷をはめている

「男が働かないでどうするという考え方でしたが、自分のことばかりで実際は家族に対して思いやりがなかったんですね。妻も働いているし、生きていけないなんてことはないのに」

家庭に入ったムーチョさんは家事や子育てに注力するうちに、奥さんの大変さが身に染みてわかったという。

「仕事とは質の違う大変さがありました。そっちはそっちで、病むくらい大変だったんですよ。そのときは年子で第2子も生まれていて、育児ノイローゼになるほど大変でした。特に僕は男で、母乳での授乳はできませんからね。そういうデメリットもありました」

一方で、主夫になってよかったという実感も数多くあった。

「実際に生活できましたし、『男は働かなければ』というのは、すごく視野の狭い考え方だとわかりました。またPTAや町内会といった繋がりもできましたし、ネットを介して主夫同士の交流も生まれました。また地域のNPOや高齢者の方とも話す機会が増えて、仕事だけでは知り得なかったコミュニティの存在を知ることができました。会社員というのは選択肢のひとつに過ぎないし、そうじゃない生き方もあるんだと理解できたんです」

いずれが良い/悪いということではなく、生き方に対する視野が広がったということだ。

「会社員という自分じゃなくなったら、その後の人生は無価値と考える人もいるでしょうが、そういう呪縛から解き放たれたんです。男性学を研究する武蔵大学の田中俊之先生という方がいるんですが、男性は平日昼間にプラプラすると罪悪感を感じるが、女性にはそういったものがないという問題を提起されていました。男性は知らず知らずの間に仕事をしないといけないという枷を自分にはめているんですね」

専業主夫はキャリアのひとつ。長い人生で視野を広げる選択肢

それでもムーチョさん、その境地に至るまでに主夫生活の3年を費やした。実際には、主夫に対して世間の目は冷たいなんてことはなかった…というのが率直な感想らしい。

「ママ友も増えましたしね。男は働き女は家を守るというのは、高度成長期の幻影に過ぎないと思います。僕は今37歳ですが、40代以下は主夫という存在を理解できる素地があると思うんですよ」

そんな生活を発信するために、ブログ活動の一環としてマンガの執筆も始めてみた。最初は手習いだったが、やってみたら注目を集め、副業としてイラストレーターという肩書きも手に入れられた。実際、本特集の挿絵もここであったのも何かの縁とお願いしてみた。主夫生活であっても社会との接点は持てるし、「意外と、社会の目は優しいですよ」と振り返る。

「主夫だって、キャリアのひとつでしかないと思っています。終身雇用制が崩れた今、主夫というキャリアを終えての復職だってじゅうぶんあり得る。主婦・主夫も終身雇用という時代は終わったんです。子どもに手が掛からなくなった今、僕も仕事に復帰することを考えています。10年のブランクがありますし、同じ業界や職種に戻ることは難しいかもしれませんが、その分家族との時間を持てたわけですし、よかったなと思っています」

というわけで、最後に主夫生活を振り返ってもらい、4コマ漫画を寄稿していただいた。

かくして、始めは半ばなし崩し的に主夫という道を選んだムーチョさんだが、その目線は確実に前を向いている。家庭に入るという選択は、数ある職業などの選択肢のうちのひとつなのだ。そう考えれば、「働けなくなる」ということが、少なくとも暗中模索の恐ろしさばかりではないことが理解できることだろう。

ムーチョ
東京都在住の37歳、専業主夫。妻と、8歳と6歳の娘を持つ。元テーマパーク系企業の人事だったが、体調不良のため退職。その後、復職や派遣業を経て、現在専業主夫に専念中。主夫業の合間に描いた育児漫画ブログが注目され、漫画ブロガーのほか、イラストレーターしても活動中。
カタルエ(http://katarue.com


文=吉々是良