【東芝不正会計】西田厚聰元会長が死去。「最後のインタビュー」で語ったこと

〈実は身近な物語〉「剛腕経営」と「日本的資本主義の終焉」

カテゴリ:ビジネス

  • 西田氏は高度経済成長期のサラリーマンの典型だった
  • ある種大企業の社長とか役員会とかは裸の王様なのかもしれない
  • 高度経済成長の時代に世界を席巻した日本企業はもう変わらなきゃダメ

亡くなる2ヶ月前、3時間半の独占インタビュー

東芝の社長・会長を歴任し、2015年に発覚した不正会計問題の責任をとって相談役を辞任した西田厚聰氏が12月8日、急性心筋梗塞のため、都内の東芝病院で亡くなった。73歳だった。

東大大学院を修了し、1975年に30歳を超えて東芝へ入社、海外事業や「dynabook」などパソコン部門を中心に担当した西田氏。

2005年には社長に就任し、アメリカの原子力大手ウェスティングハウスを買収するなど、事業を拡大したが、相談役に退いていた2015年に、東芝の不適切な会計処理問題が発覚し、後任社長の佐々木・田中氏とともに辞任し、東芝に損害賠償請求訴訟を起こされていた。

そんな西田氏について最近執筆された書籍がある。

タイトルは『テヘランから来た男 西田厚聰と東芝壊滅』。西田氏が亡くなる2ヶ月前に、3時間半に渡って行なわれた独占インタビューと西田氏の半生、そして西田氏を通して東芝という“日本企業の姿”が描かれている。

西田氏への最後のインタビューを行なったジャーナリストの児玉博氏は、セゾングループの総帥だった堤清二氏のロングインタビューで、第47回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

様々な取材を続けている児玉氏に、西田氏の人となり、そこから見える日本企業の今後について聞いた。

(児玉氏へのインタビューは西田氏の生前に行われたものです)

児玉博氏

物凄く顔がはっきりしていた経営者

ーーなぜ西田氏についての本を書こうと思ったんですか?

彼は2005年に社長になったんですが、当時東芝は本当に選択と集中を進めていて「半導体と原子力で行きます、東芝はこうやって生きていきます」という形で、物凄く顔がはっきりしていた経営者だったんです。

東芝というような会社から、こんなはっきりした社長が出てくるんだ、というのがそもそも興味をもった始まりです。当時西田氏っていうと経営者として一番顔がはっきり、輪郭が見えている経営者でした。

そういう訳で、取締役の時から始まり社長になってからも含めて、4回くらいインタビューさせていただいていて、彼自身に非常に興味はあったし、その時に語る『未来』とか『将来』とか『日本の産業構造のありよう』とか、本当に当時オーラ出まくりの経営者でしたね。

本当にこの人が経団連会長になって、イラン人の奥様を連れて中東とかに行けば、今までの日本の経済外交と全く違う局面が出てくるんだろうなあと、当時考えました。

奥様がイラン人で、東大の大学院まで進んだにも関わらず、学問を捨てて実業の道に入ってと、経歴も、興味をそそるには十分な方でしたね。

ーーインタビューをした時、西田氏は9時間を超える大手術と3ヶ月に及ぶ入院生活を経て、ようやく退院したところだったそうですが、どんな様子でしたか?


やはりエネルギッシュな印象だった西田氏が、13〜14キロ体重が減ったって言っていましたけど、凄く痩せてたし、ちょっと浅黒くてエネルギーの塊だった人が真っ白な顔になっていて、やっぱり老いたなぁっていう風に感じて…

かつての西田氏は、自分自身に能力があるっていうことを彼自身自覚していたはずだし、8年間のビハインドを全部押しのけて次々とライバルを抜くことが彼のサラリーマン人生だったんです。

だからある種、高度経済成長の時代のサラリーマンの典型だったんだと思います。なんとしてものし上がりたい。そういう上昇志向がすごく強かった人でした。それをするだけの能力もやっぱりあったから。すごく、昭和の匂いがする人です。そういったところを見てきたから、余計衰えぶりが、痛々しいと感じてしまいました。

「100億200億とか、僕らの事業規模からすると多額ではない」


ーー本の中で、西田氏が海外で働いていた時は、相手の国の文化も全て調べ尽くして勉強した上で商売をしていて、不正会計の時のように数字だけをいう人ではなかったと書いていましたね。


本当に優秀だったんだと思いますよ。

東京大学の大学院で西洋哲学とか西洋政治学とか学んでいた人が、いきなり実業の世界の方に足を踏み込んで、たちまち頭角を表す。イランの東芝で現地採用されて働いていた時、現地の工場で使われた会計基準を自分で作ったりしていくわけですよ。そのイランのパース工場全体で東芝の5分の1くらいの利益を出していたんです。

その切り盛りっていうのを、現地採用されてすぐに西田氏はするようになったんです。多分その中で、実業でも通用する自信も持っただろうし、ある種の過信も持っただろうし、そういう優秀だった方が、最後ああいう風になっちゃうっていうのは本当に残念ですよね。

ーー東芝不正会計で問題となった、バイセル取引を悪用した利益の水増しについて西田氏は知っていたんでしょうか?


彼は全く否定しているけど、そんなことはないと思います。

西田氏がPC&ネットワーク社社長(社内カンパニー)の時にパソコン事業部では、前年度470億円の赤字が出ていて、それが翌年一転して80億円以上の黒字を出しています。“西田マジック”と言われているんですが、“西田マジック”を作ったのは当時パソコン部長の田中さん、のちの社長になる人でした。

それで自分はそんな末端のことまで知らないって彼はいうけれど、そんなことはないはず。それを西田氏が指示をしたかどうかは別で、バイセル取引を利用した水増しについては知っていたと思います。

ーー実際にインタビューをして、改めて東芝の不正会計についてどう感じましたか?

結局西田氏は株主代表訴訟を受けている身でもあるし、メディアでも凄く批判をされているということで、完全に自己肯定の意識、鎧を着ているというような感じで、全く悪くない、自分は不正会計などにも関与していない、と話していました。

あれだけ優秀だった人が自己弁護しかしないというのが、非常に意外でもあったし、いたましいなという感じでした。「100億200億とか、僕らがやっていた事業規模の1兆円からすると多額ではない」というような言い方をしていて、そんな風になっちゃうのかなぁという。

多分その時の東芝は断層があって、役員会に上がってくる数字というのも完全に作られた数字なんだろうなと。そういう意味ではある種大企業の社長とか役員会とかは裸の王様なんだろうと
本当に注意をして現場を見ない限りこういうことっていうのはどこでも起きているんじゃないのかなっていうのは思ったんですけどね。

日本企業はもう変わらなきゃ駄目

ーー不正会計が起きた一番の原因は何だと思いましたか?

やっぱり基本的には利益至上主義っていうことなんだと思います

西田氏の前に西室氏が社長をしていた時代に、カンパニー制、事業会社制を作って、そこで競わせるようなことをしていた、おそらくそこが一番の原因だと思います。そこで数字を作るっていうことが始まった。

株式会社の成り立ちっていうのは株主からお金を預かって、それを還元する。今でも内部留保って企業がすごくしているわけじゃないですか、企業のありようとしては、それは全部株主に還元するべきですよね。株主から預かったお金を投資して、企業って回すものなんだから。それを内部留保っていうのは、凄くおかしな話で。

ーー設備投資しないんだったら返すべき、ということですよね。

そうそう、完全にそうなんですよね。
だから日本的企業のあり方、今回の東芝だけじゃなくて神戸製鋼の不正なんかでも、日本的企業、自分の中で自己完結している日本的企業の有り様、日本的資本主義みたいなのものの耐久年数が来ているんじゃないですかっていう気はしますよね。

ーー神戸製鋼以外にも続々と出て来ましたよね。

やはり数字を作るということで、そのためならっていうことじゃないですか?本来であれば企業のありようっていうのをちょっと横に置いてしまっているんでしょうね。

日本の産業では、重厚長大(重化学工業等の産業)っていうのはダサいけれども、インフラを支える重厚長大は勤勉で確実、ということが売りだったんです。

その重厚長大産業で、こういう不正が起きているっていうことの現実、この現実から日本企業は目をそらしてはいけないし、ある程度高度経済成長の時代に世界を席巻した日本企業はもう変わらなきゃダメですよ、そこからは逃げられませんよ、現実逃避はダメですよ、っていうことだと思うんですけどね。


今回西田氏が亡くなったことを受け、改めて児玉氏に話を聞いた。

「あまりにも早かったと思います。
日本の社長経験者は、ほとんどが社葬なのにそれがありませんでした。
特異な経歴で32年間東芝のためにしゃにむに働いてきて、全て東芝のために、全てを投げ打って働いて来た企業戦士が帰るべき東芝のはずなのに、帰るべきところを断ち切られて、社葬をあげられずに亡くなってしまったのが、いたましく、哀れに感じてしまいます。」

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅


(執筆: editors room)