“自己責任社会・日本”を変えるカギは「増税」にあった

特集「もし、僕が明日から働けなくなったら」第4回

カテゴリ:国内

  • 日本社会の現実、大病したら子どもの将来は諦めなければいけない
  • 日本は、稼いだ貯蓄で何とかしなさいという“自己責任の社会”
  • 社会を変えるために、平等感を持てる財政変革を

病気などで長期的に仕事を休まざるをえなくなったら、自分と家族はどうなるのか――。日本はもしものときも安心できる社会なのだろうか? 6年前、自身も生命の危機に陥ったという、慶応義塾大学経済学部教授の井手英策さんに、財政の観点からみた日本の姿を教えてもらった。

日本社会の現実、大病したら子どもの将来は諦めなければいけない

さかのぼること6年前、外傷性の脳内出血で生死をさまよった井手さん。出血が止まらなければ、助かってもおそらく後遺症が残ると告げられた。

「運良く血は止まり、大きな後遺症は残りませんでした。ただ、病床でぼんやりと、『後遺症が残ったら、今まで通り仕事はできない。子どもの教育、生活費はどうしよう』と考えてました。最低限の暮らしはできますよ、日本にも社会保障はありますから。ただ、公立の小中学校、高校は行けるけど、幼稚園や塾、大学へ行かせるのはしんどくなる。自分が健康かどうかによって、子どもの未来が大きく変わる。そんな社会はおかしいと思いました

井手さんは、「もし幼稚園や保育園、大学の授業料がタダだったら、こんな心配しなくていいのに」とも考えたそう。ただ、大病をしたら貧困へ…という事態以上に現在の日本は深刻そうだ。

「日本には世帯年収が300万円未満の家庭がすでに全体の34%いるんですよ。病気になったら、貧困になるという話じゃなく、すでに生活が苦しい世帯が全体の3分の1いる。この人たちが病気になったらどうするんでしょうか」

高額療養費制度を利用すれば、一部の先進医療や無認可医療を除き、実質負担に上限がつく。世帯年収370万円未満なら、年間約57万円だ。しかし、年収300万円の人なら、収入の5分の1にあたる。

「ですが、この制度は差額ベット代や先進医療はカバーしていませんし、そもそもこの制度を使えるのは国民健康保険料を支払っている場合に限られます。保険料の滞納は全体の1割。多くの人が病気になったらアウトになるんです

平成27年 国民生活基礎調査の概況「所得の分布状況」より引用

日本は「自己責任社会」。20年で1500万円が消え、そして…

では、なぜ日本社会はそんな様相を呈しているのか?

日本は、稼いだ貯蓄で何とかしなさいという“自己責任の社会”なんです。子どもを大学へ行かせる教育費、老後の備えなどすべて貯金で賄います。日本の家計貯蓄率は戦後に急上昇し、高度経済成長期以降、先進国で最も高くなった。貯蓄しないと人間らしく生きていけないからです。

ところが、家計貯蓄率はマイナスを記録、世帯収入がピーク時(1996年)から2割近く減り、貯蓄できたはずのお金が消えてなくなりました。その額は1500万円。1500万円は高校・大学までの教育費や仕送り額に相当します。少子化と言いますが、子どもが育てられなくなるくらい僕たちは貧乏になったんです」

そんな日本に対し、ヨーロッパでは基本的に政府が教育・医療・介護などを無料あるいは低価格で提供している。これを実現しているのは、税金だ。

「すべての人間には必ず『暮らし』があります。教育、育児、保育、医療などが必要なのは、どんな国・社会でも同じ。これを満たさないと人間らしい生活ができません。ヨーロッパでは、そのために税金を払い、社会に貯金することにしました。

よく日本人は『税金を払うのが嫌だ』と言います。税金と社会保険料の負担を示す数値を“国民負担率”って言いますね。でも、負担率を上げることは、本来は、「暮らしに必要なものが提供される」ということ。反対に言えば、負担を減らすのは自己責任の領域が広がること。もし“国民受益率”という発想に切り替えれば、もっと税金を上げてほしいと感じるかもしれません」

「“私の貯蓄”を“私たちの貯蓄”にした方がいい」と井手さんは続ける。個々人が蓄えると将来不安のせいで必ず過剰貯蓄になり、そのぶん消費が小さくなってしまう。反対に、社会に貯蓄して公的サービスを拡充すれば、安心して消費できるし、サービス給付のための雇用を確実に生む。そうすれば、景気がよくなるうえ、いつ病気になっても心配しなくていい社会になるのだ。

社会を変えるために、平等感を持てる財政変革を

これは机上の空論ではない。現実にもそんな動きがある。

「大学・幼稚園・保育園の教育費無償化、地方自治体では子どもの医療費の無償化が次々と提案・実現されています。僕は民進党の調査会でアドバイザーをやらせてもらっていますが、政党を越えたレベルでも同じような方向に政策が向かい始めているように思います。今後もっと具体的な提案が出てくると思いますよ」

そして、特に我々が注目すべき議論は、2年後に控えた“10%への消費増税論議”だという。

「消費税が8%に増えて、なにか良いことありましたか? 僕は授業や講演で1万人以上の方に聞いているはずですが、良かったという人はほぼゼロでした。5%から10%へ上げる際の内訳は、4%が借金の穴埋め、残り1%の大部分は貧困対策です。これだと多くの人には何もこない。だからこそ、国民は抵抗をするし、安倍政権も2回増税を延期しました。この内訳のまま増税したら、国民は政府に愛想を尽かすのではないでしょうか」

井手さんが主張するのは、貧困層だけでなく、中間層も“受益感”を得られる、国民全体が納得できる増税。その方法が「2%組み替え論」だ。

2%のうち、1%分(2兆円強)でいいから中間層のために使ってほしいすると、介護・育児・保育の個人が負担するコストが驚くほど安くなります。国民が増税の効果、受益を実感すれば、次の増税への道が拓ける。次の増税では、例えば、半分を生活保障に、半分を財政再建に使えばいい。税金が人々の暮らしのために向けられて、今よりもずっと生活が楽になる。半分を国の借金返済にも回せば、今よりも健全な財政が出来上がります」

国民の政治に対する不信、さらに貧者や既得権に対する不公平感も解消され、生活における様々な問題が解決するという。

「安倍政権ほどの大胆な政策でも、経済成長は実現できていない。もはや政府が主導して、国民に貯金させるというモデルは破綻しているのではないでしょうか。日本は、新しい社会像を掲げて、財政政策を再構築する時期に来ている。発想をひっくり返して、これからは、収入増加より個人が支払う経費が少なくなる方法を考えませんか? 納税は、負担に感じるかもしれませんが、自分に返って来るようにすれば、負担が減る仕組み、いわば、痛みと喜びの分かち合いになるんです」

井手さんが財政の変革を通して目指すのは、「他者の喜びが自分の喜びと両立する社会」「スタート地点が公平で、勝者に惜しみない拍手を贈れる社会」。そのために、貧者にだけ恩恵を与え、対立をあおるのではなく、人間に共通した“生活のニーズ”に税を投入する。発想を転換し、「お金を取られないように」ではなく、「自分たちのお金の使い道をチェックする」ためにエネルギーを注ぐ、もうそんな時期が到来しているのかもしれない。

井手英策(いでえいさく)
1972年生まれ。2000年に東京大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学し、日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、現在、慶応義塾大学経済学部教授。日本医師会医療政策会議委員などを務める。専門は財政社会学。著書に、『財政から読みとく日本社会』、『経済の時代の終焉』(大佛次郎論壇賞受賞)、『分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略』など。


文=向川 毅