「カンパーイ!!」

テーブルにならぶ割烹料理と、キリリと冷えた美味しい日本酒…
一瞬、ここが韓国・ソウルであることを忘れる程、日本の食の喜びに満ちた光景だ。

7月中旬、山形県の吉村美栄子知事は、5泊6日の日程で韓国を訪問し、県産品の売り込みや観光客の誘致などのトップセールスを行った。この日は、ソウルの日本料理店で山形県産酒の品評会が開催されていた。折しも、日本政府の韓国向け輸出優遇措置撤廃により反日ムードが急上昇している真っ只中である。取材前は「韓国人は来ないのではないか」と心配したが、和食店の経営者やブロガーなど韓国人16人が予定通り出席し、一安心した。

吉村知事は「日本一の美酒県は山形だと自負しております。1人でも多くの韓国の方に山形県産のお酒を味わっていただきたい」と挨拶し、熱心に県産酒を紹介していた。参加した韓国人にも好評で、酒瓶がどんどん空いていく。しかし一人一人に話を聞いていくと、日韓対立の影響がジワリと広がっているのが分かる。

日本酒の卸しと和食店を経営する韓国人男性は「若い客をターゲットにした安い日本料理店は、日本不買運動の直撃を受けています。やはり若い人は、こういう世論に影響されやすいですから。ただ、うちは比較的高級な店で、客層が違うからかそれほど影響はないです。」と語った。また別の和食店経営者は「山形の酒は美味しいし、美しい」と絶賛した一方で、不買運動の影響を聞くと表情を曇らせ「影響はまだそれ程ないが、これからどうなるのか本当に心配です」と語った。そして、笑顔で日本酒を酌み交わす人たちを見ながら「私たちは日本が本当に大好きで、韓国で日本食のレストランを経営している。日本と仲良くしたいのです…ここにいる私たちが、一番の被害者ですよ」と、ため息をついた。

生き残りに向け海外に活路を見出す地方自治体へも日韓対立の影響が…

吉村美栄子山形県知事が韓国でトップセールス 日本酒PRの他観光誘致も
吉村美栄子山形県知事が韓国でトップセールス 日本酒PRの他観光誘致も
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今回のトップセールスについて吉村知事に狙いを聞いた。

「地方は人口が減少しています。県産品の輸出を増やし、外国人観光客を増やしていかなければ、地方経済は縮小してしまう」「旅行業界や港湾業界の方と会った時には、「こういう時期に知事自ら来てくれてありがとう」と言われました」。

随行した県職員も「民間は民間という事で、交流を続けていくことは大事だと思う」と話した。今回の訪問では、想像していたよりも日韓対立の影響は受けていないという。韓国側は、わざわざ韓国まで来た知事に配慮していたようだが、こうした自治体の熱意とは裏腹に「日本不買」の動きは日に日に大きくなっている。

従来の不買運動とは違うようだ

「nonojapan」日本製品名がズラリと並び、その下に代替製品名を追加できる仕組みになっている。
「nonojapan」日本製品名がズラリと並び、その下に代替製品名を追加できる仕組みになっている。

韓国人の知り合いや企業関係者に聞く限り、これまでも何度か起きていた日本不買運動と、今回の不買運動はどうも様子が違うようだ。その背景は、SNSの普及だ。従来は一部の団体だけが熱心に日本不買運動をしていて、すぐに運動はしぼんでいた。しかし、今回はSNSを通じて不買運動の呼びかけが隅々まで拡大している。7月16日には「nonojapan」というサイトが登場し、SNSで急速に拡散した。日本のメーカーや商品名を並べるだけではなく、代替品となる韓国企業や日本以外の外国企業の名前や商品名を有志が次々に書き込める相互的な作りになっていて、情報が厚みを増す形式だ。利用者からは「この商品も日本産だったのか!」などと声が上がり、日本不買運動に拍車がかかっている。18日にはアクセスが殺到し、一時繋がらなくなった程だ。

さらに、会員数130万人を超える韓国最大の日本旅行関連コミュニティサイト「ネイルドン」が、「気持ちを示したい」との理由からサイトを一時休業した。団体旅行を中心に日本旅行のキャンセルが続いているが、今後は個人旅行にも拡大しそうだ。日本旅行した人をSNSで探し、つるし上げる動きまで出てきている。韓国人旅行者が日本で使うお金は中国人旅行者の3分の1であり、旅行者数減少の経済的なインパクトは人数の減少程に大きくないとみられるが、便数が減れば地方を中心に空港使用料が減少する事も起きうる。何より日本に旅行して日本に良いイメージを持つ韓国人が減る事は、将来的にはマイナスになる。

韓国の世論調査によると、7月11日には48.0%だった不買運動参加者が、1週間後の18日には54.6%と6.6ポイントも上昇し、半数を超えた。今のところ、収まる気配は無い。韓国社会では元々「親日派」と見なされれば、社会的に抹殺といっていい程のダメージを被りかねない。それだけ「反日」を求める同調圧力が強く、SNSによってその圧力が増幅されているとみられる。
当然、日系企業にとっては苦しい状況だ。返品が増えているとの嘆きの声も聞こえてきている。

輸出優遇措置撤廃の副作用

FNNの世論調査によると、日本政府の輸出優遇措置撤回について、70.7%の人が支持している。同じ調査では、韓国を信頼できないという人が74.7%に上っている事から、韓国への不信感の高まりが背景にあるとみられる。

今回の措置の理由として、日本政府は、「不適切な事案」が発生した事を取り上げているが、詳細の説明はしていない。ただ、安全保障上の問題を理由にしている以上、軽々に撤回など出来ないだろう。この措置は多くの日本人が支持している反面、これまで書いたような副作用ももちろんある。日本経済全体の規模で見れば、韓国での不買運動の影響は短期的にそれほど大きくないだろうが、人口減少と経済の縮小のために海外に活路を見出そうとする自治体や、韓国との取引をメインにしている日本企業、そして、日本が好きで日本に関連する仕事についている韓国人たちは厳しい逆風にさらされている。

さらに、8月には韓国がホワイト国から除外され、輸出優遇措置撤廃の範囲が広がるのが確実と見られている。日韓の政府間対立という「大きな話」の陰に隠れてしまっているが、韓国からの逆風をまともに受けている彼ら、特に、日本が好きで日本に関する仕事をしてきた韓国人については、何らかのケアが出来ないものだろうか。微々たるものだが、「一番の被害者」と嘆いた彼のお店に行き、日本酒を傾けながら、じっくりと話を聞くことから始めたいと思う。

執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘
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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。