「クールビズ」と異なる自治体の決定

地球温暖化対策の一環として、2005年から政府が提唱する冷房時の室温28℃を目安に夏を快適に過ごすライフスタイル「クールビズ」
5月から9月まで、気温に合わせて柔軟な服装で過ごすライフスタイルも次第に定着してきた印象もあるが、室温28℃は暑いという声があるのもまた事実。

こうした中、姫路市役所のある“決定”が大きく注目を浴びている。

7月1日、姫路市の清元秀泰市長が、今夏の市役所本庁舎内のエアコン設定温度を28℃から25℃に下げることを明らかにした。「労働環境を快適にして仕事の効率を高めたい」との思いから、働き方改革の一環として試行するという。

実施期間は、原則的に7月16日~8月30日の午前8時35分~午後5時20分の間。その後、本庁舎で働く職員に仕事効率、疲労度、快適性、意欲などを問うアンケートを9月に実施し、総合的に検証していく予定だとしている。

ただ、環境省が中心となって「クールビズ」を推進している中で、自治体の方向転換ともとれる施策はそれなりにインパクトがある。
働き方改革における仕事の生産性向上は大事だが、一方で環境への影響はどのように考えているのか。そして、市民からはどんな反応があったのか。まずは、市役所の担当者を取材した。

結果的に電力消費量が減ることはあり得る

ーー今回の決定後、職員の反応は?

特に賛成や反対といった意見は出ておりません。

ーー市民の反応については?

こちらも特に届いておりません。


ーー今回の施策で、オフィスの電力消費を減らせれば、環境保護との両立もできる?

労働環境を快適にすることで、オフィスの稼働時間を減らすことができれば、結果的に電力消費量が減ることはあり得ると考えます。

ーー他の自治体や民間に与える影響も大きいと考えるが?

試験的に実施するものなので、他の自治体や民間企業に対する意見はありません。

市役所によると、いまのところ市民からの反対意見もないようだった。

そして、今回、清元市長にこの施策のアドバイスをしたのは、大阪市立大学大学院特任教授で、疲労医学講座を担当する梶本修身さん。
その狙いは果たして何だったのか、本件の“キーパーソン”ともいえる梶本さんに詳しい話を聞いた。

28℃設定は仕事効率の低下を招く

梶本修身さん
梶本修身さん
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ーー清元市長に施策をアドバイスした経緯は?

今年5月、清元市長の依頼で講演に臨んだ際、「25℃を28℃にすることで15%程度のエネルギー消費を抑える半面、生産性が平均して6%下がり、8時間の仕事では29分間の残業が増える計算になること」を指摘し、「真の働き方改革」は単純な残業時間削減ではなく、健康かつ生産性を高めることにある、と訴えました。

清元市長がその話を聞き、「政府が28℃の温度設定推奨を自ら否定もできないでしょうし、民間企業もいきなり実践するのは難しいでしょうから、姫路市が先陣を切って『真の働き方改革』に取り組みますから、力を貸してください」となった次第です。

ーー平均室温の上昇とともに作業効率が下がるという詳細なデータはある?

これは私ではなく、SeppänenとFiskらの研究であり、早稲田大学の田辺新一教授も同様の結果を報告しています。私自身も、過去に湿度約70%の環境下では28℃以上の室温設定で、パフォーマンスが1℃上がるごとに約2%低下することをパイロットスタディで検証しています。

田辺教授らが2005年に発表した論文「コールセンターの室内環境が知的生産性に与える影響」より引用。
田辺教授らが2005年に発表した論文「コールセンターの室内環境が知的生産性に与える影響」より引用。

ーー28℃設定を続けた場合、どのようなデメリットが予想される?

残業時間の増加、それに伴う生産性(仕事効率)の低下、ひいては消費電力量(エネルギー消費量)や二酸化炭素排出量の増大が考えられます。夏バテなど健康被害を及ぼす点も見逃せません。夏バテとは、体温調節を司る自律神経の疲弊です。

ちなみに、先ほどから挙がっている28℃ですが、環境省の提示している「熱中症の警戒温度」でもあります

暑さ指数が28℃を超えると熱中症患者が著しく増加する、という(環境省の熱中症予防情報サイトより抜粋)
暑さ指数が28℃を超えると熱中症患者が著しく増加する、という(環境省の熱中症予防情報サイトより抜粋)
「室内では室温の上昇に注意する」とある(環境省の熱中症予防情報サイトより抜粋)
「室内では室温の上昇に注意する」とある(環境省の熱中症予防情報サイトより抜粋)

仕事効率を求めることと、環境への配慮は実は同じ

ーー28℃のまま、作業効率の低下分を労働時間の縮小で対処する、という施策は有効?

自律神経機能の低下は意欲を低下させます。また動物は、環境が悪ければ生産性を落とします。

そもそも、「ヒートアイランド」という言葉もなく、大量の熱を発するPCもなかった1960年代の推奨設定温度である28℃を現在まで再検証せず、公的機関において推奨してきたことは非科学的かつ非合理と言わざるをえないでしょう。

アメリカは23℃、オーストラリアは23.3℃、シンガポールは22.9℃がオフィスの平均設定温度であり、世界では最大のパフォーマンスを発揮できる快適な室内環境を医学的見地から見出し、実際に応用しています。

すでに、ひとりあたりの名目GDP(2018年)において、日本は26位、かたやシンガポールは8位。今のままでは、確実に国際競争力を低下させます

ーー「環境に影響する」との指摘も今後出てくると思うが?

温度をそのままにしても、生産性が落ちれば仕事時間が増えて省エネにならないことは明白。「畜産牛にまともなえさを与えずに育てた方が経済的」と言っているのと同じです。

ーー快適な職場環境と、環境への配慮を同時に達成する施策は何だと考える?

人は最適な環境でこそ健康でかつ最大のパフォーマンスが発揮できます。
最大の仕事効率を求めることと、環境への配慮(二酸化炭素の削減や節電)は、実は同じことなのです。


梶本さんが語るように、室温25℃で仕事効率が上がることで、懸念される環境への影響もカバーできるのであれば、その方がいいのは明白だ。働き方改革にも一石を投じることになるのか、姫路市役所の取り組みの結果を待ちたい。


プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。