ダイアモンド☆ユカイさんが語る男性不妊との向き合い方…キーワードは「Will」

特集「今こそ知るべき『男性不妊の真実』」第4回

カテゴリ:暮らし

  • 無精子症患者は「100人に1人」
  • 「避妊」は教えても「不妊」を教えない現代の教育
  • 子どもを授かるためには「強い意志」が必要

妻の付き添いで判明した「無精子症」

「子どもを授かりたいなら強い意志が必要」

そう語るのは、ロックバンド「RED WARRIORS」の元ボーカリストである「ダイアモンド☆ユカイ」さん。世のロックンローラーたちを魅了した日本を代表するロックシンガーだが、現在では音楽活動を中心にタレントや俳優として、多彩なスキルを活かしマルチに活動をしている。

そんなダイアモンド☆ユカイさんは、2011年3月に発生した「東日本大震災」を経て命の尊さを実感。「自分に何か出来ることはないか?」と悩んだ末、自身が「無精子症」であることを告白する。無精子症とは、精液内に精子が観察されない状態のことをいい、閉塞性と非閉塞性の2通りある。ダイアモンド☆ユカイさんの場合、精子は形成されるが物理的閉塞により精液と合流ができない閉塞性無精子症であった。同年7月に、『タネナシ。』という不妊治療経験を綴った告白本も出版し、「男性不妊」を広める芸能人の第一人者となる。

今回は、ダイアモンド☆ユカイさんに当時の状況を振り返ってもらうと共に、男性不妊との向き合い方についてお話を伺った。

——そもそも、どのようなきっかけでご自身が無精子症だと知ったのでしょうか?

当時、妻が30代半ばに差しかかったところで、「自分が今どんな状態なのか知りたい」って言ってきたんだよ。女性は35歳を超えると高齢出産になるからね。

それで、近所のクリニックへ妻に付き合って行ったんだけど、待合室にはものすごい人数の女性がいてビックリした。でもみなさん本当に真剣で、不妊治療されていることもあって、緊張感がひしひしと伝わってきたんだ。

妻が診察を受けて、実年齢よりも卵子の状態が良くて安心したんだ。「良かったなー」って思っていたら、先生が「あなたも検査してみませんか?」って俺に言ってきて。その時は寝耳に水っていうか…「え? 俺も?」みたいな(笑)。

それで、俺も受けてみたんだけど、その結果、無精子症だってことがわかった。「精子がゼロ」ってことは、精液内に精子自体が存在していないから、自然に子どもをつくることができないんだよね。


——無精子症だとわかった時、率直にどう思いましたか?

本当にショックだったね。「俺って男じゃなかったんだ」って思った。ロックンローラーだぞっていう男を売りにしていた強い想いが全て崩れていく感じだったな。その時、先生が「無精子症の人でも子どもができる可能性はある」って説明してくれたんだけど、あまりにショックで耳に入らなかった。


——治療はすぐに始められたのでしょうか?

いや、知った直後は本当にショックで、かなり落ち込んじゃって。自暴自棄になって、「別れた方がいいんじゃない?」って妻を突き放したこともあるけど、「ユカイさんを子どもだと思って、ずっと一緒に生きていく」って言ってくれたんだ。今思えば妻には感謝しているよ。

でも、無精子症の男性って実は案外多くて、100人に1人はいるんだよね。「そうか、決して珍しい病気じゃないんだよな」と思い切って男の不妊治療を始めて、何度か失敗したけど、有り難い事に子どもを授かることができたんだ。

若いからこそ「不妊」を意識するべき

——不妊治療と聞くと、世間一般的に女性のイメージが強いと思いますが、なぜ男性の不妊はこれほど認知されていないとお考えですか?

そうだね、男性不妊に対する世間の人達の認知度はまだまだ低いよね。でも俺が不妊治療をやり始めた頃に比べれば、男性不妊の認知度は着実に上がってきていると思うよ。当時は本当に“敬遠”されていたからね。


——敬遠ですか?

俺が不妊治療の経験を『タネナシ。』っていう本にまとめて発表した時、マスコミも含めて世間は敬遠していたように思うよ。どうしても腫れ物的な風潮があったんだよね。

でも、マスコミがある人気芸能人カップルの不妊治療を取り上げたことで、世の中が「男性不妊っていうのもあるんだ」みたいな流れになった。そのタイミングで俺の『タネナシ。』も取り上げてもらったんだ。

その後、医療費が高額になる男性不妊の治療に対して、東京都が助成制度をスタートさせたり、各地方自治体でも不妊治療に対する施策に前向きになったりしていったんだよ。まだまだ毛が一本生えたくらいの進み方かもしれないけど、着実に広まってきてはいるんだよね。


——どうすればもっと男性が不妊に対して意識を持つようになると思いますか?

男性は女性と違って、自分が出産を経験しないから「子どもをつくる」という実感がどうしても薄いんだと思う。もし夫婦のどちらかが不妊症だったら、「自然にできるだろう」と思っていても、なかなか子どもは出来ないんだよ。

だからこそ、学校の保健体育の授業で不妊についてきちんとした知識を教えた方がいいのかもしれないね。学校で「避妊」は教えるけど「不妊」ってほとんど教えてくれないじゃない? 誰にでも起こりうる切実な問題だから、国をあげて取り組むことで、みんなの意識も変わってくるんじゃないかな。

子どもを授かって初めて知った「与える喜び」

——2010年2月、ご夫婦の第一子となる「新菜」さんが誕生しました。お子さんが生まれてから変化はありましたか?

そうだね、子どもを授かったことで俺の人生は大きく変わった。もちろん人によると思うけど、俺は自分の人生にやりがいを感じるようになったよ。

あと、「与える喜び」を知ったね。俺って一人っ子だから、なにかを兄弟と分け合うという経験がなくて、何でも自分の好きなようにやってきたんだよ。それが、「与えることってこんなに喜びがあるんだ」ってことを知ったかな。


——これから子どもを持ちたいと考えているカップルや夫婦の方々にメッセージを頂けますか。

「Will(意志)」を持つことだね。強い意志がないと、なかなか子どもを授かれない時代になってきたのかもしれない。女性だけが頑張ってもできないことだから、男性の力も必要になる。共に歩んでいくっていうことが大切なんだよね。「もっと早く取り組めば良かったな」と悔いの残らないようにして欲しい。人生は一度きりだからね。


——今日はありがとうございました。

今回のインタビューを通じて、男性不妊は「決して他人事ではない」ということを改めて感じた。自覚症状が無いからこそ、男性は不妊というものを軽んじてしまい、気が付いたら手遅れになってしまうケースもあるようだ。「俺なら大丈夫」ではなく、「俺は大丈夫かな?」という意識を若いうちから持つことが、これからの時代の「男のマナー」なのかもしれない。


■ダイアモンド☆ユカイ 
1962年 東京生まれ。1986年、伝説のロックバンド「RED WARRIORS」のボーカルとしてメジャーデビュー。
人気絶頂期の1989年わずか3年の活動で日本武道館公演を最後に解散。
その後、「ダイアモンド☆ユカイ」として、ソロ活動を開始する。
現在は音楽活動を中心に舞台・映画・バラエティー番組に出演するなど幅広く活動する。
私生活では47歳にして自身の男性不妊を乗り越え長女を授かる。
2011年に自身の不妊治療と夫婦の愛と葛藤の日々を綴った「タネナシ。」を発刊し大きな反響を呼んだ。同年11月には双子の男の子も誕生し、現在1女2男の父親。


文=高橋一磨(ヒャクマンボルト)
写真=横山英雅