【小出監督追悼】「一番楽な走り方でいいんだよ」それが生き方のコツとなった

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  • 小出義雄監督が80年の生涯を閉じた
  • 個性を重視し、全員に違った接し方をした
  • 「楽な走り方でいいんだよ」それが生き方のコツとなった

個性を重視した指導

平成の名伯楽、マラソンの小出義雄監督が80年の生涯を閉じた。
有森裕子さんや高橋尚子さんなど、 オリンピックの メダリストを 育てたことは 皆さんもご存知のことだろう 。小出監督 のもと、走っていた選手の中には、マラソン以外の 世界で も活動している人材も多い。ボクシングで複数の世界チャンピオンを生んだトレーナーの野木丈司さんは、よく知られている。

実は、海洋学を研究している私も教え子のひとりだ。
私は千葉県立佐倉高校で小出監督の指導を受け、千葉県大会を勝ち抜き全国高校駅伝に出場した。

そのときの7人のメンバーは、医師、国土交通省の官僚、大学教授が私も含め二人、飲食店経営、地方公務員、陸上の実業団チーム監督、皆が紆余曲折ありながら自分の目指した道を進んでいる。

小出監督は、チームとして画一的な指導はしなかった。すべての選手の個性を重視して、全員に違った接し方をしていた。だから教え子はいろんな世界で生きている。

教え方で共通していたのは、どんな時も怒らないことだ。

褒めて育てる

小出監督指導のもとでマラソンに出場した筆者

小出監督は、褒めて育てる。

 私には、いつも 「いいね、いいね」と褒めてくれた。成績が悪くても、「いいね、いいね、がんばったな 」と讃えてくれた。その言葉を聞くと、もっとがんばらなければとやる気が湧いてきた。

今でも苦境に立ったり、行き詰まったりした時、頭の中で監督の声が聞こえる「いいね、いいね、山田、頑張ってるね」

 監督はランニングフォームとかペース配分とかを指導することはなく、「一番楽な走り方がいいんだよ、それがお前に合った走り方なんだ」と教えてくれた。それは、監督が教えてくれた生き方のコツである。
            
マラソンランナーに銀座の真ん中を走らせたい。マラソンの良さを日本中に伝えたい。この小出監督の願いを聞いた石原慎太郎東京都知事が、日本財団の協力を受け「東京マラソン」が始められた。多くの人が、自分自身に挑戦し、東京の街を走っている。日本人を褒めて伸ばす、日本の指導者だったのである。

ご冥福を祈る。

【執筆:海洋経済学者 山田吉彦】