名将・ 小出義雄監督の“その気”にさせる指導力の秘密

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  • マラソンのメダリストを数多く輩出した小出義雄監督が80歳で亡くなった
  • 独特の指導法の原点はかつて市立船橋高校を全国高校駅伝で初優勝に導くいた教員時代にあった
  • 当時、まだ無名だった高橋尚子の才能を見出した秘密とは?

4月24日肺炎で亡くなった「育ての親」、小出義雄さんとの思い出をオリンピックメダリストの有森裕子さんは涙ながらにこう話した…

有森裕子さん:
“物事には意味のないものはない” …
どれだけ故障しても、それに意味があると立ち向かえた監督からの一番の言葉です。

高橋尚子さんなど多くの名選手を育てた小出さん。教員時代、市立船橋高校を全国高校駅伝で初優勝に導いた。

名将・小出監督その指導法とは

当時の部員はその指導力について…
龍谷大学河合美香准教授:
欠点があったとしてもいいところを伸ばすっていうそういう指導法をしていただいたと思います。

大阪芸術大学女子駅伝部中瀬洋一監督 :
いやだと思わせずにやらせてしまうのが小出監督の話術であり、気づいたら40kmくらい走っていた。

小出義雄氏は1988年に、実業団リクルートの監督に就任。
当時、中距離選手だった有森裕子さんをマラソン選手として鍛え上げ1992年のバルセロナオリンピックで見事、銀メダルを獲得するまで育て上げた。また有森選手は4年後のアトランタでは銅メダルとオリンピック2大会連続でメダルを獲得した。

競技後のインタビューに有森裕子さんは...
有森裕子:
初めて自分で自分をほめたいと思います。

そんな有森裕子選手に小出監督は
小出義雄:
ようやったね お前約束果たせたね。

4月24日、有森さんは当時を振り返ってこう話した。
有森裕子:
リクルート入って全然走れない私に困り果てた姿から、それでも練習メニューを一生懸命考えてくれたから、
けんかもしょっちゅうしましたけど、どう考えても私は幸運だったなと思います…監督と出会えて。

選手の才能を見出す力

その後、当時無名だった高橋尚子さんをマラソン選手として指導。
2000年のシドニーオリンピックでは金メダルを獲得するという日本の女子陸上界初となる快挙を達成した
当時の会見のやりとりでは、二人三脚で成し遂げた偉業であることを世間にも印象づけた。

小出さんの元でトレーニング経験がある松野明美さんは
松野明美:
世界一たぶんきつい練習をするのは小出監督だろうと思います。それでも小出監督の練習についていけたのは、監督が『今日の走りよかったぞ…とか そういう言葉を選手にかけるんですですよね… 。あのあたりはうまかったですね。

かつての恩師の死に、高橋さんはこのようなコメントを発表した。

高橋尚子:
オリンピックでメダルが獲れたのも、世界記録を出せたのも、今の自分があるのも小出監督のおかげです。
これからは大好きなお酒をたくさん飲んで、思いっきりかけっこして下さい。

(「めざましテレビ」3月25日放送分より)

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