改憲派集会に安倍首相、中曽根元首相がメッセージ 

5月3日、「令和」で初めてとなる憲法記念日を迎えた。国会で憲法について議論する場は衆参それぞれの憲法審査会だが、1月から始まったこの通常国会では、5月9日に衆議院でようやく、憲法改正の是非を問う場合の国民投票のCM規制に関して実質的審議が行われる。しかしこれは、安倍首相が強い意欲を示す憲法改正の中身に関するものではなく、憲法改正の議論は停滞し、見通しは全く立っていないと言える状況だ。

こうした中で迎えた令和初の憲法記念日には、例年通り憲法改正推進派と反対派それぞれが東京都内で集会を開いた。
 
憲法改正推進派の集会は、「民間憲法臨調」と「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が主催する「公開憲法フォーラム」で、与党に加え一部野党の国会議員出席のもとで開催された。

「公開憲法フォーラム」(3日 東京・千代田区)
「公開憲法フォーラム」(3日 東京・千代田区)
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安倍首相は会合にビデオメッセージを寄せ、2年前に「2020年を、新しい憲法が施行される年にしたい」と発言したことについて、「今もその気持ちに変わりはありません」と強調した。

さらに安倍首相は、憲法9条への自衛隊明記について「全ての自衛隊員が、強い誇りをもって任務を全うできる環境を整えるため、憲法にしっかりと「自衛隊」と明記し、違憲論争に終止符を打つ。私は、先頭に立って責任をしっかりと果たしていく決意です」と気勢を挙げた。
そして、出席者に対して「令和元年という新たな時代のスタートラインに立って、私たちは、どのような国づくりを進めていくのか、この国の未来像について、真正面から議論行うべきときに来ているのではないでしょうか」と呼び掛けた。

安倍首相のビデオメッセージ(提供:民間憲法臨調・憲法国民の会)
安倍首相のビデオメッセージ(提供:民間憲法臨調・憲法国民の会)

また、憲法改正をライフワークとしてきた中曽根康弘元首相も代読の形でメッセージを寄せ、日本がこれまで憲法改正をなしえなかった原因を「戦争と敗戦の影響が、国民の厭戦感と重なって、大きな壁となってきたことは間違いありません」と指摘しつつ、「政治は正面から憲法改正に取り組むことを避け、憲法の行間を読むことで、どうにか現実との整合性を図ってきたというのが、戦後政治を生きてきたものとしての、偽らざる実感であります」として、政府による憲法の「解釈変更」で改憲から逃げ続けてきたとの私見を示した。
そして、「真に日本国民の手による、日本国民のための憲法を制定すべき時に至っております」として憲法改正の実現を呼び掛けた。

中曽根康弘元首相(集会は欠席 メッセージが代読された)
中曽根康弘元首相(集会は欠席 メッセージが代読された)

改憲派有識者からは憲法論議の停滞にいら立ちも・・・

一方、改憲派の有識者からは進まぬ国会論議へのいら立ちの声も挙がった。
 
民間憲法臨調副代表の西修氏は「平成のうちにできなかった最大の案件は憲法改正」と述べた上で、「まずは憲法審査会を動かすこと。これが最大の民主主義だ」として、国会は憲法審査会の議論を進めて、国民投票の発議を行うべきだとの考えを示した。

民間憲法臨調・西修副代表
民間憲法臨調・西修副代表

また、ジャーナリストの櫻井よしこ氏も「自民党・与党は憲法改正をすることができる状況にあるんです。ならばなぜ(憲法改正を)やらないのか」と指摘し、憲法審査会の議論が進展しないことにいら立ちを示した上で、「政治家は民主主義を信じているのか。政治家は国民を信じているのか。民主主義を信じ、国民を信じるための議論こそ政治が発信してほしい」「憲法審査会を一日も早く動かして頂いて、日本国の新たな可能性を、素晴らしい令和の時代を一緒に切り開いていきたい」と訴えた。

櫻井よしこ氏
櫻井よしこ氏

これに対して、各党の代表として出席した自民党の下村憲法改正推進本部長は、自民党としては「9条への自衛隊明記」や「教育の充実」などを盛り込んだ、改憲4項目の条文イメージを、憲法審査会で提示していきたいとの考えを改めて示した上で、「積極的な議論が行われるような国会になるように我々もしっかりと対処し、その結果を踏まえた7月の参議院選挙、憲法議論をさらにさらに前に進める」と述べ、参議院選挙でも重要な争点の1つになるとの認識を示した。

自民党・下村憲法改正推進本部長
自民党・下村憲法改正推進本部長

戦火のウクライナからの留学生の提言に息を呑む会場

また出席者の中でもっとも注目を集めたのは、ウクライナからの留学生であるナザレンコ・アンドリー氏の提言ではなかっただろうか。ウクライナでは2014年に親ロシア政権が崩壊しロシアと距離を置く政権が誕生。その直後にロシアはウクライナの領土だったクリミアに侵攻して一方的に併合し、その他の地域でも、ロシアの支援を受けているとみられる親ロシア派勢力と、ウクライナ政府系勢力の武力衝突が起きた。この影響は今も続いている。
 
5年前に来日したアンドリー氏は日本の憲法議論について、「毎日毎日新しい犠牲者が出ているウクライナの出身者だからこそ、どうしてもその議論に関心を持ちます」と述べた上で、「改憲に反対している方々の主張はウクライナが犯した過ちと非常に似ているので強い危機感を持ちました」と述べた。

ナザレンコ・アンドリー氏
ナザレンコ・アンドリー氏

アンドリー氏はその理由として、1991年にソ連から独立した後のウクライナは核兵器を放棄し、軍縮を進め、他国との軍事同盟にも加盟しなかったと指摘した。そして、アンドリー氏は次のように訴えた。
 
「戦火で燃え尽きた村の廃墟、ミサイルが落ちている中で学校の地下に隠れている子ども、20歳までさえ生きられなかった戦没者のお墓を見せて聞きたいです。あなたが望んでいる日本の未来はこれなのか。戦争は言葉によって止められるものなら、その言葉を教えてください。安全な日本にいるときだけは戦争のことばかり話しているのに、どうして実際の戦地に一度も平和の推進とやらを伝えに行ったことがないんですか。私に言わせれば抑止力をなくして平和を得た国はないでしょう」

アンドリー氏はこのように、護憲派への批判を展開した。そして、「抑止力は物理的なものだけではない」として、改憲賛成に多くの人が票を入れることでも、「外国によって強制的に押し付けられた法律を認めない」ことや「自衛隊は日本を守っているように、我々も自衛隊に協力し自衛隊員の権利を守る」ということになり、「最大の抑止力になる」との考えを示した。

また、アンドリー氏は「隣国に侵略されることを非現実的だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はウクライナ人だって2014年までみんなそういうふうに考えてきたわけなんです。しかし今、平和ボケしていた時期を振り返ると、戦争が一切起こらないと考えさせることも敵の戦術の1つだったと私はわかりました」と強調した。
 
さらに日本国憲法の前文に「平和を愛する諸国民」と記述されていることについては、「北朝鮮にしても、中国にしても、ロシアにしても独裁国家ばっかりではないか。その国の国民は、いくら平和を愛しても権力者が戦争をしろと命令したらノーと言えない」と指摘し、日本は憲法改正問題を先送りせずに進めるべきだとの考えを示した。

「許すな!改憲発議」護憲派集会には野党4党首出席し「9条は日本と世界の宝」

一方、憲法を守る立場の市民団体による集会には主催者発表で約6万5000人が集まり、「安倍政権のもとでの改憲発議は許さない」などと気勢を上げた。

「5・3憲法集会2019」(3日 東京・江東区)
「5・3憲法集会2019」(3日 東京・江東区)

登壇した戦争体験者の音楽評論家・湯川れい子さんが「戦争で人間が人間を殺すことは恥じなければいけない。憲法9条は日本の、世界の宝です。自衛隊を憲法に明記することを許していけない」と訴えると、参加者からは大きな拍手が沸き起こった。

この集会には、立憲民主党・国民民主党・共産党・社民党の党首がそろって出席した。

立憲民主党の枝野代表は、相次いで明らかになった政府の隠蔽、改ざんで「知る権利」が侵されているとの考えから、「今の日本の立憲主義はたいへんな危機にあるといわざるを得ない」と指摘。「権力は憲法によって正当化され、憲法によって拘束される。立憲主義は主義主張、政策、イデオロギーを越えて近代社会であれば必ず確保しないといけない原則だが、その原則が脅かされている」と述べた。

そのうえで「権力を憲法によって拘束するという『まっとうな社会』をつくるために、壇上にいる各党のみなさんとしっかりと連携して安倍政権を倒す、その先頭に立っていくことを約束する」と決意を表明した。

立憲民主党・枝野代表
立憲民主党・枝野代表

また、共産党の志位委員長は、9条に自衛隊を明記する改正案について、「海外派兵も徴兵制も核武装さえ可能にする歯止めのない軍事大国への道は断固拒否しよう」と訴えた。さらに「権力によって縛られるべき首相が自ら改憲の旗振りをすること自体が憲法違反ではないか。安倍首相に憲法を語る資格などない」と安倍首相を批判した。

共産党・志位委員長
共産党・志位委員長

「議論したい野党」に対して飛んだヤジ

野党党首の訴えに対し、参加者は拍手や歓声で応じていたが、激しいヤジを浴びせられた党首が1人だけいた。国民民主党の玉木代表だ。玉木氏が「令和初めての憲法記念日…」と切り出した途端、聴衆からは「令和と言うな!」「どこに来てると思ってるんだ!」との声が飛び、「みなさん、安倍政権の最大の問題は何だと思いますか」と話を振ると、聴衆の1人は「令和だよ、令和!」と大声で叫んだ。

国民民主党・玉木代表
国民民主党・玉木代表

改憲派の集会で安倍首相が改元にからめて憲法改正の決意を語るビデオメッセージが流れている時間帯に、元号法に反対する共産党の支持者も多く参加する護憲派の集会で「令和初の憲法記念日」と話し始めたことが、不興を買った直接的な要因だが、国民民主党の憲法に対する立場も影響していたと考えられる。
 
党の綱領で「現実的な安全保障」をうたう国民民主党は「現行憲法の基本的理念と立憲主義を維持しつつ、時代の変化に対応した未来志向の憲法を積極的に議論」するという「論憲」の立場をとっている。衆議院の憲法審査会への対応をめぐっては立憲民主党など他の野党と足並みを揃えているものの、国民投票法の改正については独自の案を準備しており、「静かに議論できる場をしっかりと整えてほしい」(玉木代表)と訴えていた。

一方で集会の参加者の多くは「憲法について議論すること自体が改憲につながる」との主張に賛同しているため、国民民主党の姿勢に対しては否定的な目を向けていたのだろう。ちなみに、去年のこの集会には、(すでに解散が決まっていた)旧・希望の党の代表だった玉木氏は出席していない。

論議停滞の責任めぐる“泥仕合”に決着は 

野党の中にも改憲論議に積極的な党は少なくない。独自の憲法改正案をとりまとめた日本維新の会や希望の党は、この日、安倍首相のビデオメッセージが流された改憲派の集会に出席し、あいさつをしている。それでも国会での憲法論議が停滞しているのはなぜなのだろうか。
 
与党側は、立憲民主党などが国民投票法改正の審議にすら応じない姿勢であることを「議論すること自体を避ける野党は間違っている」と糾弾している。野党側は、安倍首相の改憲を目指す発言が憲法順守義務に反する、あるいは安倍首相は憲法とは権力を縛るものだという立憲主義の意味を分かっていないと指摘し、「政府や与党が冷静に議論するための環境を壊している」と批判している。双方が停滞の責任を押し付け合っている格好だ

しかし、忘れてはいけないのは、まず憲法改正の発議をするのは国会であっても、憲法改正を決めるのは国民であるということだろう。「憲法改正権者」は国民だ。
 
一方、1人1人の立場や主張が違うのは、ある意味では当然といえよう。ウクライナ人の留学生、戦争体験者の音楽評論家、それぞれに思いがある。実は、改憲を訴える安倍首相と、改憲反対の急先鋒である共産党の志位委員長は、同い年、同学年だ。それでも立場はまったくの正反対である。立場や主張の違いを埋めるための手段には何があるだろうか。
 
1つは、双方が互いの意見をぶつけ合うことだろう。そして最終的には国民自身がどちらの意見が理にかなっているのかを決することになる。夏には参議院選挙が行われる。ここでどのくらい憲法改正が大きな争点になるかはまだ不透明だが、国会で責任の押し付け合いという“泥仕合”が続いた場合、いずれが正しいか、こうした機会に国民が審判を下すことになる。憲法をめぐる議論の主役は、国民1人1人だ。

(フジテレビ政治部 与党担当キャップ 中西孝介    野党担当キャップ 古屋宗弥)

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