「東工大の益一哉学長とNECの遠藤信博会長で対談企画をできませんか」

日本を代表する情報産業と理工系教育のツートップ対談が、FNN.jpオンラインで実現した。世界に負けないAIやデータ人材を創出するには、大学教育をどう変えるべきか?徹底討論する。

AI人材は日本で育たない?

NECの遠藤会長
NECの遠藤会長
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鈴木:さて、きょうはお二人に2つのテーマ、教育・人材開発と産学連携について伺います。まず人材開発について言うと、AIやデータサイエンスにおいて、いま日本は「米中に比べて圧倒的に人材が足りない」と言われていますが、そもそもなぜこんなことになったと思われますか?

遠藤: 「AIは米中がダントツで、日本が劣っている」というのは、技術者だけの問題なのかなあと感じています。たとえばNECは、AI領域の特許数が世界でもトップレベルなのですが、最終的にみえるのはアプリケーション領域なので、「日本は圧倒的に弱いよね」となってしまう。もう一つ言うと、AIは情報を作り上げているデータそのものから答えを作るので、データを持っていない限り絶対に答えは出ない。にもかかわらず日本はデータに対するケアが十分ではないと思います。

鈴木:AI人材と一言でいっても、技術者だけの話ではないと。

遠藤:単に技術者だけの話をしても、答えが出ないと思います。人間社会を理解してAIがどういう価値をもたらすのかを考える人と、技術を持っている人が結びつかないと答えが出ないんですよね。そういう中で東工大はリベラルアーツにも力を入れながら優秀な技術者を育てるという結果も出していてすごいなと思います。

益:東工大では戦後すぐに、「技術だけが東工大の使命か?技術者教育だけでなく教養教育をちゃんとやって、 世界に通じる技術者を育てるべきだ」とリベラルアーツ教育に力を入れました。最近では2016年に「リベラルアーツ研究教育院」を作り、「東工大立志プロジェクト」(※)を学士課程1年目からやっています。さらに修士課程や博士後期課程でも、技術だけに特化せず社会問題も考え、議論させる教育をやっています。

(※)「正解のない問いに対する答えを探し、自身を世界で活かせるよう、1人1人の志を立てる」をテーマに新入生向けに開講

鈴木:東工大では、どのようなAI人材の育成をやっているんですか?

東京工業大学 益学長
東京工業大学 益学長

益:国がAI人材の育成について言うときは、「文系の人にもAIを」という「文理融合」が強調されます。しかし我々は、技術者や科学者、研究者への教育も重要ではないかと主張しています。東工大には様々な分野の学生がいますが、すべての学生にとっていまやAIやデータサイエンスは「読み書き算盤」なので、本格的な専門教育に入る修士課程の基礎科目にしようと計画中です。一部は来年度から始めていこうと考えていますが、修士課程の学生は毎年1500人くらいいて、一気に全員に教えるのは体制を整えるのに少し時間が必要なので、せめて4割くらいの学生にそういうことをしていきたいなと思っています。

遠藤:いまPCをもっていない学生はいないのだから、Eラーニングで出来るところまではやって、必要であればそういう講義もやるというのがいいんじゃないですかね。時間や場所で制限されないし。NECはEラーニングを主体とした自己学習を3700人程度がやっていて、それ以外にも研修プログラムを特に営業系を対象にやっていますね。技術者はアプリケーションの発端が見えにくいので、営業系のレイヤーと技術者のレイヤーが一緒に組む必要がありますから。

益:そうですね。

大学入学はなぜ18歳?

遠藤:ところでいま大学への入学は何歳で出来るんですか?

益:一般的には18歳だよね。ほとんどの人が小・中学校の義務教育の後,高校を3年間通って、大学を受験します。

遠藤:そこが間違いなんじゃないかと。仲邑菫さんが10歳でプロ棋士になって、藤井聡太さんが14歳でなったでしょ。10代でも、すごい能力を持てることの証明なんだよね。これは今までの義務教育だけだと絶対に育たない領域だと思うんです。もし将棋が義務教育になると例えば「穴熊は6年生で」みたいにね、必ずそうなるのよ。

一同:

遠藤:そうすると藤井聡太さんは出てこないですよ。脳の発達は18歳がピークだという研究があって、そのあとは次第に能力が落ちてくるんだけど、そこまでの間にどれだけの能力を持てるかというのはとても大きい。NECはサイバーセキュリティのサマーキャンプをやっているけど、最年少の参加者は10歳なんですよ。

鈴木:つまり大学も、もっと早くから入学してもいいと。

遠藤:そう。大学ももっとフレキシビリティを持った教育プログラムにすべきじゃないかなと僕は思っていて、そういう能力のある人は16歳でも入学したらいいんじゃないかと。だって中高一貫の学校では、中学校の3年間で中高6年分を学び終える学校もある。

鈴木:そして「残りの3年間は受験勉強」と。

遠藤:そう。人生100年で脳の力がピークだという一番大切な3年間に、そんな無駄なことをしていていいのかと。そこに日本の教育を大きく変える可能性があることは確かで、それに対して我々に何ができるのかを真剣に考えるというのが本当の教育論。大学がどうあるべきかというのは、実は非常に些細な領域なんです、僕から言うと。

益:大学改革とか、枝葉末節的なことを言うなと(笑)。それで大学も遅ればせながら、高校生の時に大学の講義を受けに来てそれを単位にして、もし東工大に入ればそれを大学で取得したことにしましょうとか、少しずつやろうとしています。物理がやたらできる高校生がいて、東工大の1年生2年生の物理を受けて、単位を出して大学に入った時には物理はパスと。そうした制度設計をしようとしています。

遠藤:それともうひとつは、能力を認める側も方法論を持たないといけない。「仲邑菫さん、藤井聡太さん、あなたはプロです」と認める囲碁・将棋界があるわけですよ。では企業は16歳でもプロと認められるのかというと、できていないと。10歳の子が我々のサマーキャンプに来てくれるんだから、16歳の時にプロの能力は十分あるはずですよ。

鈴木:そうなると大学側も企業側も、もっと年齢にフレキシビリティが必要になりますよね。

遠藤:その通り。さらに企業は、もっと明確に「あなたはプロです」と言える能力をもたないといけない。

人生100年時代の大学教育とは?

 
 

鈴木:いま元気な高齢者にはもっと働いてもらおうと政府も言っていますね。またリカレント教育、学び直しも奨励されていて、企業、大学の教育への考え方も変わってきたんじゃないですか?

遠藤:これまでは80歳くらいまでの人生の中で、22歳で卒業証書をもらって、60歳の定年までの40年間は自分で勉強したんだよね。それが人生100年時代になると、22歳の卒業証書では、もうもたないですよ。だから大学でもう一度勉強して、70歳を超えてもう一度企業に戻るような仕組みが絶対的に必要だと思いますね。

鈴木:東工大もそうすべきだと?

遠藤:東工大はかなり革新的な大学になっておられますね。ただ大学自体の価値を上げるために、いい学生を輩出するのは基本だけれど、日本の価値創出能力を高めるための人材育成のあり方を、特に東工大にはお考えいただきたい。
それから「人生100年時代」は必ず来るので、これに対して大学はどういうポジションを取るべきなのか、そう言うところもお考えいただきたいですね。

益:学び直しに関して言うと、アメリカではオンライン教育でデータサイエンスやセキュリティをすごくやっていますね。例えば、ジョージア工科大学では、オンライン教育でデータセキュリティとデータサイエンスの大学院修士プログラムを6000人規模でやっています。学生の年齢層が広くて、それこそ学び直しをやろうという人たちがいて、学位をもらって転職していく。40歳くらいで一回、60歳くらいでもう一回学び直しをやっていく。そうなると大学が提供するプログラムも変わらざるを得ないと思います。

鈴木:私もいまの職を続けながら早稲田大学の大学院で学び直しをやっていますが、周りでもずいぶんこうした人が増えていますね。

益:学び直しでは、修士や博士号を持っている社会人がもう一回大学に入学して、3年でも5年でもその企業と接点のある研究をやるという手もある。社会人が博士論文を書いてキャリアアップするというのを、もっとうまくやれないかなと僕は思っています。学び直しに大学がもっとコミットしなければいけないというのは強く同意します。

大学は「教育」から「学育」へ

鈴木: これまで学びの年齢にフォーカスしてきましたけど、大学の教育のありかたそのものについてはどうですか?

遠藤:人間の特徴は、自分を育てるものには必死で勉強するんだけど、教えられるものに対しては勉強しない。だから、本来は教えることが教育ではなくて、自分が何を育てて自分の能力にしていくかという仕組みが将来的にとても重要なんじゃないかなと。大学にはカリキュラムをもうすこしフレキシブルにする仕組みがあってもいいし、それが本当の意味での、日本全体で高い教育レベルを保つことになるんじゃないかなと思います。

益:その通りですね。東工大は、教育力や研究力を高め、それを可能にするガバナンス力を強化する目的で2016年に大きな改革をしました。教育について、我々は「Student-centered learning」と称しているのですけど、学生がカリキュラムをかなり自分で選べるようになっています。

鈴木:さきほど言われていたリベラルアーツもそうですね。

益:そうです。「東工大立志プロジェクト」や3年生向けの「教養卒論」などの授業では、「自分はいったい何をやりたいんだ」ということを叩き込んでいます。いま学生は学士課程を卒業して修士に行ってやっと博士というようにやっているから、博士後期課程の頃には息切れしている。ですから学士課程の学生でも早い段階で、興味があるなら研究室に入ってもいいだろうと。「そこでやってみよう」と思う学生がいればそれでいいし、やりかたとしては非常にフレキシブルになっているのがいまの東工大です。

遠藤:ツールはICTでいろいろなことができるので、一つの教室にみんなで集まって先生が教育するという方法を必ずしも取らなくてもいいし、そういう教育のフレキシビリティを考えてくれればいいんじゃないかな。いずれにしても教える教育は、大学には本来あわなくて、やはり育てる教育に多くの時間を割いていただくことが、本当のいい人材を輩出することになるんじゃないかと思いますよ。

益:そこで言うとね、「教育」という言葉がそもそもまずい。「教えて育てる」でしょ。上から目線なんです。いつも言っているんだけど、本当は「学んで育つ」、つまり「学育」なんだと。「大学は教育の場である」というのは、本当は間違っているかもしれない。「大学は学育の場である」、自ら学んで育つ場だと。

遠藤:「教育」は義務教育っぽいんだよ。それだと大学では目標感を持たずに、社会に出てしまう学生が多くなっちゃうかもしれないね。

入試は大学の多様性を奪っているか?

益:あと、企業から大学を見たときには、「学んで育つような人材を育てろ」となるんだけど、大学で学育はある程度できる様になってきたけれども、入試、すなわち入口にも問題がある。

鈴木:大学入試のどんなところに問題があると?

益:いま僕は教育、研究のすべてに多様性が重要だと言っています。もちろん東工大に入ってくる学生の多様性も重要です。重要な視点が、国際性にも繋がる留学生、日本の中での多様性、そして東工大が最も取り組みたい女子学生の3点です。留学生は学士課程で約5%、博士課程になると20%を超えます。学士課程では英語だけで卒業できるプログラム(※)がありますし、大学院では講義は基本的に英語にしましたので、留学生へのバリアはかなり低くなったと思っています。

(※)「Global Scientist and Engineer Program, GSEP」

鈴木:では「日本の中での多様性」とは、何を指すのですか?

益:色々な理由があるだろうけれども、地方出身者が減少している現状があります。ここ数年、関東近郊出身者が7割を超えています。これでは日本を代表する理工系総合大学と言えるかという気がしています。地方出身者を対象とした給付型奨学金なども用意していますが、まだ不十分です。

鈴木:入学者の関東近郊の集中は、東大や早慶も同じ傾向にありますね。

益:そう、ほかの大学も同様だと思います。

鈴木:そして女子学生ですか。

益:難問の学士課程の女子学生比率ですが、30年ほど前に10%を超え、今年は約12%です。地方や女子の学生の方への宣伝だけでこれを増やすことは、不可能であると認識すべき段階にあり、かなり思い切ったことをしなければならないように思います。

鈴木:入試でかなり思い切ったことをしなければいけないと。

益:大学には、社会に何らかの貢献ができる人材を輩出することが期待されています。しかし、現状では、大学で何を学んだかとか、どれくらいの達成度があったのかで評価されず、入口、すなわち大学入試のみしか評価されていない。入口においての厳密性を求めるあまり、今大学では非常に膨大な人的、時間的資源を費やしています。教育の中身や出口管理により時間をかけることができるように、今の入試体制の再検討が必要ではないかと思っています。

鈴木:なるほど。入試体制の再検討は、今後の大学教育改革のキモとなりそうですね。

(後編に続く)

 
 

日本電気株式会社 代表取締役会長  遠藤信博プロフィール
1981年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了 工学博士取得
1981年 入社
2006年 執行役員兼モバイルネットワーク事業本部長
2009年 執行役員常務
2010年 代表取締役執行役員社長
2016年 代表取締役会長

東京工業大学 学長  益 一哉プロフィール
1982年 東京工業大学大学院理工学研究科 博士後期課程修了 工学博士取得
1993年 東北大学電気通信研究所助教授
2000年 東京工業大学精密工学研究所教授
2016年 東京工業大学科学技術創生研究院長
2018年 東京工業大学学長

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款著書
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鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。