思わず見惚れる…美しいタコ
描線を紙から切り抜いて絵を作り上げていく、切り絵。
趣味として始めた切り絵作品をツイッターに投稿し、多くのユーザーを魅了している「切り剣」さん(@kiriken16)をご存じだろうか?
中学生の息子を持ち、仕事と家事の合間に作品づくりに勤しむ女性だ。
2年前に取材した際は、タコクラゲを切り出す技を披露してくれたが(「話題の『美しすぎる切り絵』作者本人が実演!あの絵はこうして作られた」)、そんな切り剣さんが2018年を代表する作品として公開した「海蛸子(かいしょうし)」が再び大きな注目を集めている。
海蛸子とはタコの古い呼び方で、「海に棲むクモ」という意味だという。
一体どのような作品なのか、さっそくご覧いただきたい!
柔らかくうねるタコの体には細かい模様が描かれ、陰影や足が重なる部分からは奥行きが感じられる。
手に持って動かすと透ける足がぬるっとしな垂れ、吸盤が吸い付いて今にも動き出しそうだ。
どことなく漂う妖しい雰囲気が、神秘的な美しさを一層際立たせている。
繊細でありながら迫力もあるこの作品に、「タコってきれいだったんだなぁ」「立体感と躍動感がすごい…圧巻!」「これはもう生きている」「国宝級の切り絵技術もさることながら、デザインが素晴らしい」といった驚きと称賛のコメントが寄せられ、3万を超えるリツイート、10万以上の“いいね”を獲得している。(1月9日現在)
「紙を重ねたりはせず単純に一枚切り絵でどこまで表現できるか、持てる技術を総動員して作った今年一番の大作です」というが、1枚の紙で出来ていることに驚くとともに、1枚の紙で奥行きを出す技術とはどのようなものなのか?
「海蛸子」に込めたこだわりや切り絵に対する思いを切り剣さんに聞いた。

「グロテスク」と「かわいい」の融合
ーー今回、タコを作ろうと思ったのはなぜ?
蛸を選んだのは、以前より蛸というグロテスクでカッコいいモチーフに興味があり、今回のような立体感や奥行きを強調したい作品には打って付けのモチーフだと思ったからです。
高校生の頃から切り絵制作を始めたという切り剣さん。
ここ数年の作品を見てみると、クラゲ、リュウグウノツカイ、オウムガイなど海洋生物をモチーフにしたものが多いが、「可愛いものや綺麗なものよりも、ちょっと不気味で神秘的な実在の生き物が好きなので、気が付いたらこのようなモチーフが多くなっていました」とのこと。

ーー切り絵のデザインはどのように考えている?
紙の裏にシャープペンで下書きをして、その通りに切り抜いています。
下描きを描く時は、モチーフにしたい生き物のさまざまな角度からの画像をとにかくネットなどで集めます。
1枚の写真その物をそのまま参考にするのではなく、複数の写真を参考にしながら自分なりに1枚の絵にまとめていく感じです。
今回、蛸の吸盤や頭に花柄のレース模様を描きましたが、実際の蛸にはそのような模様はありません。普通に切るよりも楽しいかなと思って入れてみました。
ーー道具はどんなものを使っている?
NTカッターのD-400というデザインナイフ(替え刃は30°)を愛用しています。
カッターマットはオルファのカッターマットの茶色い面を使っていますが、作品によってはプラスチックの下敷きを使用したりもします。
紙は、ペーパークラフトをやっている人がよく使っている「タント紙」を使用しています。コピー用紙よりも厚く画用紙より薄い、硬すぎず切りやすい紙です。

線の太さや強弱で奥行きを表現
ーー1枚の紙からどうやって奥行きを表現している?
重なり合う足の手前の部分は紙を多く残し、その下の足の重なる部分の線を極端に細くするなど、線の太さや強弱で奥行きや立体感を表現しています。
今までの作品も立体感等意識して来ましたが、今回の作品では今まで以上にその効果が出せたと思います。
手に乗せてウネウネさせた動画です。#切り絵 pic.twitter.com/zQjHafcHBi— 切り剣 (@kiriken16) 2018年12月30日
ーー特にこだわった点・苦労した点は?
切り絵の良し悪しは下描きで決まると言って過言ではありません。こだわったのは、やはり重なり合う足の奥行きと立体感です。
今回は下描きの段階で物凄く悩み、何度も何度も描いては少し離れて見て、おかしい所を描き直しての繰り返しでした。
そのため、下描きから完成まで制作期間としては2か月ほどかかりましたが、しっかり悩んで描いたので写経をするように無心で切ることができて楽しかったです。
ーー「海蛸子」のサイズや重さ、触り心地は?
今までの作品はA3〜A4がメインでしたが、今回はA2サイズに挑戦しました。
重さ自体は軽い物ですが、苦労して完成した物なので気持ち的にちょっと重く感じました。
白く大きく残した部分が多いので、思ったほど軽やかな滑らかさはなく、ザラザラした手触りです。
ーー反響をどのように受け止めている?
ただただ驚くばかりで、作った私が付いて行けていないような気分です。でもこの反響を活かして、今後に繋げて行ければと思っています。
ちなみに、昨年は他にもオウムガイ、シワコブサイチョウ、ヒクイドリ、ザトウクジラ、カメレオンなどを切りました。
吸盤切ってる動画撮ったあった。#切り絵 pic.twitter.com/BBGp71FsIp— 切り剣 (@kiriken16) 2018年11月4日
細かい作業は心身ともに疲れるものだと思いきや、「肩凝りは自覚症状が無いんです」という。
「好きな音楽を聴いたり、何度も見て内容を覚えているDVDを流しっぱなしにしたりすると、気持ち良く作業出来る気がします」と集中力を保つ秘訣を教えてくれた。
時計修理会社に勤めながら、夜や早朝に作品づくりをしている切り剣さん。
「切り絵が作れるように全面的に協力する」と家事などをサポートしてくれる夫や家族の協力がなければ、現在の制作はできないと話す。
そんな切り絵の魅力は、「限られた技法の中でどこまで表現出来るか挑戦して、それが上手く活かされた作品が出来た時の達成感と、終わりがハッキリしているところ」だといい、「紙を切る感触もたまらない」のだとか。
今年の目標を聞くと、「今まではモチーフそのものの立体感や奥行きを意識していましたが、今年は全体の空間を意識した作品を作りたい」と答えてくれた。
現在制作中の作品は花や蝶などの華やかなモチーフだというが、その後は「引き続き、ちょっと不気味で魅力のあるモチーフに挑戦していきたい」ということだ。
切り剣さんは、同じく切り絵作家として活躍するJunさん(@jun_cutout)と合同の作品展を開催する予定で、4月に大阪、6月には東京・銀座で「海蛸子」が展示される。
「海蛸子」は販売できないが、それ以外の小作品の販売はあるかもしれないということだ。
ぜひ実物を間近で見て、その繊細さと迫力をじっくりと味わってみてほしい。
(制作の様子や作品展の情報は、ブログでも発信している 「BLOG 切り剣 こと 切り絵創作家 Masayo」)