日本の「伝統的酒造り」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されてから１年。
令和の米騒動による原料高騰や消費量の減少に悩まされつつも、焼酎王国・鹿児島には伝統と革新が息づいています。
１００年以上受け継がれる「木だるの蒸留器」作りに、７年ぶりにオープンした新たな酒蔵。
鹿児島焼酎をとりまく物語を見つめます。
桜島を望む、鹿児島県垂水市二川。
広いグラウンドとどこか懐かしい古びた体育館。
１５年前に閉校した牛根中学校跡地です。
この地に２０２５年、開業したのが「牛ノ根蒸留所」。
県内で７年ぶりとなる新しい焼酎蔵です。
広い体育館に仕込み場と蒸留所を作りました。
Ｑ．なぜ混ぜているのか？
牛ノ根蒸留所・八木健太郎代表
「上ぶたができる、固まるので滑らかになる」
代表の八木健太郎さんです。
経営する会社「健土」ではさつまいもの栽培などを手がけていましたが、県内の酒蔵で杜氏をしていた経験を生かし新たな挑戦に踏み出しました。
牛ノ根蒸留所・八木健太郎代表
「この辺りは限界集落で、高齢者しかいなくて空き家率も５０％を超えている。その中で働いて大丈夫なの？と言われますが、地域の方がすごく応援してくれて『来てくれてありがとう』と。母校出身の方もパートも入っている。みんな喜んでくれて『ありがとう』と言ってくれる」
２０２５年１０月に製造免許を取得。
洗練された甘みと味わいの余韻が続く焼酎を目指しました。
出来上がったファーストボトルがこちら。
名前は社名と同じ「健土」。
本数が限られるため値段が高めですが、売れ行きは好調だそうです。
２０２６年１月には代表銘柄の発売も控えています。
八木健太郎代表
「みずみずしさがあって、きれいな酒質なのものを造りたいと思う」
県内で１１０番目の酒蔵としてスタートを切った「牛ノ根蒸留所」。
一方で、鹿児島焼酎を取り巻く環境は厳しさを増しています。
県酒造組合によりますと、県産の焼酎生産量は、一連のコメ不足による原料高騰などの影響で４年ぶりに減少。
また、健康志向の高まりや好みの多様化により、出荷量は２０１３年から１２年連続で前年実績を下回りました。
ネガティブな話題が多い一方で、１年前には明るいニュースも。
焼酎を含む日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのです。
評価されたのは各地の風土に応じて築き上げられた独自の技術でした。
伝統の焼酎造りを支える鹿児島独自の技術があります。
姶良市の白金酒造に置かれた蒸留器。
白金酒造・川田庸平社長
「全て手作りで作っている蒸留器です。金属を一切使わずに鹿児島県産の杉の木を竹の輪っかで締めているだけ」
ステンレスが主流となる中、白金酒造では一部の銘柄で木だるの蒸留器を使った焼酎造りを長年続けています。
白金酒造・川田庸平社長
「出てきた焼酎が非常に軟らかくなる。素材である杉の木の香りというものが、一部、焼酎の方に移って個性的な焼酎になる」
県内でも１０軒ほどの酒蔵しか使っていないという木だるの蒸留器。
曽於市大隅町の小さな工房で作られています。
木を削っているのは津留安郎さん（６３）。
木だる蒸留器を一から作ることができる、日本でただ一人の職人です。
蒸留器を作るには約３か月の期間が必要で、取材した日は既に２０２５年の納品を終えた後。
祖父の代から１００年以上にわたり受け継がれた技は、津留さんの父親・辰矢さんを取材した過去の映像に見ることができます。
材料に使うのは、樹齢８０年以上の杉の木と竹のみ。
設計図もなく釘も使わず、すべて手作業で仕上げます。
津留さんの父親・辰矢さん
「健康である限りは一生懸命やって面倒を見てあげないと蔵元に対して申し訳ない」
それまで県内で会社員をしていた津留さんですが「父親の技を絶やしてはいけない」という思いが強まり２００９年、４６歳の時に跡を継ぐ決心をしました。
木樽工房・津留安郎さん
「親父から一言も怒られた覚えがない。褒めるのが上手。多分、叱られてたら今（木樽作りを）やってなかった」
辰矢さんは２０１４年に亡くなりましたが、その技を継ぎ国内唯一の木樽蒸留器の職人として工房に立つ津留さん。
木樽工房・津留安郎さん
「『辰矢さん（父親）の時は、良かったよね』と言われたくない。言われないように親父に近づかないと」
手のぬくもりが残る伝統の技。
その一つひとつが、鹿児島焼酎の味を、静かに支えています。
木樽工房・津留安郎さん
「鹿児島の焼酎はもっともっと元気になってほしい」
中学校跡地に新たな酒蔵をオープンさせた八木さん。
校舎の屋上に向かいこんな話しをしてくれました。
「後ろまで畑があるんですけど、ここを芋畑にしていこうと」
八木さんが目指すのは芋の生産から焼酎の製造までを一貫して行う、フランスのワイナリーのような場所です。
牛ノ根蒸留所・八木健太郎代表
「ワインの愛好家やいろんなお酒を飲む人たちが、私が（世界に）行くのではなくて、世界からこっち（牛ノ根蒸留所）に来てくれるような『あそこなんか面白い所あるよ』とか、そのような蔵にできればいいと思う」
未来へ挑む若い造り手がいる。
そして、伝統の技を守る職人がいる。
鹿児島焼酎のそれぞれの物語は、これからも静かに、確かに紡がれていきます。
