【パラアスリートの言魂】パラアイスホッケー上原大祐

子供たちに『夢を持つ自信』を届ける

  • パラアイスホッケー日本代表で活躍を続ける上原選手
  • 障がいを持った子供たちのチャンスを潰しているのは身近な人の事も
  • 子供達がチャレンジするチャンスのために全力を尽くす

パラアイスホッケー日本代表・上原大祐選手。

2006年トリノパラリンピックに日本代表として選出され、日本人選手最多ゴールを決めた。

2010年バンクーバーパラリンピックでは、準決勝のカナダ戦で決勝ゴールを決め銀メダル獲得に貢献。

そして、今回で3回目の出場となる平昌2018パラリンピック冬季競技大会で、新たな戦いに挑む。

『決めつけ』を変えていきたい

長野で行われているパラアイスホッケーの日本代表合宿で会った上原大祐選手は、激しいプレーの時とはうって変わって人懐っこい笑顔が印象的だった。

「僕、子供からも動物からも同じ仲間だと思われるらしくスグ仲良くなっちゃうんですよ」

笑顔で語る上原選手は、現役のアスリートであり、会社員でもある。

「障がいを持つ子供たちが、スポーツを全力で楽しめるように日本を変えていきたいと思っています」と上原選手は話す。

そのためには車椅子だと危ないとか、車椅子だとできないなどの『決めつけ』が良くない。その『決めつけ』が子供たちの可能性を奪ってしまうため、変えていきたい。

上原選手はそんな思いから、NPO法人D-SHiPS32(ディーシップスミニ)を立ち上げ、代表として“子供たちに夢を持つための自信を届ける活動”をしている。

チャレンジするチャンスを消してしまうのは身近な人たち

「障害を持った子供たちが何かやろうとすると最初に立ちはだかるのは身近な人たち、ご両親や医療・福祉関係の人たちなんです。チャレンジするチャンスを与えてもらえていない子供たちがいるんです」

本人がやりたいと思っても「障害があるから危ない」「そんなこと出来ないから」と子供たちの可能性を奪ってしまう事がある。

そういう『決めつけ』を無くして、子供たちが何かに挑戦し、それが出来た時に自信になる。

自信が付いたら「今度はこれをやりたい」と言える様になる。

そうして自分たちで自分たちの生活を変えていける事につながる。

失敗でも成功でも“経験値”が自信につながる

そう考えることができたのは、母のおかげだと上原選手は言う。

「うちの母は始めから『できない』は絶対に言わない人でした。
小学校になってきてみんなが自転車に乗り始めて、私も乗りたい乗りたいって言っていたんです。大体の親御さんたちは『自転車は足で漕ぐものだからできないよ』って言うと思うんですよ。
ただ母は、手でこげる自転車を探してきてくれて『はいどうぞ、大ちゃんにもこげる自転車だよ』って」

チャレンジすることは失敗だろうと成功だろうと経験に繋がり、その経験値が自信に繋がる。

「自分が氷の上に乗って戦うことで子供たちがスポーツをしたいと思えるのであれば、子供たちのために全力を尽くしていきたいなと思います」

そう話した上原選手の顔は、自信に満ちていた。


上原大祐(ウエハラダイスケ)


1981年12月27日生まれ 35才 長野県出身
NEC所属 パラアイスホッケー日本代表候補
生まれながら二分脊椎という障害があり幼い頃より車椅子生活になる。
19歳の時にアイスホッケーを始め、2006年トリノパラリンピックに日本代表として選出され、日本人選手最多ゴールを決める。
2010年バンクーバーパラリンピックでは準決勝のカナダ戦で決勝ゴールを決め銀メダル獲得に貢献。
現在はアスリートとしてだけではなく会社員、そしてNPO法人「D-SHiPS32」の代表として、「誰もが夢を持って挑戦する社会」を目的に活動している。


(PARA☆DO!:毎週水曜夜10時54分放送
https://www.fujitv.co.jp/sports/parado/



(執筆:PARA-DO)