豪雨が増える中、文化財・史跡の被害が相次いでいます。落語家でお城好きとして知られる春風亭昇太さんが被災現場を訪れ、修復の大変と後世に伝える意味を考えました。

清水出身の落語家・春風亭昇太さん。 

この日、待ち合わせをしていたのは親交のある牧之原市の文化財の調査官、そして地域に住む人たちです。

それにしても昇太さんの姿…着物ではなく”つなぎ”、足元は”足袋”です。

落語家・春風亭昇太さん:
落語の仕事に行った時に余った時間でお城を見に行っている。バッグの中には着物が入っている。着物が入ったバッグの中に長靴やトレッキングシューズを入れる場所がない。足袋はすごく小さくなる

落語家・春風亭昇太さん:
(Q.何代目?)地下足袋これは4代目。足袋を履きだして20数年になります

中学生・高校生の頃、夢中になった城歩きはいまもライフワークです。

全国から寄席やイベントの仕事が入ると、今度はどこの城に行こうか計画を立てています。

この日は牧之原市の勝間田城を訪れていました。

落語家・春風亭昇太さん:
お城は向きによってどの勢力に対しつくった城か分かる。ここは対今川用につくってある

牧之原台地から派生した丘の中腹にあり、谷を見下ろす場所。

勝間田城は15世紀の中頃、この地を治めていた豪族・勝間田氏が領地を守る拠点とするために築きました。

尾根の筋に連なって城内の区域が配置された連郭式の山城です。

1985年から行われた発掘調査では建物や井戸、堀の跡などに加え、木簡や古銭が見つかっています。

敵に備える堀や土塁、いくつもの建物がありましたが、戦国時代より前の山城に天守・天守閣と呼ばれる物はありません。

中世の姿を美しく残し、県の指定史跡とされている勝間田城。

今回昇太さんが訪れたのは城歩きとは別にもう1つ理由がありました。

落語家・春風亭昇太さん:
ここですね、いま頑張って直してもらっている。ここが水でやられちゃった

それは豪雨の影響を確認すること。

城内の道は両脇の土砂が流され修復作業が進められていました。

こうした史跡・文化財の被害が各地で相次いでいます。

専門家は…。

静岡大学・小和田哲男 名誉教授:
こういう例は今までなかった。異常気象というしかない(Q.失われたら?)取り戻せない

歴史を伝える文化財に、いま何が起きているのでしょうか?

落語家・春風亭昇太さん:
ざっくり言うとお城は政治をする場所と軍事。自衛隊と国会議事堂が一緒になった。永田町と自衛隊が一緒になったのがお城なんですよ

落語家でお城好きとしても知られる春風亭昇太さん。

地元・清水の歴史施設でのイベントで市民にその魅力を伝えていました。

着物からお城スタイルのジーパン姿に着替えると見学ツアーのガイドに。

城について本を出版する知識も持ち合わせています。

昇太さんが案内していた清水の大名の拠点・小島陣屋も2022年の台風で斜面が崩れ、5年をかけた修復工事の最中です。

被害は他の史跡でも…。

加藤 洋司 解説委員:
徳川が築き、武田と激しい戦いを繰り広げた掛川市の横須賀城。国が指定する重要な史跡も近年の大雨で大きな被害を受けています

国の指定史跡・横須賀城は戦国時代末期に家康が築いた城。 

この城も台風による大雨で斜面が3カ所崩落する被害を受けました。

最も大きく崩れた本丸横の修復はいま工事の設計が行われていて、2026年度に着工予定です。

そして、2025年9月。

猛烈な竜巻が牧之原市と吉田町を襲ったこの日。

雨量も1時間に120ミリを超える記録的な数値となり、静岡空港で多くの車が水没する事態となりました。

勝間田城にも被害が…。

斜面に立つ木が倒れて道路をふさいでいました。

城内の道は両脇がえぐられて、土砂が流出した状態に。

見学者に危険な他、保守管理のために必要な車の出入りができません。

昇太さんは、史跡の被害を確かめようと文化財の調査官・地元住民と勝間田城を訪れました。

落語家・春風亭昇太さん:
相当だったんだね、水

並べられていたのは植生土嚢と呼ばれるもの。

土を入れて設置しておくと植物が生え、法面の緑化・補強につながります。

牧之原市教育文化部・松下善和 文化財調査官:
文化財で県の史跡なので修復として管理道以外、手を付けない。堀を埋めたり削ったり、土塁に触ったりしない形で現況補修

9月の豪雨では谷につながる斜面でも崩落がありました。

また、城の別の場所で過去に何度か被害が出ています。

斜面の土砂を取り除いたあと周辺に自生する植物を植え、修復しています。

現代の技術を使って頑丈にすれば良いわけではありません。

歴史学者の小和田哲男さんは一度失われたら取り戻せないと話します。

静岡大学・小和田哲男 名誉教授:
元の姿に戻す時、鉄板でも貼ったら良いのではと言われたこともある。それでは本当の城の姿ではない。お城本来の姿を見せるには元通りに。苦労はするけれど昔の工法でやるしかない。(Q.時間も苦労もかかる?)でもやっぱりお城は後世に残すべきもの。歴史の生き証人と思っている

歴史の生き証人…全国各地の城を訪ねて歩く昇太さんはどんなところにその魅力を感じているのでしょうか?

落語家・春風亭昇太さん:
勝間田城は何がすごいかというと尾根を切ってある堀切。こんなに良好にきれいに見える所はない。全国でも堀切見せるならここという位の状態

今川の侵攻に備えるため、尾根を削り、土を盛って作られた堀切。

それにしてもなぜ5重になったのでしょう?

牧之原市・松下義和 文化財調査官:
1個堀を掘って土塁を造ったけれど今川が攻めてくるからおっかない、もう1個造ろう。やっぱり今川だから怖い、もう1個造ろうかと、結局5個造ってしまった

城を造った人が敵はどこからくると想定したのか?

何を考え、どこに力を入れたのか?

その知恵と工夫を見て取れる、全身で体感できることが城をめぐる楽しみだと言います。

落語家・春風亭昇太さん:
重機も何もない時代に人力だけで山を削り、尾根を断ち切るということをしている。それを現代の我々が見ることができ、体感できる。博物館に入っている重要文化財の刀・鎧・甲冑、触ることができないけれど、僕らはこれを触れる。勝間田城を触れる。史跡の上を歩ける、触れる。こんなに当時を実感できるものはない

城は歴史を伝える資料だけではありません。

人と人とをつなぐ、かけがえのない存在になっています。

勝間田城は1476年、今川義元の祖父にあたる今川義忠の攻撃によって落城します。

勝間田氏は、御殿場など県東部に逃れることとなりました。

こちらは落城から500年後、1976年の勝間田城の映像です。

県東部に逃れた勝間田氏の子孫と現代にこの地に住む人との交流が続いています。

1年に1度、勝間田氏発祥の地に集まって神事を執り行い、子供たちにも祖先に対する思いを伝えています。

2025年は雨のため公民館での開催となりましたが、御殿場と地元から約80人が集まりこれからも絆を深めていくことを誓っていました。

2026年は550年祭という大きな節目を迎えます。

牧之原市勝間田区・松村直巳 区長:
この地域の人たちが守っていく一番大事なところ。勝間田区としてはここは宝

中世の城はまだ分かっていないこともあり、発掘や研究が今後も必要です。

いま、新たな城の発見も相次いでいます。

災害から貴重な史跡を守り続けていくには地道な努力と覚悟が必要です。

牧之原市教育文化部・松下義和 文化財調査官:
従来、550年前につくられた状態に極めて近しい状態で保護し、これからも伝えていきたい。あえて人工的なものは使わず、自然植栽や挿し木で長期間かかっても保護していきたい

静岡大学・小和田哲男 名誉教授:
本来のお城の姿を後世に伝えるには、いま我々が努力するしかない。その努力があるからこそお城が後世まで続くということを、多くの人が知ってもらえれば

落語家・春風亭昇太さん:
いろいろなところで(城の)発信をしている。自分のできる範囲でやっているつもりですが、これからもやっていきたい。その町のことを好きになる良い材料。僕は城が好きだからよくこういう所に来るけれど、お城に限らず史跡は大事にしてもらいたい

異常気象で豪雨が増える中でも、過去から現在、未来へと城をつなぎたい。

大切に守っていきたい。

そう願い、力を尽くす人たちがいます。

テレビ静岡
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