昨年末、プライムニュースイブニングでは、33年もの長きにわたり里親を続け、これまでに夫と共に15人以上の里子たちを育ててきた坂本洋子さんを取材させていただきました。今は、自閉症や発達障害などと診断された3歳から14歳の子どもたち5人と暮らす坂本さん、そんな坂本さんを支えているのが、元里子で、今は坂本家の養子である息子の歩(すすむ)さん(24)です。

「プライムニュース イブニング」島田彩夏キャスター
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その後、島田彩夏キャスターがあらためて、歩さんにインタビュー取材をさせていただき、養子になるという決断の裏にあった知られざる苦悩や覚悟、いま何を思うのか、など話を聞きました。

坂本家での生活

里親の坂本洋子さんと子供たちの生活を、坂本さんの右腕として支えるのが息子の歩さん(24)。今では、幼い子供たちの頼れる兄として子供たちの面倒を見る彼ですが、彼もまた17年前、坂本家にやってきた元里子です。2年前、養子縁組をして坂本家の養子となりました。先日の放送で、歩さんは里子として坂本家にやってきたとき、こんな風に思っていたと明かしていました。

「やっぱり家庭というものにあこがれを感じていて、お母さんお父さんって呼べる人がいて、兄弟がいて、ペットがいてっていう家族像そのものにあこがれていて、それが自分にも呼べる人が出来たというのが嬉しかったのかなと」と。そう思うに至った背景には、複雑な家庭環境がありました。

小学校の頃の歩さん

「家族」への憧れ

歩さんによると、歩さんの実の母親は行方がわからず、父親は養育困難で、歩さんを育てることができなかったといいます。歩さんは、生後1か月のとき、実の兄と姉と共に乳児院に預けられ、以来、小学校1年生まで施設で育ってきました。坂本家にやってきたのは、小学校1年生の夏休みのことでした。幼心にも、家族と呼べる存在ができたことがうれしかったといいます。しかし、日々の生活のなかでは、時につらい出来事もあったと歩さんは話します。

「小学校5年、6年の頃に自分が里子であるということが原因で、いじめを受けていたことがあって。“何かある子”ではなく、普通の一般家庭の子として見られたいという思いがあったので(里子であることを)ひたすら隠すようにしていた…」

小さいころから甘え下手で我慢強かったと、自らを振り返る歩さん。いじめのことも、里親である坂本さんに対し、自分から打ち明けることはなかったといいます。里親だった坂本さんは、当時の歩さんについて、“この子が自殺してしまうのでは”という不安を抱いたことがあったといいます。

中学生の頃の歩さん

「いろんな子たちにいい顔をしていないと受け入れてもらえないというのがあって。常に笑顔でよろしく、みたいな。」

友達とのかかわり方は広く浅く―。学校での顔、塾での顔、家での顔。
その場その場で自分を作り演じていたという歩さん。
自分が里子であることも、高校を卒業するまではほとんど人に話してこなかったそうです。

養子縁組へ、“捨てられなかった”名前

「里子ということを気にしなくていいって思えるようになったのもきっかけはお母さん。里子であることをこれでいいんだと、自分で思えるようになったからこそ落ち着いてきたのかなと思う」

2年前に養子縁組をし、坂本さん夫婦の息子となった歩さん。養子縁組のきっかけは、60歳を超えた坂本さん夫婦から、以前と同じようにいつまで里親を続けられるかわからないという思いを打ち明けられたことでした。

歩さんが養子縁組の決断をするまでには様々な葛藤があったといいます。中でも、名字を坂本姓に変えることについて「抵抗はあった」といいます。

「(実親には)育ててもらった記憶はないとは言え、自分が唯一親からもらったと実感できるものが名前(名字)で、本名を捨てる・変えるというのがなかなかできなかった」

その一方で、坂本家に来て以来、本名で過ごしてきた時間こそ「里子であることの象徴だった」とも話す歩さん。坂本家にいながらも本名を名乗ることで“里子”である自分を意識し、いつかは坂本家を出て自立しなければならないと常に考えていたと話します。

それでも養子縁組を決断したのには、里子の妹と弟への思いがありました。

「1番は今いる里子たちが帰ってくる場所を守るため。お母さんもいつまでも里親を続けられるかどうかわからない。何年何十年先に、この家があるかわからない。でも、今いる里子の一番下の子が3歳で家を出るまでにあと15年はかかる。その子供たちが帰ってくる場所を保てるのは自分しかいない」

坂本さんに養子縁組の話を聞いてから1年半-。悩んだ末、歩さんは養子縁組を決意しました。

補助員としての自分、子供たちとの関わり

規模住居型児童養育事業=ファミリーホームという形で子供たちを育てている坂本家。
ファミリーホームでは少なくとも一人以上の補助員を雇うことになっていて、ここでは5人のスタッフが日々交代で掃除や洗濯、食事の準備などサポートをしています。
大学に通いながらも、そのうちの一人として働く歩さんは、家族と補助員、2つの顔を持ち合わせているのですがこんな思いも。

「例えば家にいて子供たちの面倒を見たり手伝いをしているときに、どこまでが補助員としての役割で、どこまでが家族としてやっているのか。意外とその線引きが難しくてわからなくなることもある」

休みの日に車を運転し遠方まで子供たちを遊びに連れ出すのは補助員としての仕事。
そのほかにも子供たちを病院に連れて行ったり、送り迎えをしたり…
家の中での手伝いはなるべく補助員としての時間に入れないようにしていると話します。 

しかし、こうして子供たちの面倒を見て、坂本さんを支える歩さんも現役の大学生。
「友達との飲み会も1次会までしか参加できなかったり、もっと学生なりの遊びがしたくてお母さんと揉めたこともあった」と本音もポロリ。

それでも、今では、子供たちを連れて遠出する際には、自分も楽しめる場所を選ぶようにするなど、子供たちと一緒に楽しめるように生活を送っているといいます。
同じ里子として坂本家にやってきた子供たちは、歩さんにとって大切な弟、妹です。

里子でよかった~家族の存在

最後に、改めて歩さんにとって「家族」とは何か島田キャスターが聞きました。

「自分にとって帰ってくる場所がやっぱり家族、家庭、家なのかなと思う。
行ってきますって見送ってくれる人がいて、帰ってきたときにただいまって、おかえりって言ってくれる人がいる。
血のつながりがあろうがなかろうが、少なかろうが多かろうがそれでひとつの家族なのかな」

里子に出してくれてよかった”と笑顔で語る歩さんは現在、自身の体験を活かしながら、里子たちが集まり体験談を語り合ったり講演を行う「ほいっぷジュニア」の代表としても活動しています。
少し先の将来、坂本さんと同じように里親登録をして子供たちと生活する―。
描く未来を語ってくれました。

【取材後記】 プライムニュースイブニングキャスター島田彩夏

「里子に出してくれたことを本当に親に感謝したい、有難かった」歩さんはこう話します。
6歳で里子として坂本家に来て以来、人生の大半を「里子として」過ごした歩さん。
本当の親と離れていることへの寂しさはあった?私の質問に「それはないですね」ときっぱりと答えました。実の兄や姉とも会わなくなってずいぶん経ちますが、いまでは余り思い出さないといいます。
しかしその一方で養子になって元々の苗字を「捨てる」ことに激しい葛藤があったとも。
これを聞いたとき、私には少し意外に思えました。実の家族よりも坂本家のほうが近い存在になっているというなら、里親の洋子さんからの養子縁組の話もむしろ自然に受け入れるのでは、と。

―――どういう思いだったの?
どんな質問にもはきはき、淡々と、ときに笑顔を見せながら答えてくれていた歩さんが、ほんの少し考えてこう答えました。
「実の親からは何もしてもらってないし、育ててももらっていない。もうずっと会っていない親だけど――――もともとの苗字が唯一『親』を実感できるものだったから」

 それは、他人に本心を見せることが苦手だという歩さんが、私たちに打ち明けてくれた本音でした。その苦悩を知らなければ、もしかしたら「実の親は、何もしてくれていないのなら、親と同じ苗字でなくなってもそれほどの抵抗感はないのでは?」と思うかもしれません。しかし、名前を変えるかどうか=坂本家の人間になる事を受け入れるかどうか、では全くないのです。自らの苗字は、唯一「自分が繋がっている」ことを実感ができた証、それを捨てるかどうかの苦悩…思わず胸が締め付けられるような思いがしました。

坂本家で暮らすことに幼いときから全く抵抗はなかったと言葉にする歩さんですが、自分の境遇についてこれまで何度も何度も自分自身に問いかけ続けてきたのではないでしょうか。なぜ他人と暮らさなくてはいけないのか、そしてそんな自分が何者なのかという問い。苗字が違うと気づいたとき、いじめに合ったとき、答えは自分で探すしかありませんでした。18年の月日が流れ、誰にも相談することなく問い続けたことへの自分なりの答えを、歩さんは今は見つけているように私には感じられました。 

「里子であることが自分のアイデンティティだった」

続けて発したこの言葉は、この坂本家で、里子であることも含めて歩さんという子がありのままに受け入れられ、育てられたことにほかならないのではないか、そう感じました。

「取材の日は歩さん24歳の誕生日ですって」
担当ディレクターの情報で、私たちは歩さんにホールケーキを買って再び坂本家を訪れました。
クリスマスが近いということで家の外も中も可愛く飾り付けられています。
「これでも例年の半分くらいなのよ」と坂本洋子さん。「今年は忙しくって!」
相変わらず元気いっぱいです。
そして笑顔で出迎えてくれた歩さん。早速取り囲んで(女性3人の取材班でした)ケーキを渡すと照れながらも受け取ってくれました。
明るくエネルギッシュな洋子さんと静かで温かい歩さん。
歩さんの誕生日情報を教えてくださったのは洋子さんです。

―――里子さん全員の誕生日を覚えてらっしゃるんですか?そう聞くと、
「もう記憶が怪しくって!」そうカラカラ笑ってらっしゃいましたが、坂本家の壁という壁にはこれまでかかわった子供たちの誕生日、七五三、旅行などの写真が所狭しと飾られています。

そして、そのなかには坂本家で暮らす「弟」たちと遊園地で遊ぶ歩さんの写真が、何年か分。楽しそうに笑う子供たちと歩さん。同じ場所で毎年撮るのだそう。
だんだん成長してゆく弟たちとの写真が、これからも少しずつこの壁に増えていくのだなと思うと、私まで嬉しくなりました。   (了)

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