“一線”を超えた返還記念日

若者たちは何かにとりつかれたように太い鉄パイプをガラス窓に振り下ろしていた。「逮捕されてしまう。やめてくれ」懇願する民主派議員の声にも耳を貸さず「議会は死んだ!」と叫ぶ若者もいた。

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中国本土への容疑者移送を可能にする逃亡犯条例の改正案に反対する香港のデモ。

収まる兆しが見えないまま、ついに“一線“を超えてしまった。
返還22年目の記念日は衝撃的な1日となった。

議会への侵入直前、これまでデモ隊が集まる場所だった正面入り口前は、ヘルメット・マスク・ゴーグル姿の若者でぎゅうぎゅう詰めだった。
ガラスをたたき続ける者、前へ前へと進もうとする者、撮影するカメラを傘で遮る者。
「加油!加油!!(がんばれ!がんばれ!)」
異様な熱気の中、若者たちの声がこだました。

議場を占拠した若者は
「改正案を撤回しろ」
「行政長官は辞任しろ」
「香港は中国ではない」
などとスプレーで落書きし、これまでに逮捕されたデモ参加者の釈放などを訴えた。
また、「お前たちが平和的な訴えは役に立たないと教えたからだ」とも主張した。

議会突入が決まった裏側は・・・・

「彼らはおかしいです」
「どうなっているのか。全く分からない」
騒然とする議会前で若い男性が訴えた。

この1か月、抗議活動の参加者の多くは、平和的に抗議を続けてきた。
彼の表情には、まさか、、、、という戸惑いが見てとれ、かわいそうな気持ちになった。

参加者も予想しなかった過激な行動について、香港メディア・サウスチャイナモーニングポストは、「議会突入に確固たる計画はなかった」と伝えた。記事によれば「突入計画は、これまでの様々な行動のようにネット上で計画を作って行わず、当日午前に30人ほどのグループが、“もっと強硬な手段”に出ることを決めて実行された」。挙手による採決に大半が賛成し、より大きな200人ほどのグループに伝達された。そこでも警察が準備してしまう恐れもあると賛成が大勢となり、平和的にデモを続けようとする人達は止めることしか出来なかったという。

別のメディアは、現場にいた14歳の若者が議会侵入は自らの決断として、「平和なデモに望みはないと感じた。違法行為と分かっていたが衝撃を与えないと要求を分かってもらえないと思った」と話したと報じた。明確なリーダーがいないデモ隊ゆえの混乱だったのか。

一方、2014年に民主的な選挙制度を求めた雨傘運動の中心団体のメンバーで、運動の女神と呼ばれたアグネス・チョウ(周庭)さんは、日本に向けてとする文書を発表、「暴徒と呼ばないで欲しい。賛成しなくても理解はして欲しい」と訴えた。

「突入によって訴える手段に出たのは、過去1ヶ月、いや、過去10年、20年にわたり香港政府と中国共産党政権が香港市民の願いと私たちの民主に対する訴えを全く尊重しなかったためです。」

「過去20年、香港人は全ての方法を尽くしました。一度、また一度と、あきらめずに訴えてきましたが、政府は聞いたり、尊重したりしたことがありません。たとえ3人の若者が自殺しても反応を示しません。一言の反応もないのです。多くの若者にとって、これは香港の最後の重大な局面です。彼らは自分の命を賭けてまで、真の民主と正義を得たいと考えています。」

香港は中国による締め付けが進み、高度な自治を認める一国二制度は形骸化する一方だ。トップの行政長官は親中派からしか選ばれず、選挙も民主派の声は反映されにくい仕組みだ。条例改正が実現すれば司法にも中国の支配が及び、香港の民主・自由社会に事実上とどめを刺すことになる。それは許さないという抗議の中、撤回を訴える複数の若者が自殺したこともあり、「なぜここまで訴えても応えてくれないのか」という怒りがある。暴力はダメだが政府が若者の声をもっと聞くべきだという市民の声もある。

これまで若者たちは平和的な訴えで香港市民や国際社会の支持を広げ、香港・中国両政府に圧力をかけ続けてきた。100万人もの市民が繰り出したデモは、香港の未来を守ろうと先頭に立つ若者を後押しする民意だ。その力で少なくとも政府に改正案の廃案は受け入れさせた。

しかし、今回の過激な行動には若者を支持する市民からも批判の声が上がった。「我々を暴徒と呼ぶな」と訴えていたデモ隊。しかし、今回の事態で市民にデモ隊に対する嫌悪感が生まれ、デモ参加者の間にも考えの違いが広がれば、抗議活動は広範な支持を失いかねない。

政府は改正案の「撤回」を明言しておらず、抗議が続く可能性はある。前代未聞の事態で、今後“潮目が変わる“かもしれないとも感じる。

警察は排除せずわざとやらせた?

1日午後始まった議会周辺の破壊行為で違和感を覚えたのは警察の静観とも言える対応だ。若者が突進を繰り返すガラスの向こうに並ぶ警官たちは、時おり警告し、侵入しようとすれば催涙スプレーをかけたが排除はしなかった。デモ隊が議会内になだれ込んだ時も中にいなかった。

結局、半日が過ぎた午前0時ごろに催涙ガスであっという間に強制排除。先月、催涙ガスを使った強制排除で批判され、厳しい対応はとりづらかったのかもしれないが、「やろうと思えば排除できるのに、ここまでやらせたのはなぜか。わざとやらせているのか」と現場で感じた。

またデモ隊が警察に“謎の液体”をかけ警察官10数人がけがをした、というニュースも大きく報道された。さらにネット上には、「暴動は裏社会の人間が雇われて起こした」との“噂”すらあると聞いた。デモ隊は暴徒だ、そんな印象を与えようという意図が働いていたのか。

林鄭月娥行政長官は「香港では法の支配が何より大切だ。社会も今回の行為を非難することが正しいと賛同すると信じる」と述べ、刑事責任を追及すると強調した。辞任要求を突き付けられ、非難を浴び続ける長官がこれをきっかけに被害を強調し、社会の賛同、つまり民意を味方にして厳しく対応しようという意図も透けて見えた。

実際 、政府はデモに参加した人たちを次々 と逮捕し、 これを機に刑事責任に追及に力をいれている。 反発するデモ隊側がさらに過激な手段をとる恐れもある 。

中国政府に介入の口実を与える結果に?

香港政府の対応を支持してきた中国政府は、「法治を踏みにじり、厳重な違法行為で社会秩序に危害を与えており強く非難する」と批判。「違法行為は一国二制度への公然たる挑戦だ」と非難した。中国政府が、香港への締め付けや介入を強める十分な理由が出来たと考えてもおかしくない。

午後10時半ごろ「警察がデモ隊の排除を予告した」との情報が入った。女性と2人でいた若い男性が「今夜は催涙ガスがくる。気を付けてください」と注意してくれた。

それから1時間あまり。強制排除に臨む警察の隊列が、静かな道路をざっ、ざっ、ざっ、という音を立てながらデモ隊に向かっていた。それを見ていて、漂い始めた催涙ガスを吸ってしまった。せき込みながら、ひたひたと近づく中国政府の強硬対応や圧力強化を想像した。

翌日夜、香港政府が声明を出した。「行政長官が現在の混乱に対応するため人民解放軍に協力要請した」と報じたネット記事について「事実無根だ」と否定するものだった。それでも、軍の香港駐留基地は議会のすぐ近くにある。激しい抗議が続けば近い将来、本当にそんな事態が起きるのでは、、、と身震いした。

【執筆:FNN上海支局 城戸隆宏】

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城戸隆宏
城戸隆宏

FNN上海支局長