クマの出没がとまらない。
そろそろ冬眠かという時期なのに、出没件数が過去最多を更新し続けている。
しかも北海道や東北だけでなく、関西の観光地や住宅地でも目撃されているのだ。
なぜこんなことになっているのか。
今、人間がすべき対策は何なのか。
25年以上クマなど野生動物の保全管理を研究し、現場で対策指導を行う、兵庫県立大学の横山真弓教授に詳しく話を聞いた。
■クマは5年で2倍に増える!
【兵庫県立大学 横山真弓教授】
我々『兵庫県森林動物研究センター』が15年ほど前から「クマの個体数推定」をした結果、「クマは1年で15%ほど増える」ことがわかりました。
仮に100頭いたとして、一年後には115頭、二年後には132頭…5年で2倍になります。100頭ならよいのですが、1万頭だったら5年後に2万頭になってしまうのです。
同様に個体数推定を行っている岐阜県でも「増加率15%」というデータを出しています。
捕獲がなければ、「5年で倍増」は、決して大袈裟ではなく、現実の数字なのです。
■秋田のクマは本当に4400頭なのか?
兵庫県、岐阜県のデータから考えると、クマの数が多い地域では増えないように一定に保つためには、増加する分の15%の駆除が目安になります。。
秋田県は2023年の大量出没を受けて、23年24年で2600頭もの駆除の努力をされてきたのに、今年も大量出没してしまいました。
しかし秋田県が5年ほど前に推定したクマの生息数は4400頭。
数が合いません。これはどういうことなのか?
データは1回の調査ではなかなか安定しないものです。
古典的な手法ですし、あくまで推定値ですから乱高下するのです。
ですが、データが蓄積されると変動幅が小さくなってきます。
秋田県の前回の調査は過小評価だったのかもしれません。
今、最新の調査を行っている最中です。結果が待たれます。
そして…山は繋がっています。
2023年は全国で9099頭という驚異的な数を捕獲したにも関わらず、今年被害が深刻化している状況を考えると、県同士の連携や、継続した調査が非常に重要だと思われます。
■絶滅の危機から激増へ
昭和の初め頃まで、日本はさまざまな野生動物を乱獲しました。
また、当時は日本中“はげ山”だらけでした。生活のために薪(木材)が必要でしたし、炭鉱など鉱物資源の採掘で木を切り倒したことで、もう再生できないんじゃないかというぐらい“はげ山”にしていったのです。
その結果、野生動物が激減。
絶滅の危機に陥り、慌てて「保護政策」をとったのです。
第二次世界大戦が終わった頃には、動物がいなくなったとまで言われていました。
そして戦後は厳しい狩猟規制が続き、できるだけ捕らせない政策をとりました。
その後、燃料革命が起こり我々の生活は一変。
電気、ガスなどボタンを押せばよくなり、皆、山に見向きもしなくなったのです。
私たちが最初に野生動物の増加に気づいたのは「鹿」でした。
1990年頃に鹿が増え始め、2000年代に入るとイノシシが増えだした。
そして2010年にクマが増えはじめたのです。
野生動物の増加は、狩猟者の減少や温暖化による積雪量の減少など、さまざまな要因が働いていると言われています。
そして人間が耕地や住居を放置したまま里山から離れ、都会に出てしまったたことも大きな影響を与えています。
柿や栗など、野生動物が「安全に美味しく食べられる」恰好のエサ場になってしまっているのです。
■どんぐりの木を増やしても対策にはならない
クマの出没のニュースの際、「凶作でエサのどんぐりが足りないからどんぐりの木を植えましょう」などと耳にしますが、これは皆さん、誤解されています。
どんぐりは何本あっても同じなのです。
確かにクマはどんぐりが大好きですし、どんぐりの凶作が食糧不足につながります。
しかし、どんぐりの木がたくさんあっても、増やしても、凶作の状況は変わらないのです。
どんぐりはブナ科の実で、栄養価が高く、多くの野生動物の貴重な食糧です。
植物の種ですから、植物側からすると、「毎年豊作にすると、動物が増えてしまい、生き残こる『どんぐり』がなくなってしまう」のです。
地域一帯を凶作にすることで、ネズミやリスなどが繁殖できなかったり死んだりします。
動物の数が減った所へ、豊作年を作ると、生き残る「どんぐり」が多くなるという訳です。
つまり、「植物の繁殖戦略」と言いますか、豊作と凶作をつくるのは、植物のメカニズムなのです。
地域一帯で凶作とか豊作となるので、「どんぐり」の木の数を増やしても同じ。
例えば今年は、西日本は豊作で「どんぐり」は余っている。だけど東北はブナもミズナラも全部凶作という具合です。
植物が長い時間をかけて進化したシステムで、人間がどうこうできることではないのです。
「どんぐり」の木を増やしても、クマの出没を減らす対策にはなりません。
■高密度化で行動が過激に…
今の東北地方は、相当数のクマが高密度に生息している状態だと推測されます。
動物は、高密度化すると行動が変わってきます。
争いが激しくなり、行動が過激になっていくのです。
食べ物をめぐる争いも激しくなり、体の大きなオスのクマは子クマにとっては脅威となります。
メスや子供はオスが怖い。だから山の中の争いが激しくなると、弱い母子が里に逃げて来ている可能性があると思います。
里に着いた時はもう必死に食べ物を探している状態。
また、人は怖い生き物ではないと学習しているクマも多くなってきていて、人里での活動がエスカレートしているように見えます。
さらに、クマは鼻が凄く良いので、食べ物の匂いがする場所、例えばスーパーや、人が多くいる介護施設や幼稚園など、たくさん煮炊きをする所に匂いに誘われてしまっているのだと思います。
■思い切って大きく減らすしかない
現在、兵庫県に生息しているクマは約800頭です。
私たちが野生動物の保全管理をはじめた25年前は鹿が増えだした頃。
当時は「鹿は増えているけれど、クマは絶滅に瀕している」と保護政策をとっていました。
クマは100頭いないと言われていて、一生懸命保護していたのです。
ですが、2年おきにクマが大量出没し、2010年には1600件もの目撃情報が報告されました。
「100頭しかいないはずなのにおかしい」と、さまざまな角度から調べた結果、600頭ほど生息していることが分かりました。
どのぐらいの生息数が適正なのか、非常に難しいところですが、600頭の出没対応で、すでに非常に大変でした。
我々が管理できない数になったらお手上げです。
議論を重ね、環境省が「800頭いれば絶滅しない」という数値を出していたこともあって、800頭を目安とすることになりました。
それまで完全保護政策だったのを、集落に侵入する個体は初めから駆除するなど、段階的に政策を転換していったのです。
それでもあっという間に800頭に達しました。2016年のことです。
そこで政策を大きく転換。狩猟を一部解禁にしたり、集落周辺での捕獲強化を始めました。
15%ずつ増加しますから、一年で120頭程を捕獲しないといけない場合も出てきます。
今、9年目ですが、クマ被害は減少傾向にあります。
管理可能な数は自治体によって異なりますが、今の秋田県や岩手県は完全にキャパを超えていると思われます。
被害を抑えるためには、ここはいったん、思い切って大きく数を減らすしかありません。
クマという動物と共存するのは、本当に大変ですから、現状の対策としては「低密度管理」がベストではないでしょうか。
■早急に都道府県に「鳥獣職」を
兵庫県は2007年、野生動物管理のための拠点施設「森林動物研究センター」を設立しました。
研究員は現在6名。動物の個体数推定を専門に行う研究員や、森林の豊作凶作を調べる研究員など、それぞれ専門分野をもったメンバーが研究と対策の実行・指導を行っています。
私は動物の体の中を調べ、健康状態や繁殖状況などを分析していくのが専門です。
日本は1999年の法改正で「地方分権」が強く進められ、「問題のある野生動物の対応は各都道府県が責任をもつこと」となりました。
この時、法改正には『付帯決議』があり、「都道府県に専門的人材を配置することや研究機関の設置などに国が支援する」ということが書かれていたのですが、結局、何も進んでおらず支援体制も出来ていません。
しかし、野生動物が増えている今、対応できる人材を育てないと大変なことになります。
増えきってから対応するのは本当に大変なのです。
今の自治体の仕組みでは、私たちの分野は「林業職」とか「農業職」とか、あるいは「獣医職」の方が担っているのですが、野生動物について学んできている人は非常に少ないのが現状です。
研究者はたくさんいますが、行政機関に配置されている人はほとんどいないのです。
例えば都道府県には必ず獣医師がいます。動物愛護法などで獣医師を配置することというのが定められているのです。
畜産の獣医とか、公衆衛生の獣医とか。鳥インフルエンザなどが起きた時、専門知識がないと対応できないからです。
野生動物の保護管理も同じです。
今後ますます野生動物の増加が見込まれる中、早急に「鳥獣職」というのをきちんと法律で定める必要があると思います。
今、国会で色々と対策を議論していますが、まずは専門職種の「鳥獣職」を各自治体に配置するべきではないでしょうか。
人を育てることと人材配置はセット。学生たちも職種がない現状では、勉強もなかなか進みません。
そういうところを、これから数年かけて変えていく。
日本の鳥獣行政の仕組みを変えていかなければ、今後ますます野生動物が人間社会を脅かすことになると思います。
(兵庫県立大学 横山真弓教授)