「そういう星の下に生まれた…」なぜ?活躍ぶりが大谷選手の陰に隠れてしまうメジャーリーガー

  • 話題になるような活躍が大谷選手の陰に隠れまくってしまう平野選手
  • 女子バスケットボールの最高峰WNBAのトップ選手は出稼ぎに出る!?
  • アスリートに聞く「語学力」。意外にもノリとスマイルで乗り越えられる?

日本だけでなく、世界で活躍するアスリートたち。

4月21日放送の「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系)では、川澄奈穂美選手、渡嘉敷来夢選手、羽根田卓也選手、平野佳寿選手の海外で活躍する“侍アスリート”のほか、世界を知る高橋尚成さん、武田修宏さん、丸山桂里奈さんらも参戦し、お金や待遇などの事情を公開した。

自分と大谷選手の活躍が同じ日に…

大谷翔平選手が新人賞を獲得するなど、“大谷フィーバー”で沸いた2018年のメジャーリーグだが、その陰で、アリゾナ・ダイヤモンドバックスに所属する平野佳寿投手は、偉業を成し遂げていた。

この年はメジャーリーグ1年目にして上原浩治選手らの持つ73試合を抜き、歴代日本投手のシーズン最多記録となる75試合に登板。チームを勝利に導くリリーフエースとして4勝4敗3セーブ32ホールドの活躍を見せた。

さらに「MLB2018ホールド数ランキング」では、メジャーリーグの並みいるリリーフエースを抑えて3位に食い込み、野球記者協会が選ぶ「ダイヤモンドバックスの新人王」にも輝いた。

だが、その渋すぎる職人のようなプレースタイルに、イチローが平野選手の活躍ぶりを冗談交じりに「地味すぎて…」と答えるなど、活躍の割になかなか注目されない野球人生を歩んできた。

小学3年生の時に野球を始め、中学時代はピッチャーを務めるも大会で目立った成績は残せず、無名の選手だった。高校は親戚のツテを使って強豪校へ。高校2年生の時に春の甲子園へと出場し、リリーフ登板という大チャンスが訪れるも、9失点でチームは敗退。リベンジを誓った高校3年生、最後の甲子園では腰痛でスタメン入りならず、ボールボーイとして甲子園を走り回った。

ところが大学に進学すると、その才能が開花。京都産業大学で“負けないエース”として活躍し、「関西6大学野球リーグ」で、通算36勝、404奪三振。この記録は未だに破られていないという。

絶対的エースの当時の様子を、硬式野球部の勝村法彦監督に聞くと、「体のバランスと体のしなりが一番の魅力でした」と話し、さらにその勝負強さについては「当時はまだ寮に電話当番があって、1年生が電話当番をしていて、休みの日はじゃんけんをして負けた人が電話当番をしていたんですけど、平野は1度も負けなかった。それくらい勝負強かった」と振り返った。

しかしメジャーリーガーとしては少し地味な伝説。“記録より記憶に…”とは真逆の道を歩んできた平野選手だが、2005年には契約金1億円で、ドラフト希望枠でオリックスに入団。

1年目から先発投手として7勝をあげ、オールスターにも出場。2014年にはクローザーとしてシーズン40セーブというパ・リーグ新記録を樹立し、翌日の新聞一面を飾るかと思いきや、ヤクルトの真中満監督の就任決定ニュースと重なり、話題を奪われてしまう。

決して派手さはないが、堅実な投球に球団からの信頼は厚く、シーズン後には3年9億円という大型契約を結んだ。しかし地味さは変わらず、2017年のWBCで初めて侍ジャパンに選ばれ、投手最多の6試合に登板し快投を見せるも、他の選手の活躍に話題を奪われる。

一方で、このWBCでの活躍は世界最高峰のメジャーリーグのスカウトたちの目に留まり、2018年に「アリゾナ・ダイヤモンドバックス」に入団することになる。契約年俸は2年で6億8000万円と、ついにメジャーリーガーになった平野選手。

記念すべきデビュー戦では無失点に抑え、日の目を見るチャンスを獲得するも、同じ日に大谷選手がメジャー初ヒットを記録。9月には平野選手が記念すべき初セーブを記録するが、同じ日に大谷選手が「週間MVP」を獲得。

さらに、日本人選手歴代最多となるメジャー75試合登板という大記録を樹立するが、同じ日に大谷選手が盗塁を決め、メジャー史上初となる「20発10登板10盗塁」という大偉業を成し遂げてしまった。

話題になるような活躍が、大谷選手の陰に隠れまくってしまう平野選手。不運が重なり、埋もれがちなところもあったが、地元紙『アリゾナ・セントラル』からは「最近来た日本人投手の怪我や不安定さを考えると、ヒラノは彼らの中で最高の投手だ」と絶賛されている。

番組MCの浜田雅功さんが、いつも話題をさらわれてしまう平野選手に「ちょっと悲しいですよね?」と問うと、「そういう星の下に生まれたということで…」と淡々としていた。

また、「球場から空港までバスをパトカーが先導してくれますし、(専用チャーター機の)横までバスが着くのでそのまま乗ることができる」と、メジャーならではの待遇を明かした。

だが、夢のあるメジャーリーグでもシビアな面もあるといい、「すぐに解雇になる選手もいて、頑張って投げていた選手が急にいなくなったり、入団する前にしっかりと契約をすることが大事な世界だと感じた」と話した。

身長193センチという日本人離れした体格で、現在日本代表のエースである渡嘉敷来夢選手は、3年に渡って女子バスケットボールの最高峰WNBAでプレーをしていたが、「WNBAのリーグは、あまりお金は良くない」と告白。

「男子NBA選手のステフィン・カリー選手はNBAで最も高い約42億円。WNBA選手はトップでも1千万程度で、リーグが終わったら他の国に行って出稼ぎです。ヨーロッパやロシア、中国はお金がいいので、トップ選手はそこに行きます」と明かした。

父の全力サポートで獲得した銅メダル 

リオオリンピック・カヌースラロームで銅メダルを獲得した羽根田卓也選手。だが、その裏には父親の全力サポートがあった。

今から31年前、羽根田家の3兄弟の次男として生まれ、元カヌー選手の父・邦彦さんの勧めで、小学3年生でカヌーを始めると、すぐにたぐいまれな才能を見せたという。

カヌーに魅了され、練習に打ち込んだ羽根田選手は、高校3年生の時にアジア大会で優勝。そして、高校卒業を機に海外スポーツ留学を決意した。

日本にはカヌーの練習に適した環境がなかったため、今後世界で戦うにはカヌー強豪国・スロバキアでのトレーニングが必要だと感じ、父親にその気持ちを伝えた羽根田選手。

息子の本気に自分も本気で応えてあげたいと、邦彦さんはまず海外スポーツ留学をするために必要なことをリサーチ。すると、長期滞在用のビザは学生ビザしかないと知り、大学と大学院の進学を手配して学費をサポートした。

アルバイトをせずに練習に専念できるように、月々の生活費や海外遠征費もサポートし、その金額は年間で約400万円、これを6年間も続けた。

父親の献身なサポートの甲斐もあり、必死でカヌーに打ち込み、実力を伸ばした羽根田選手は、留学10年目にして、見事リオオリンピックで銅メダルを獲得。これはアジア人初の快挙で、“陸上100メートルで日本人が表彰台に上がるほどの大偉業”とも言われている。

父・邦彦さんも「カヌー競技でメダルはすごいし、それが自分の息子だったのはうれしいこと」と当時を振り返った。

帰国後の会見で羽根田選手は「父の首にオリンピックのメダルをかけると約束していたので、約束が果たせてうれしい」と話していたが、なんと2週間以上も報告がなく、邦彦さんは「空港に着いて迎えに行ったときに初めてメダルを見た」と明かした。

浜田さんから「何をしていたの?」とツッコまれ、羽根田選手は「父がすぐにリオから帰国しちゃったんです」と動揺を見せつつ、「自分はできるだけ早く父にメダルを掛けたいと思って楽しみにしていたんですけど、空港で報道陣の方が待ち構えていて、約束を耳にしていたのか、父が花束もって待ち構えていたんです」と経緯を説明。家で静かに父親にメダルを掛けたかった羽根田選手だが、“お膳立て”感が出てしまい拍子抜けしてしまったという。

アスリートに語学力は必要? 

世界で活躍するためには、語学力が必須だと思いきや、実は意外にも英語が話せなくても乗り越えられるという侍アスリートたちもいる。

一問一答でアスリートたちの本音に迫る「ジャンクアンケート」で、「外国語がしゃべれるようになった」という質問に、羽根田選手以外はNOと回答。

羽根田選手は「スロバキアに行って、最初は片言の英語から始まったんですけど、2年目くらいからスロバキア語しか話さなくなりました」と明かした。また、現在拠点としているスロバキアでは、カヌー選手は日本でいう“プロ野球選手並み”の認められ方をしているといい、スロバキアの超人気番組にも出演し、ペラペラなスロバキア語を披露した。

一方で、NOと回答した川澄選手は「(話せなくても)なんとかなるので大丈夫です。通訳もいないですけど、ノリとYES、NO、スマイルが一番です!」と話し、渡嘉敷選手も「1年目は通訳がいましたが、2、3年目はいなくて、ニコニコ笑ってYES、NO、ウェーイ!」と、“ノリ”で乗り越えてきたという。

同じくNOと答えた平野選手はノリだけでは難しかったようで、「通訳がいます。僕から離れるなって言ってます」と明かしていた。

日本を飛び出した“侍アスリート”たちの今後に期待したい。

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