なぜ、マンモスは滅びてもなお、人を惹きつけるのだろうか。

日本科学未来館で開催中の企画展「マンモス展ーその『生命』は蘇るのかー」では、ユカギルマンモスを始め、ロシア連邦サハ共和国の永久凍土から発掘された世界初公開を含む貴重な冷凍標本を公開している。

そこで今回、「マンモス復活プロジェクト」に取り組む、近畿大学大学院部長・生物理工学部の松本和也教授に、急速な進歩を遂げる最先端生命科学の「今」と「未来」、生命倫理にまつわる問題、そして研究における“ムーンショット”の意義などについて話を聞いた。

(聞き手:堤礼実アナウンサー)

 
 
この記事の画像(9枚)

マンモス復活プロジェクト

ーー「マンモス復活プロジェクト」とはどのようなものでしょうか?

冷凍標本のマンモスの筋肉組織から、生命の設計図であるDNAを含む細胞核を取り出し、マンモスの復活を試みる最先端の生命科学研究です。

近大の研究チームが今年の3月に研究結果を論文発表しましたが、2万8千年間シベリアの永久凍土で眠っていたマンモスの冷凍標本から細胞核を取り出し、マウスの卵子に移植したところ、細胞生物学的活性を示すことを発見することができました。古生物の冷凍標本から細胞レベルの生命現象が再現されたのは世界初のことです。
 

 
 

一方で、今回の研究で現在の核移植技術ではマンモスを復活することはできないということもわかりました。今後は合成生物学という考え方を用いて、ネオ・マンモス細胞を作り、プロジェクトを進めていく予定です。

絶滅種の復活については、生命倫理と動物福祉の側面や生態系への影響など考えなくてはならない課題はたくさんあります。マンモスを復活させる技術を開発できたとしても、すぐに復活に挑戦するのではなく、そこで一度立ち止まり、しっかりと論議する必要があります。

科学技術の進展では、先を急ぎすぎるとデータが示す新しい発見を見逃したり、誤った解釈をしたりする場合があります。常に冷静に、肝心なところで立ち止まることができるか。研究では最先端であることも重視されますが、それと同様に俯瞰できる深い論理性と高い倫理性が大事です。勇気がいることですが立ち止まることもすごく重要な決断だと思います。

日々進歩する科学技術に向き合い、私たちはどのような未来を作るのか。「マンモス展」をご覧になった方々にもぜひ一緒に考えていただければと思います。

イノベーションを創出するムーンショット研究

 
 

――マンモス復活プロジェクトの中に出てくる「ムーンショット研究」とは、どのような意味ですか?

もともと「ムーンショット」とはアメリカのアポロ計画「月に向けたロケットの打ち上げ」に由来しています。この計画によってアメリカのみならず世界の様々な国で宇宙計画が急速に進み、インターネットや全地球測位システム(GPS)といった技術開発にもつながりました。

「ムーンショット研究」とは非常に困難だけれど、実現した場合に大きな変革をもたらす研究のことです。そのプロセスで多様な技術開発や知的発見がもたらされ、イノベーションが創出されることが期待されています。マンモス復活に関する研究もムーンショット研究になります。
 

身近な生命科学、しかし知らないと不安を感じる

2018年、日露合同発掘隊によって採取された仔ウマ「フジ」
2018年、日露合同発掘隊によって採取された仔ウマ「フジ」

――生命科学の進歩は、私たちの身近な暮らしにも関わっていますか?

はい。マグロの養殖や黒毛和種の品種改良、遺伝子組み換え食品、iPS細胞など、さまざまな事例があります。

また、生殖生物学の進歩によって、体外受精や顕微授精などの生殖補助医療(ART)が不妊治療現場に実装され、2016年には年間5万4110人の子供が生まれています。

今、出生児全体の約18人に1人がARTによる不妊治療で誕生しています。


――「マンモス展」の中ではゲノム編集に関する展示もありました。科学者だけではなく、一般の方が知っておくべきことは何かありますか?

まず、知っていただきたいのはゲノム編集と遺伝子組み換えは違うということです。遺伝子組み換えは別の遺伝子を入れることですが、ゲノム編集は配列を組み替えることです。

歴史上、人間が望ましい特徴を何世代にわたって人為的に選択的交配をすることによって、多種多様なバラなどの植物やニワトリ・ブタ・ウシなど家畜が作られています。これは、伝統的に育種といいますが、広い意味で遺伝子工学的技術となります。

しかしながら、多くの人は遺伝子工学的技術で作成された生物に対して理解が及ばず、やみくもに不安を抱きがちです。なので、みなさんには遺伝子組み換えやゲノム編集がどのような事なのか理解することから始めて、自分なりに不安な要素を排除して、物事の真偽を見極めていただきたいと思います。
 

AI時代における生命科学の役割

「ユカギルバイソン」
「ユカギルバイソン」

――最先端の生命科学と、AIやコンピューターとの関係性は?

生命科学の1つの分野に生命科学と情報科学の融合した生命情報学(バイオインフォマティクス)があります。

生命情報学は生物が持つDNA・RNA・タンパク質などのあらゆる情報をビッグデータとして、情報科学や統計学を用いて解析し、生命を探求する学問であり、「発見の科学」に位置付けられます。そのため、現在の生命科学では、新しい発見をする場合には多種多様な生物種の持つビッグデータを使って、デジタル技術を駆使して解析することが不可欠になっています。現在この分野の研究の実務をするバイオインフォマティシャンの人材が不足している状況です。

また、近年では人工知能の研究開発が加速することで「人工知能が人間を超える日、いわゆる“シンギュラリティ”は来るのか?」といった議論もありますが、生命科学の立場から考えると、シンギュラリティは来ないと判断しています。

単純な論理ですが、40数億年の地球上の歴史において最初に1つの細胞が作られ、多細胞生物となって進化し、現在の地球上に多種多様の生物種の1つとして人間は存在しています。では、1つの細胞からどのように人間は創られてきたのでしょうか?人間とは、生命とは何でしょうか?人間は見たら生命と判断できるのですが、生命を定義することはできません。誰もその答えを持っていないのです。

一方で、AIは人間が作ったものなので、どのように造られているか説明ができます。たかが人間の創造物が、誰もがそれが何か説明して理解することのできない人間を超えることはないと考えています。そして、これからの社会では人間がAIをどう使えるかが大切になるため、AIを使う教育と使いこなす教養を身につけることが重要になります。
 

ビジネスで役立つ生命科学

 
 

――ビジネスパーソンにとって生命科学を学ぶ意義はあるのでしょうか?

あります。ビジネスは人間、生物種であるホモサピエンスの営みですから。マンモスの生態や進化を知ることはビジネスシーンにも応用できると思います。

マンモスは氷河期に適応して生き抜いてきた生物種ですが、氷河期の終了とともに減少し、4000年前に絶滅しました。多くの生物は冗長性を有しているので環境適応力が高いのですが、マンモスは寒冷環境への適応性が先鋭化しすぎてしまい、温暖な気候で生きられなかったと推測されます。

これをビジネスシーンに当てはめると、著しい成功体験を持つ社長が時代の変化に対応できず、会社の業績を下げてしまうといったことにも通じると思います。
 

「責任を取る覚悟」「高い説明能力」

 
 

――「マンモス復活プロジェクト」のこれまでの軌跡を振り返って、世の中のさまざまなジャンルの「働く人」「チーム」「プロジェクト」にも役立つ経験があれば教えて下さい。

ビジネスでもたくさんの人とチームを組むことがあると思います。

その中で、私は研究者として4つのことを大事にしてきました。1つは常に多様性を重んじる論理的思考をもつこと。2つ目はデータの前では立場・年齢・経験は関係なく全て平等であること。3つ目は常に俯瞰的に物事を考えること。4つ目はパラレル(並列)に研究・仕事を進めること。これらはどんな職業の方にも通じると思います。

また、チームのトップとなる人にはこの4つに加えて、さらに2つのことを大事にしてほしいと伝えています。私も大学ではこうした立場ですが、責任を取る覚悟、物事を透明性・公平性をもって説明できる能力、この2つを身につけることです。

近畿大学の「マンモス復活プロジェクト」では、生命科学分野の多種多様な専門性を持つ教員に自分自身が持つ研究とは別のプロジェクト研究として担当してもらいました。

各教員の能力を最大に発揮して本プロジェクトにコミットメントした結果、今回の成果が得られました。本プロジェクトの遂行において責任を取る覚悟と高い説明能力の重要性を改めて認識しています。

「ユカギルマンモス」
「ユカギルマンモス」

人間の祖先がマンモス達と暮らしていた太古の時代。現代の地球温暖化によって溶け出した永久凍土から発見された古生物の冷凍標本。

そして、最先端生命科学の進歩と人類の未来。マンモスを通じて、人類と地球の過去・現在・未来について想いを馳せる。「マンモス展ーその『生命』は蘇るのかー」は問いかけます。

企画展「マンモス展ーその『生命』は蘇るのかー」
日本科学未来館(東京・お台場)にて2019年11月4日まで開催中
https://www.mammothten.jp/

文・浦本真梨子

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。