なぜ「子どもを育ててこそ一人前」という思い込みに縛られるのか?

特集「現代の『呪い』から解放される方法」第2回

カテゴリ:国内

  • 人の価値観は若い頃に作られる。“呪い”の正体は、現実社会と価値観のズレ
  • 過去の慣習に縛られる理由は、ルールを外れることへの恐怖感
  • “呪い”から解放される処方箋は、信頼できる友人をつくること

「この前、お客さんから『35歳を過ぎて一度も結婚したことがないと、ちょっと“訳アリ”に思ってしまう』なんて言われたんだよね。今32歳だから、タイムリミットはあと3年だねって……。彼女がいるし結婚を考えてないわけじゃないんだけど、結婚に縛られなくてもいいかなっていう気持ちもあるし。だけど、世間的にはそう見られるんだね……」

こうぽつりと漏らしたのは、飲食店の男性店主。お客さんと恋愛話をしていたときに、こんなやりとりがあったのだとか。

先日発表された国勢調査に基づいて国立社会保障・人口問題研究所が報告したデータによれば、2015年の生涯未婚率は男性が23.37%、女性は14.06%で、男女ともに5年前より3%以上増えている。特に都市部に住む人は30、40代の未婚者が珍しくないことを実感している人も多いだろう。

そもそも、結婚する・しないは本人たちの問題。結婚しない選択肢が当たり前になりつつある時代に、なぜ「結婚しないことは悪」といった風潮が依然として存在感を保っているのか。なぜ自分自身に“呪い”をかけるかのように、そういった思い込みを受け入れてしまうのだろうか。結婚や子育ての呪いについて、 『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)の著者で、男性学の第一人者である田中俊之さんに聞いた。

“呪い”の正体は、現実社会との価値観のズレ

「今の40代が生まれたのは1970年代。当時の日本は、全員とはいわなくても、多くの人が結婚し、男性は仕事、女性は家庭を守ることが一般的でした。そして、結婚したら子どもを産み、子育てについては女性が中心的な役割を担う。

私たちの根底にある価値観は、自分たちが若い頃に経験したことが作り上げるもの。なので、40代にとってはこうした結婚と子育てのありかたが基礎となっています。

ところが、今の時代は従来の家族のありかたから急速に変化しましたよね。自分の価値観と現実社会とのかい離、それが“呪い”としてのしかかっているのです。もし今も当時と同じように、男女の役割分業を前提とした発想や行動パターンは呪いになんてなりませんから」(田中さん、以下同)

周囲に「結婚しない」「子どもをもたない」という考えの人がいても、他人なら「そういう考え方もあるよね」と多様な価値観があることは受け入れられることは少なくない。しかし、それがいざ自分事となると、頭ではわかっているはずなのに、「結婚して当たり前」「子どもはつくるもの」という従来の価値観に縛られてしまう――。それによって、自分で自分を追い込んでしまうことがあるというのだ。

過去の慣習に縛られる理由は、ルールを外れることへの恐怖感

一方で、他人から従来の価値観を押し付けられることもある。たとえば、筆者の友人の男性は、年上の知人から「○○くん、男は子どもをもって一人前だよ。結婚したら子どもをつくらないと」と真剣に言われたという。友人は「そういう考えもあるかもしれないけど……」と考えてしまったそうだ。

なぜ私たちは、過去の慣習や価値観から逃れられないのか? 田中さんはその理由をこう説明する。

「一つは、今までのルールを変えることへの恐怖です。これまで、男性は仕事、女性は家庭で社会がまわってきました。それを変えるということは、男性が働かずに主夫として生きてもいいし、女性が外でバリバリ働くことになります。

でも、もし40代の男性で無職といわれたらどう思いますか? 『この人、大丈夫かな……』って少なからず思うはず。本来はそういう選択肢があってもいいはずなんです。ところが日本社会において、男性は仕事で評価される風潮があります。男性は仕事をしていないと後ろ指差される感覚に陥り、女性は男性に一家の大黒柱として稼いでほしいという価値観がいまだにマジョリティーなのです。お互いに不都合があると、変化は受け入れられづらいですよね」

「また別の理由としてもう一つ。ドイツ人の友人が日本人の価値観について研究しているのですが、日本人には苦労をして報われることを良しとする価値観があると分析していました。

結婚して夫婦生活を続けることや子どもを育てることには、喜びもありつつも苦難も多々ありますよね。独身でいることや子どもをもたないことは、相応の社会的責任を果たしていないという思いから、ラクをしているとみなされる。そこから、俺は重荷を背負ったんだから、お前だけ軽いのは許せないという考え方になるのではないでしょうか。極端な例をあげれば、昔は洗濯板で洗濯をしていたのだから、それを使えと言っているようなものです」

ずいぶんと不条理な話に聞こえるだろう。ただ、そんな風潮やルールであっても、多くの人がそれを受け入れてしまっている、あるいは受け入れざるを得ないのはなぜなのか。

「社会学の基本に、ルールや価値観はみんなが共同で作って支えているという考えがあります。誰も信じないならば、社会には存在しません。苦労し、努力しないといけないというルールや価値観が存在するのは、私たち一人ひとりがそれを暗に認めてしまっているから。つまり、特定の人や世代のせいにはできないのです」

“呪い”から解放される方法は……

多かれ少なかれ疑問を持ちながらも、社会全体が従来のルールや価値観を認めてしまっている現実。そんな状況下で、私たちがこの呪いから解放される手立てはあるのだろうか?

処方箋は、少数でもいいから信頼できる友人をつくることです。その人が『そうだね、そういう考え方もあるね』と受け入れてくれさえすれば、それでいいわけです。

『男は子どもをもって一人前だよ』というアドバイスも、自分のことをよく知ってくれている人が言っているのであれば、頭ごなしに価値観の押し付けと反発するのではなく、受け入れてみるのもいいと思います。でも、もしこれが見ず知らずの人からの言葉だったら、無視してしまえばいいだけ。つまりは、人との関係性の中で、誰が何を言い、そして自分がそれをどう思うかです。

また、呪いに縛られてしまうのは、親の期待に応えたいという真面目な人が多いかもしれません。『大卒だから、結婚相手も大卒じゃないと』『親がK大学だから、子どももそこに入れないと』など、私たちの身の回りにはさまざまな既存ルートがあります。親からすれば、子どもが型にはまった生き方をしてくれたほうが安心できますから。でも、30代以降は自分で自分の幸せを考えたほうがいいと思うんです。結婚、子育て、教育と、一つ叶えればその次に求められるものが出て、キリがありません。『足るを知る者は富む』という言葉があるように、自分がどれくらいの者なのかを知り、その範囲の中で幸せを見出してみてはどうでしょうか」


取材・文=南澤悠佳(ノオト)
イラスト=石井あかね

田中俊之氏
大正大学心理社会学部准教授。男性が男性だからこそ抱えてしまう悩みや葛藤を対象とした「男性学」を専門領域とする。主な著書に『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)や『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)など。