「自分で責任を持って事に当たる」昭和天皇から引き継がれた陛下の平和への思い そして退位へ

カテゴリ:国内

  • 当時親子離れて暮らすのが基本の中、昭和天皇と幼少期の陛下の貴重な映像が
  • 敗戦時11歳の陛下は、昭和天皇のご苦労を直接見聞き
  • 「昭和天皇の御言動から学んだ大きなこと」とは

深い悲しみの中始まった「平成」

1989年、昭和天皇の崩御とともに深い悲しみの中始まった「平成」。新しく天皇に即位されることになった陛下は、即位後初の会見でこのように述べられた。

天皇陛下 :
天皇の在り方については、(昭和天皇に)お接しした時に感じたことが、大きな指針になっていると思います。

ゲームをされる、昭和天皇と幼少期の陛下。当時の皇室の制度では、親子離れて暮らすのが基本である中、一緒に映られている貴重な映像だ。

この時点では、黒い石を2枚白に変えた昭和天皇が、優位に見えるが…陛下は自分の番になると4枚の白い石を、一気に黒い石に変えて逆転!
大変喜ばれている様子がうかがえる。

皇室の歴史に詳しい モラロジー研究所 所功 教授は
「今の陛下は昭和8年生まれで昭和20年の敗戦の時11歳で、昭和天皇の御苦労を直接見聞きしておられ、なんとか平和でありたいという気持ちが強い。お父様が最高のお手本であり、そのご実績に学んでこられた」と話す。

戦後間もない1945年。陛下が11歳のときに昭和天皇から送られた1通の手紙、そこには・・・。

戦争をつづければ 三種神器を守ることも出来ず 
 国民をも殺さなければならなくなつたので
涙をのんで 国民の種をのこすべくつとめたのである
寒くなるから 心体を大切に勉強なさい
九月九日 父より 明仁へ
(橋本明「昭和二十年九月九日の陛下の手紙」より)

天皇として敗戦を受け入れる苦渋の決断が綴られる中、子を気遣う父の思いが垣間見える。

国民のために8年間かけて全国巡幸

終戦翌年から、『戦災復興の視察』として自ら“全国巡幸”を始められた昭和天皇。

当時、返還前だった沖縄をのぞく、46都道府県をおよそ8年かけてまわられた。

全国巡幸で広島を訪れた際には...

昭和天皇:
我々はこの犠牲を無駄にすることなく平和日本を建設し、世界平和に貢献しなければならない。

このように述べられた上で、敗戦のショックにあった国民と直接言葉を交わし、慰め、励まされた。

そうした思いを受け継ぎ、平成の世の幕開けとともに、新たに天皇に即位された陛下。昭和天皇と自身の天皇としての務めについて会見でこう述べられた。

天皇陛下:
昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ、国民と心を共にするよう努めつつ、天皇の務めを果たしていきたいと考えています。

その後、陛下は昭和天皇の意思を引き継ぎ、阪神淡路大震災や東日本大震災など数々の被災地を訪れ、被災者に寄り添い、励ましの言葉をかけてこられた。

昭和天皇へ退位のご報告「ほっとなされたと思います」

30年と4か月にわたって務めてこられた天皇の退位まであと7日と迫った4月23日、父・昭和天皇が眠る武蔵陵墓地を訪ねられた。

皇室の歴史に詳しい モラロジー研究所 所功 教授は「30年あまりお守りいただいて感謝に耐えませんというお気持ちと、これで元気なうちに次の皇太子にバトンタッチできることをご報告になって、ほっとなされたと思います」と話した。

陛下は2014年の会見でこのように述べられている。

天皇陛下 2014年:
人のことを常に考えることと、人に言われたからするのではなく、自分で責任を持って事に当たるということは、昭和天皇の御言動から学んだ大きなことであったのではないかと思っています。

(「めざましテレビ」4月24日放送分より)

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